03話
2人が訓練中の間は攻略を一旦止めて、今の俺たちとしては稼ぎやすい5層目に通うことになった。
「シャドウが3体だ、近づくまでに1体片づけるぞ。右端の奴を狙おう」
「はいよー」
「わかったよぅ」
敵と15フィル(15メートル)ほどの距離になったところでルシアの氷槍とチコのクロスボウから矢が放たれ、少し遅れて俺が構えていたダガーを投擲する。
魔法は右肩に、矢は左足に、ダガーは胸付近にそれぞれ命中するとシャドウは壊れた人形のように倒れて、消え去って行った。
「良い感じですわね」
俺は頷くと腰のロングソードを抜き放つ。以前はずっとこの剣を握りながら迷宮を探索していたのが最近はダガーを構え、ロングソードは腰に差したままという状態に未だにちょっと違和感がある。
「二人がかみ合ったらオイラは後ろに回るよぅ」
そういうとチコはクロスボウを背中に戻し、ダガーを抜きつつ後ろに下がっていく。それまでは背後の警戒に当たるようだ。
「魔力付与」
ルシアの魔法で俺の剣に魔力が宿る。劇的に威力が変わる訳ではないが少しでも早く敵を倒すにはありがたい援護だ。
転移装置の付近で敵を捜索し、惜しみなく魔力を使って敵を倒すのを基本方針としているので、このところはかなり楽に戦えている。魔法の援護もさることながら出口の傍で戦えるというのは心に余裕ができる。
「チコ!」
残った2体のシャドウと俺とエレンがそれぞれに打ち合う。すると俺が声をかけると同時に、チコがするすると敵の背後に回り込むと腰のあたりにダガーをねじ込んだ。
「――!」
耳の奥に響くような、それでいてよく聞き取れないシャドウ独特の叫び声を上げる。刺されたシャドウは振り向きざまにチコに向かって横殴りの攻撃をするが。その時には既にチコは安全圏まで後退している。あとは俺に背中を見せたコイツにとどめを刺すだけだ。
踏み込んで背中の中ほどを突き刺すと、魔力で強化されている事もあり剣は根元までずぶずぶとめり込んでいく。そしてシャドウは剣で串刺しになったまま崩れ去っていった。
「申し訳ありません。しばらく手を出さないでくださいませ」
残り1体を片付けようとエレンの傍に駆け寄ると彼女は敵と打ち合いながら俺たちにそう言った。
「危なくなったら何て言おうが手ぇだすよぅ」
なにか彼女にも考えがあるのだろうと、いざという時に備えつつ見守ることにした。
エレンの相手のシャドウはバックラーシールドとバトルアックスを持っているという軽めの盾にしては重い武器のやや不釣り合いな武装だ。
「やぁっ!」
エレンが相変わらずの綺麗な声を上げながらモーニングスターを斜め上から振り下ろす。
それをシャドウは盾で上手く勢いを殺しつつ受け流し、お返しとばかりに地面から跳ね上げるように斧を切り上げる。
しかしその攻撃はエレンに易々と受け止められる。エレンは斧が盾に食いついたままの状態で盾ごと相手を押し込み体勢を崩させると、今度はモーニングスターを振り回さずに突き出すような攻撃をする。
「はぁっ、やぁ、とぅ!」
2度ほどは盾で受けられたが、3度目、4度目とシャドウの体に鉄球から突き出したスパイクが突き刺さる。普段のような強烈な一撃ではないが確実にダメージを与える攻撃だ。
そして何度か目の突きが命中した後に、シャドウが最後の力で反撃してきた一撃を難なく受け止めると、敵の頭上に垂直にモーニングスターを振り下ろして、シャドウの身長をこぶし一つ分くらい縮めるという結果で勝負がついた。
「終わりましたわ……」
普段と少し違う戦いで勝利したエレンがどこか不満そうに言う。きっと彼女にも思うところがあるのだろう、俺で相談相手になってやれればいんだが……
「そういえば今日は2人の訓練が終わる日だねー」
「そうだったな、それじゃ少し早いが今日は出るか」
訓練終了日にはちょっとしたお疲れ様会をやる予定だったので、今日はまだ7つ鐘(午後2時)くらいだと思われるが迷宮を後にすることにした。
「「「「お疲れ様~」」」」
その後、育成所に2人を迎えに行き、そのまま何時もの店へと向かった。お疲れ様会ということで少々奮発して質、量ともにテーブルの上の料理は充実している。
「おいしいにゃー」
「本当、それに沢山あって幸せですわ」
エレナが食べるのは体の大きさから判らないでもないが、ミーナが同じくらい食べる、というか食べられるのは謎だ。
「ハルもいっぱいたべなよー」
「は、はい。いただきます」
ルシアはハルが気に入ったようでなにかと世話を焼いている。ハルには2人目の姉が出来たような感じだ。しかし、その3人で一番しっかりしているのはどうみてもハルだが……。
「それで訓練はどうだったよぅ」
「んー、体を動かすのはたのしかったけど、勉強が辛かったにゃ……」
「ボクは逆にどうしても武器を使う訓練が苦手で……」
全く正反対の2人である、だからこそつり合いが取れていたのかもしれない。
「ところで2人は荷物はそれで全部か?」
「他にはないにゃ」
全部と言っても古びたずた袋の底の方に少し入ってるだけのようだ。まぁ、これから増やしていいだけの事だろう。
「それでは食事が終わりましたらご一緒に参りましょう」
「どこでへですか?」
「アタイたちのおうちー」
「?」
不思議そうな顔をする2人を見て俺たちは少し笑った。
カチリという音を立てて玄関の鍵が開く。ここは大通りから少し離れたところにある、借家が多い地区のとある一軒の家の前だ。以前不動産屋に後から案内してもらった物件である。
「さあ、お入りください」
鍵を開けたエレンが道を譲り、ミーナとハルを先に家の中に通す。
「ここは?」
きょときょとと小動物のように家の中を見回しているハルが言う。
「オイラ達の家、といっても借家だけどなぁ」
「2人が訓練してる間に契約や最低限必要な物を揃えたりしておいたよ」
用意したといっても最初からベッドと個人用の物入れは備え付けだったので、最低限必要な物として食器類にテーブル、イスを購入したくらいだ。その他は懐が暖まったらおいおい買って良いだろう。
「結構いいとこでしょー?」
「もしかして、ウチらもここに住んでいいのかにゃ?」
「当然ですわ、わたくしたち皆の家ですもの」
一通り1階を見せた後は2階の主に寝室と使われる部屋を男女に分かれて案内する。個室ではないが育成所の宿舎や宿の4人部屋よりはずいぶんとゆったりしている部屋を3人で使うのだから十分だろう。特に男はチコとハルはかなり小柄な部類に入るので尚更だ。
「気に入ったかぁ?」
「ハイ! 凄いです!」
聞けば以前働いていた場所はかなり劣悪な環境だったらしい。育成所の宿舎でも天国のような場所だと思っていたとか。
自分用にあてがわれたベッドの上で小柄なハルがごろごろと転げまわっている姿は、子犬が遊んでいるようで微笑ましい。
「それじゃあ俺たちと組むにあたっての決め事を話すよ。疑問や不満があったらまとめて聞くからとりあえずは最後まで聞いてくれ」
「わかったにゃ」
「はい」
俺はひとつ咳払いをすると4人で決めたことをミーナとハルにも話す。
「まず迷宮探索だけど基本的に日帰りで泊まりは帰れなくなった場合などの緊急時だけにする。迷宮には2日潜って1日休みという形で行く。戦利品は自分たちでそのまま使うもの以外は換金して3分の2を共有資金として残りを6人に分配する。最近は大体1日銀貨120枚から140枚くらいの稼ぎだから1人7枚前後かな? 少ないかと思うかもしれないけどこの家の借り賃と食事代は共有費から出すからこれは純粋に自分の好きなものに使えるのでそこまで金が無いという事にはならないと思う」
熱心に耳を傾けている2人にさらに説明を続ける。
「次に家の事だけど前は外食していたけど折角台所のある家を借りたんだから、節約のためにも自分たちで料理することにしたけど。2人は大丈夫か?」
「ボクは大丈夫です」
「ウチはだめにゃ……」
「わたくしも家事はできませんが、当番は2人一組ですしお互い頑張りましょう」
エレンが励ますように言う。ハルが大丈夫という事は俺を含めて味や料理の種類はともかく4人は料理はできるという事か。これならなんとかなるだろう。
「他に何かあったっけか?」
一通り説明しかと確認すると。
「装備の話をしてないよぅ」
おっと、すっかり忘れていた。今回決め事ではなく最初からの約束事だったのですっかり抜けていた。
「武器や防具、魔法やそのほか迷宮探索に必要な物は共有費から買うことになっている。といっても金に限りがあるので話し合って何を優先して買うか決めてからになるけど、2人も必要だと思ったものがあったら遠慮なくいって欲しい。――それじゃ今度こそ大丈夫かな」
俺が確認するとエレン、チコ、ルシアが頷く。
「では、説明が終わったところで何かあるか?」
「いえ、想像以上にありがたいことばかりで何もありません」
「ウチも大丈夫にゃ」
今のところ2人とも大丈夫のようだ。遠慮して言えないだけかもしれないがその辺は早く親密になって解決するしかないだろう。
「今日はもう遅いですし、明日の朝に早速お2人の装備品を購入しに参りましょう」
「そしたら迷宮初挑戦だねー」
「オイラたちの最初の日を思い出す流れだなぁ」
確かに、俺たちの初日もそんな感じだったな。不安はあるが、それよりも明日以降が楽しみだ。




