02話
「どういたしましょうか?」
路地に倒れる2人を囲んで思案する。
「犯罪に巻き込まれた、という訳ではなさそうか」
「んでも、このまま見捨てるのもなぁ」
「おなかが減ってるならごはんを食べさせてあげよー」
まぁそれくらいならと、エレンが女性を、俺が子供を背負ってなじみの店に向かった。
「いらっしゃい――、って何その背中のは?」
「まぁ、色々あったんだよぅ」
「とりあえず6人分の軽食を頼みますわ」
「よくわからないけど了解」
状況がうまく呑み込めていない食堂の娘だが、注文を受けると厨房へと戻っていった。状況がよく分かっていないのはこっちも同じだが。
ともかくも、奥の大テーブルをひとつ占拠して自分たちと二人を座らせる。そしていまだに眠ったままの――呼吸は落ち着いているので寝たるだけだと思われる、2人を眺める。
「女性はウェアキャット、男の子はウェアウルフですわね」
「2人ともくたびれた格好してるなぁ」
亜人の年齢は今でもはっきりとはよくわからないが、女性の方はおそらく20歳前後で長い白髪を後ろで大きく1本の三つ編みにしているが、大分ほつれている。それと左耳の一部が千切られているような感じで短くなってしまっているのが痛々しい。
男の子の方は10歳を超えたくらいで黒白茶の3色のざんばら髪に大きく垂れ下がった耳をしている。
そして2人ともどこをどう彷徨ってきたのか、酷くすり切れたような服を着ていた。
「おまたせー、パンとシチューとチーズよ。昼なんて毎日こんなもんだけど」
給仕の娘が大籠に入れたパンとチーズ、そして具がたっぷりはいったシチューの皿を次々と運んで来た。
シチューのいい匂いがぷんとあたりに漂う。すると――。
「ごはんにゃ!」
ウェアキャットの女性が目を覚ました。
「ごはんだよー」
なんとなくルシアと同じ雰囲気の女性だ。
「あ、あれ? ここはどこにゃ? ハル、ハル起きるにゃ」
「――ミーナ姉さん。あんまり揺らさないでください」
どうやら男の子はハル、女性はミーナという名前のようだ。なんにせよ2人が目を覚ましたので状況を説明することにした。その最中でもミーナさんの腹の虫は騒ぎ続けている。
「――という訳で、ここに連れてきてしまいましたが、『ぐううううぅ』……よろしければお食事をどうぞ」
「いいのかにゃ?」
「ボクもいいんですか?」
「もちろんだよぅ」
チコが答えるや否や、すごい勢いで食べ始めるミーナさん。明らかに1人分以上食べてると思うが指摘するのは野暮と言うものだろう。
「ね、姉さんがすいません……」
それとは対照的に申し訳なさそうにして食の進まないハル君。
「いいから君も食べなよー」
そういってルシアがパンとチーズを取って渡してやるとハル君は少しの間躊躇していたがやがてぱくぱくと食べ始めた。
「ふぅ、食べたにゃ」
「ごちそうさまです」
籠にパンくずひとつ、シチュー皿に一滴も残さず食べ終えた二人に改めて事情を聴くことにした。
「ウチらは遠くの街の酒場で働いて居たんだけど、ひと月くらい前にそこから逃げてきたにゃ」
「本当は姉さんは逃げる必要なんてなかったのに、ボクのために一緒に来てくれたんです」
2人がとりとめなく語った内容はこうだ。
2人はかなり遠くの、おそらく国境そばの街の酒場で働いて居たが、そこでミーナさんは格闘の試合を見世物としてされられていらしい。試合自体は真剣勝負だが、それに似合わないようなきわどい恰好だったようだ。つまりはそういった部分も見世物の一環だったのだろう。
ハル君はまだ幼かったこともあり雑用を引き受けていたが13歳になった時に店主から別の仕事をするように言われ、それがどうしても嫌で逃げてきたという事だ。
ちなみに2人は本当の姉弟という訳ではなく、可愛がっているうちにそう呼ぶようになったらしい。
2人とも幼いときに酒場の店主に拾われて以来こき使われていたようだ。
「なるほどなぁ」
不幸ではあるが、どこにでもある話と言ってしまえばそれまでだ。
「それでこれからどういたしますの?」
「迷宮都市には何か目的があってきたのかぁ?」
「別に目的なんてなかったにゃ、あの街から離れようと歩いてたらここに着いたにゃ」
「これからどうしたらいいのかもわかりません……」
話の切れ目で沈黙が漂う。
「いざとなったら客を取るしかないにゃ」
「姉さんそれは……」
「俺たちも紹介できるような働き口なんてないしな」
「冒険者になればいいんじゃないー?」
ルシアのその言葉で2人をまじまじと見る。ミーナさんは格闘をしていたという事もあり、均整の取れたいかにも猫らしいしなやかな体つきをしている。上背も俺より少し低い程度で十分戦えそうに見える。
だが、ハル君はどうなんだろうか。確かにチコよりは大きいがルシアよりも大分小さく、そして生まれてこの方暴力なんてふるったことは無いという感じの純真な目をしている。
「冒険者って商人さんの護衛をしたり、魔物の討伐をしたりするアレかにゃ?」
「この街に限って言えば少し違いますわ」
エレンが懇切丁寧に説明する。
「つまりは登録するといろいろ教えてくれて、宿も貸してくれるけど。一年間は街から出れなくなるってことなのにゃ?」
「銀貨500枚払えば何時でも出て行っていいらしいよぅ」
とは言ってもそれは無理な相談だろう。
「命を懸ける仕事だからあまり簡単には薦められないが……」
「でも、ウチにあるのはこれくらいだからにゃー」
そういって拳ダコの盛り上がった手を突き出す。よく見ると何度も怪我をしては治ったような跡がそこらじゅうにある。
「ハル君はどうするのー?」
そう、ミーナさんに限って言えば冒険者としてやっていけそうだが彼は難しそうに見える。かといって最初の頃の稼ぎで2人暮らしていくのは難しいだろう。
「ボ、ボクもやります!」
「大丈夫、ウチが守るにゃ」
震える声で宣言したハル君をミーナさんがぎゅっと抱きしめる。
「あれが育成所ですわ」
結局2人の意志は変わらず、育成所へ案内することになった。そして育成所が見えてきた頃、突然ミーナさんが跪く。
「皆さんにお願いがあるにゃ。ウチらを仲間に入れてほしいにゃ」
「ちょ、こんな人目がある場所で何を」
「ボクからもお願いします」
慌てる俺たちを後目にハル君までも跪く。
こんなことをされたら放っておけないほどには俺たちはお人よしだった。苦笑してうなづき合う。
「いいよ、一緒にやろう」
「歓迎いたしますわ」
「戦力も増やしたかったから丁度いいよぅ」
「わーい」
そうして俺たちに新たな仲間が加わることとなった。
結局俺たちは2人について行って適性検査の結果を待つことにした。2人が連れていかれた後にも待合室に居座って借家の事なんかを話す。
「6人ならますます家を借りた方がお得だねぇ」
「そーだねー」
「もしもの時にはハルには家の事をやってもらうって手もあるか」
「酒場で雑用一般をされてたという事は家事が概ねできるということでしょうしね」
何もできない人間を迷宮に連れていくのは本人も、俺たちも危ないので最悪はそうするしかないだろう。
「そろそろかなー」
「そうですわね」
それからしばらく待って、自分たちの経験からそろそろ終わりかなと思ってる頃に、先に出て言ったミーナ――、仲間内では呼び捨てにするという話を2人にもした。がへろへろな感じで帰ってきた。
「終わったにゃ……」
戻ってくるなり椅子にくたりを座り込む。
「どうしたよぅ?」
「最後になんか箱を開けるのが全然わからなかったにゃ」
「あんなのあけられないよねー」
ルシアがうんうんと頷いて同意している。俺も開けられなかったので大きなことは言えた身ではないが。
「それで他はどうでしたの?」
「うーん。格闘は良いけどそれが染み込み過ぎて今から武器を使うのは苦労しそうって言ってたにゃ。あと魔法とかそういうのは全然だめだったにゃ」
「という事はミーナは前衛かぁ」
格闘というのは防具はどうなんだろうか、まさか鎧もなしに敵と正面切って戦う訳にもいかないだろうし、それに武器も素手じゃ戦える相手が限定され過ぎる気がする。その辺は武具屋の親父に相談してみるしかないか。
「人間としか戦ったことが無いから不安にゃ」
見世物の闘技場ではモンスターと戦わせるような場所もあるらしいが、流石にミーナが居た酒場では人間や亜人同士が素手で戦うだけだったようだ。
「ただいま戻りました」
そうしているうちにハルが戻ってきた。本人はさりげないつもりでミーナの横に座るのがなんとも可愛らしい。
「どうだったにゃ?」
「その、武器とかはまず持ち方から練習しないとダメと言われました……」
あーやっぱりという空気が広がるのが目に見えるようだ。
「最後の箱は開けられたのかよぅ?」
「教官の方はなかなか惜しかったとおっしゃってくれましたが、結局開きませんでした」
「そっかー」
これは留守番かなと思ったとき
「あ、最初の凄い体つきの方に『なかなか法術の素質があるな。中程度の術までは問題なく覚えられるようになるだろう』と言ってもらえました」
なんともうれしい誤算とも言うべき話が飛び出してきた。
「それは素晴らしいですわ」
「俺だけじゃ先が見えてたからそうなったら助かるな」
「それはすごいのかにゃ?」
「中程度の素質っていうと30人に一人くらいらしいよぅ」
「アタイと同じだー」
これで迷宮に連れ出せなくなる心配はなくなったが
「法術が使えても最低限自分の身を守れるくらい戦えないとだめだぞ」
「そ、そうなんですか?」
明るくなった表情をまたもや暗くするのは気が引けるが、言うべきこと言っておかないと皆が不幸になるので致し方ない。
「大丈夫ですわ。育成所でもお教え下さいますし、その後でもわたくしたちも訓練に付き合いますわ」
「そだねー」
「それなら一安心にゃ、パンチやキックはハルには向かないから、ウチじゃ教えられないからどうしようかと思ってたにゃ」
後衛としてできる限りは守るつもりだが、いざ敵と接近戦をする必要が生じたときには最低限しばらくは持ちこたえられる程度の技術が無いと危険すぎる。
「お2人は、これから10日間は訓練ですのね」
「どんなことをするのかどきどきします」
「だいじょうぶだいじょーぶ」
まぁ、ルシアでもなんとかなったんだから真面目そうなハル君なら問題ないだろう。――体力的な部分以外は。
「それじゃあこれを渡しておくよぅ」
そろそろ俺たちは引き上げようかという時にチコが小袋を二人に渡す。適性検査の時に話がでたアレだろう。
「これは何かにゃ?」
「10日分の食費だよぅ」
「訓練中は寝床は貸してくれるけど食事までは出ないからな」
迷宮に潜る俺たちと、訓練する2人では食堂で毎回待ち合わせという訳にもいかないし。
「い、いいんですか?」
「ええ、もうお2人はわたくしたちの仲間ですもの」
そういって花の咲くような笑顔でにっこりと笑うエレンの言葉が俺たちの言いたいことをすべて言ってくれていた。盛んに礼を言う二人に10日後の再会を約束して別れる。
さて、俺たちは俺たちでやることをやるとしよう。




