04話
一夜明けて翌日、のどの渇きを覚えて目が覚める。起きなければいけない時間までもう少しありそうだが水が飲みたくなったので起きて台所へ行くことにした。部屋用の水差しがまだないので水がめのある台所か、外の井戸へ行くしかない。早いところ水差しくらい買うか。
「んく……。ふぅ水が美味いな」
冷たい水がのどを潤し、何とも言えないいい気分になる。さてもう一口と水を含んだとき。
「ウチも水が飲みたいにゃ」
と、背後からミーナの声がかかった。俺が何の気なしに水差しを手にしたたま振り返ると。そこには一糸まとわぬ姿のミーナが立っていた。
「ブーッ!」
俺は思わず含んでいた水を文字通り吹き出してしまう。なんとか彼女にかかることは避けたが。
「クルト、何やってるにゃ?」
「何ってお前……」
まったく隠しもせず立っているミーナがきょとんとした顔で聞いてくる。俺は何と言っていいやらわからないが、それでもその体から目を離せない。
均整の取れた彼女の体は美しく、出るところは出て引っ込むところはしっかりと引っ込んでいるが『蹴りが得意』というミーナ言を裏付けるように下半身がより一層充実しているように見える。
そして冒険者とは違うが古強者の証としての傷跡がそこらかしこに残っているが、それとて彼女の野性的な魅力を損なうようなものではなく、むしろ一層引き立てて着るようにすら感じる。
と、その時ダダダッっと階段を駆け下りる音がしたかと思ったらエレンが台所に走りこんできた。
「ミーナ何をやっているんですか! クルトもじっと見ているんじゃありません!」
ミーナをかばうようにその体で覆いかぶさったエレンの言葉にやっと我に返った俺は慌てて後ろを向く。
「すまん。急な事で何をしていいかわからなくなった」
「いえ、わたくしも油断しておりました。それはさておき彼女は連れていきますわ」
「ウチはまだ水を飲んでないにゃー……」
なにやら言うミーナを引きづるようにしてエレンが去って行った。なんなんだろうか、前に暮らした居た場所ではそんな習慣でもあったのか……
「あはは、ミーナ姉さん達と住んでいた店はほとんどが女の子でみんなそういう格好とか気にしない人が多かったから。その中でも姉さんは特にですが……」
ハルの話によれば、環境もあるが、ミーナは特にそうだったという事か。
「んじゃ、ハルは毎日おっぱい見放題だったってことかよぅ」
「え……、それは、その……」
チコの身もふたもない物言いに口ごもってしまうハル。まぁ、見てしまうのは男の子だから仕方ない。
「そ、それよりも今朝は装備を買いに行くんですよね? 早くいきましょう!」
話をそらすようにして部屋を出て言ったハルを、俺たちは苦笑しつつ追いかけた。
「ここがオイラ達のお世話になってる店だよぅ」
育成所を出て以来ずっと世話になっているドワーフが店主の武具店にやってきた。ギィという音を立てる若干立てつけの悪くなった扉を押し開けて店内に入る。
「おっちゃんきたよー」
「おう、頼まれたモンはを探しておいたぞ」
そう言って店主のドワーフは奥から拳の部分にスパイクの付いたガントレットとすねに防御用の、つま先とかかとに攻撃用の鉄片を仕込んだブーツを持ってくると、ドンとカウンターの上に置いた。
「無理を言って申し訳ありません」
「なぁに、格闘用の装備ってのは結構あるもんだ、探すのは大した手間じゃなかったぞ」
どちらも中古でブーツの方は使い込まれた感じがするが、ガントレットは新品同様に綺麗なものだ。
「ほら、ミーナお前の装備だ。鎧は体に合わせて見繕う必要があるけどな」
「素手、素足に慣れてるとはいえ、迷宮じゃそうもいかないからねぇ」
戸惑っているミーナを押しやり、ガントレットとブーツを装備させて見る。
「多少の調整はできるから、つけた感じがおかしかったら言ってくれ」
「うーん……。ちょっと振り回されるけど大きさとかは問題ないにゃ」
ミーナは所狭しと武具が並んでいる店内で、器用にパンチやキックを披露したあとにそう述べた。格闘の素人からすると十分に滑らかな動きに見えるが、本人が言うには末端が重くて若干振り回されているらしい。
「ミーナならすぐ慣れるよー」
ルシアがミーナの背中をバンバン叩きながら言う。いつの間にか仲良くなったもんだ。
「それじゃ他に鎧を女性陣で選んでくれ。俺たちはハルの装備を見繕うから」
「わかりましたわ」
ミーナのガントレットとブーツは特殊なため事前に探しておいてもらったが、他の装備品はこれから探す事になっている。
「確かハルが訓練したのはショートソードと盾だったなぁ」
「はい、盾は丸盾でした、小型のものですが」
ハルの話を聞きながら扱いやすそうなのを俺とチコで選んでいく。
「あとは鎧だけど、皮鎧にするか、それともルシアみたいなローブにするか……。ハルはどっちが良い?」
純粋に防御という事で考えれば皮鎧の方が上だが、軽さや法術の効果などを考慮に入れると魔法糸を使ったローブに軍配が上がる。この辺はパーティの役割や本人の好み次第だろう。その辺をハルに説明したうえでどちらが良いか訊ねる。
「それなら……。ローブが良いです」
「どうしてだぁ?」
「ボクがパーティに役に立つにはやはり法術を使う事だと思いますので」
なるほど、確かにそうだろう。こう言っては申し訳ないがハルが切った張ったで活躍する姿は想像できない。
「それじゃルシアのと同じ種類のでいいか、流石にそれ以上のは今はまだ手が出ないし」
「だねぇ」
そういう訳でハルの装備はダガーよりやや長い程度の刃渡り40フィー(40センチ)のショートソード、俺の使っているものより一回り小さいランドシールド、そして縫製糸のみに魔法糸を使用したローブとなった。締めて銀貨140枚である。
そしてミーナは防御力よりも動きやすさを優先した皮鎧を選んで、こちらはガントレット、ブーツと併せて銀貨220枚。
「毎度あり」
ドワーフの親父に見送られながら店を出る。
「家賃の前払いと今日の買い物でまたすっからかんになったなぁ」
「頼もしい仲間が増えたのですもの、これから幾らでも稼げますわ」
「まかせるにゃ」
この後、隣の雑貨屋で二人の小物類を整えて、初陣となる迷宮へと向かった。今の俺たちなら4層目の攻略へいきなり連れていくことも不可能ではないが、今後の事を考えれば数日かかっても1層目から徐々に進んでいく方が良いだろうという話になり、とりあえず今日のところは1層目の探索と相成った。
迷宮を覆うように建つ建造物や検査官による荷物確認など、俺たちにはもう馴染みとなってしまっているものが初陣だけあって物珍しいのだろう。きょろきょろと見まわしたり、俺たちに質問してくる。主にミーナが。
そしてついに狭いらせん階段を降りて迷宮へと到着した。
「おや、今日はお仲間が増えたのか、臨時かい?」
「ずっと仲間だよー」
「そうか」
こちらも顔なじみとなった女戦士とドワーフに2人の紹介をしてから鉄格子の外に出る。
「思ったより明るいんですね」
「地下迷宮って言うから真っ暗かと思ってたにゃ」
俺も最初はそう思っていた。
本当に一体ここはどうなっているんだろうか、しかも遠くを見るためには灯りが必要と言うあたりが中途半端であるし。
「とりあえず今日はこのあたりをぐるっと回るよぅ」
「なるだけお2人に敵のお相手をして貰いますわ」
「が、がんばります!」
「わかったにゃー」
ガチガチのハルと対照的なミーナ、このあたりが今までの経験の差なんだろう。
そして宣言通り、出口の周囲を探索しているとやがてキィキィという鳴き声が聞こえてきた。
「ジャイアントラットだよぅ」
おあつらえ向きに2匹だ。
「ミーナとハルで1匹ずつ倒してくれ」
「はい」
こいつは1層目ですら弱い部類だから、よほどのことが無ければ平気だろう。とはいえ、指くらいなら噛み千切るから油断は禁物だが。
駆け寄ってくるジャイアントラットにそれぞれミーナとハルが立ち向かう。とりあえずミーナの様子をエレンとチコが、ハルの様子は俺とルシアで窺う事とする。もし何かあれば手助けが必要になるためだ。
しかし意外、と言っては失礼だがハルが想像以上に善戦している。
「やぁっ」
小型のラウンドシールドでジャイアントラットの体当たりを受け流すとその背中に切付ける。決定力には欠けるが確実に傷を負わせていく。そして――。
「いやああぁっ」
傷の所為か、盾にはじかれた後に上手く着地できずに地面に転がってしまったところを縫いとめるように上から突き刺す。
「ギィ、キィ……」
ショートソードに串刺しにされながらもしばらくはもがいていたがやがて静かになった。
「お見事」
「やったねー」
息を切らせながらも無傷で倒したハル、この動きがいつもできるならばある程度安心できそうだ。
そしてその頃、ミーナとジャイアントラットの戦いは未だに続いていた。最初こそ初めての人型以外の相手という事と、的の小ささに戸惑っていたようだがすぐにコツを掴んだのか的確に蹴りを命中させられるようになっていった、が……。
「本気で攻撃していらっしゃらないのでしょうか?」
「いんや、ミーナはあれでも本気だと思うよぅ」
「ではどうして、彼女ならあのくらいの敵ならひと蹴りかふた蹴りで終わらせると思いましたのに」
ジャイアントラットの攻撃を難なく回避しつつ、ローキックを食らわせているのは良いが、既に5、6発は蹴りを決めているのに敵がさほど弱った様子が無い。別にミーナの相手のジャイアントラットが特別という訳では無いだろう。
「シュッ」
息を吐く音と共に再びミーナのローキックが炸裂する。ジャイアントラットは大きく飛ばされたものの体を入れ替えて上手いこと地面に着地する。
「こっちがまだ終わっていないとは、ってこりゃ、あれだな……」
「んだなぁ、ミーナは多分殺したりはしたことなかったんだろうなぁ」
長年格闘の試合をやっていたというが、それはいくら真剣勝負であっても、あくまでも試合であり、相手を壊したり、ましてや殺したことなんてなかったのだろう。
その点俺、ルシア、チコは農村育ちで狩や家畜を殺す事なんて日常茶飯事であったため自分のために相手を殺すという事にさほど抵抗が無い。
エレンも訓練では殺意などなかっただろうが、騎士を目指す以上いずれ殺し合いをすることになるという覚悟があったと思われる。
ハルは自分が弱いことを知っているがゆえに覚悟を決めたんじゃないだろうか、自分のこと以外はどれも推測だが。
「どういたしましょうか?」
「そうだな……」
敵を殺せない前衛など味方を危機に陥らせるだけだろう、かといって『殺せ』と言ってもはいそうですかと殺せるようになるとも思えない。うーん、どうしたものか……
「ミーナ姉さん。なにやってるんですか!」
「だ、だってこいつも生きているにゃ」
ハルの叱咤に狼狽えたような返事をするミーナ。
これは今日はダメかなと思ったときにハルが思わぬ行動に出る。突如剣と盾を投げ捨てると今まさにとびかかろうとするジャイアントラットとミーナの間に立ちふさがったのだ。
「お、おい」
「危ないですわ!」
俺たちがとっさに助けようとするが敵の方が早い。とびかかったジャイアントラットがハルの喉笛に噛みつこうとしたその時――。
「にゃあああああっ!」
すさまじい速さで踏み込んだミーナのハイキックがジャイアントラットの顔面を捉えた。ラットははじき返されたように回転しながら飛んでいき、2度3度と地面にバウンドして動かなくなった。今までの攻撃とは別物の鋭さに声も出ない。
「何をしてるにゃ! 危ないにゃ!」
ミーナがハルをぎゅっと抱きしめながら叱る。
「姉さんが助けてくれるって信じてました」
「ホントこの子はバカにゃ……」
あまり褒められたものでない荒治療だったが、これでミーナも吹っ切れただろうか。
「びっくりしたよー」
「ここで倒せないと俺たちに見捨てられるみたいに考えちゃったのかもな」
「そんな事しないよぅ」
「そのあたりは今後、信頼関係を築いていくしかありませんわ」
ミーナとハルの初陣はこうして終わった。




