01話
「ギャギャァ……」
「こっちは終わった……。他は大丈夫か?」
「こちらも片付きましたわ」
ゴブリンを袈裟懸けにしたあとに3人に声をかける。どうやら俺が最後だったようで、周りには他に3体のゴブリンの死体があった。
「敵が4体でるときついねぇ」
「あ痛たたたぁー」
「大丈夫ですの、ルシア?」
「ちょっと痛いけどへーきへーき」
4体敵が出るとどうしてもルシアまで接近戦をせざるを得ない場面が増えてくる。それはつまり怪我をする可能性が高まるという事でもある。
「今治すよ、止血」
「ありがとー」
ルシアは礼を言うが傷は治りきっていない。俺は何度も止血を使って傷を癒していく。止血が一度で治らないような傷は何度も上掛けするとある程度は治癒が可能になるという話を最近聞いたので、いくらか大きな傷にも対応できるようにはなっている。しかし――
「クルト、顔色がわるいよぅ」
「ああ、もうこれ以上はきついかな」
傷一つに何度も法術を使うことによって、元々多くない法力が底をついてしまっている。
「今日はこの辺で撤収ですわね」
「すまんな」
治癒が覚えられれば治療効率はだいぶ良くなるのだが、未だに習得可能なレベルまで法力が成長していない。いや一生届かないのかもしれないが……。
「6層目がなかなか突破できないねー」
「あせって大けがをしたり、ましてや犠牲者を出すわけにはいかないし、仕方ない」
「5層目は6日で突破できましたけれども、6層目は倍の日数かけましてもまだ門番の部屋の位置もわかりませんわね」
「6層目から敵が4体出ることが多くなったからだねぇ」
そう、5層目は敵が1、2体、多くても3体までだったこともありルシアがフリーで各個撃破できていたのだが、4体になるとなかなかそうもいかない。
エレンは必死に2体抑えようとしてくれているが、敵だってバカじゃないから後衛を狙おうとしてくる。
「それじゃあ、慎重に戻るよぅ」
「りょーかい」
「わかりましたわ」
ゴブリンから金目の物を集め終わると、俺たちはゆっくりと迷宮の6層目を後にした。
4人で借りている安宿の一室にて6層目の対策を話し合うことにした。ちなみに知らない相手と同室になるよりはよっぽどいいという事でパーティの4人で同じ部屋にしている。
エレン以外は農村やあまり大きくない町の育ちで、家族全員が同じ部屋で寝泊まりと言うのが当たり前だったので不満は出たことは無い。エレンは逆にずっと個室だったのでこういうみんなと同じ部屋は楽しいと言っていた。
「敵の数が多いと苦戦するのをなんとかしないと、消耗が激しくて探索が進まないな」
「対策は単純に言うと2つ、味方の数を増やすか、早めに敵の数を減らすのさぁ」
「前者はパーティのメンバーを増やすことで、後者は殲滅力を向上させることですわね」
「人を増やせばそのまま火力の向上にもなる、か。でもまぁとりあえずはパーティ内で出来る事を考えよう」
「火球でどっかーん! はまだ出来ないからなー」
「しょっぱなにオイラが弓、ルシアが氷槍か、もうひと押し欲しいねぇ」
盾を持っていたり、回避が上手な敵が相手だと2手では敵を倒しきれない場合が多いのだった。
「最初のころの予定通り俺も弓を持つか?」
「弓を持ちますと、盾を背負う必要が出てきてとっさの場合に困るのではないでしょうか?」
「うーん……。投げることもできるダガーをクルトが装備するっていうのはどうだぁ?」
「それならいいかもな、いざというときはすぐ剣に持ち替えもできるし、明日にでも探しに行ってみるか」
クロスボウや魔法には劣るが、それでも飛び道具が1種増えるのは強化になるだろう。
「あたくしも何か飛び道具を持った方が宜しいのでしょうか?」
「エレンは守りの要だから敵の攻撃に集中した方がいいんじゃないかな?」
「アタイもそう思うー」
「わかりましたわ」
距離がある段階で敵に気が付ければ、ゴブリン程度なら3人がかりで1体は接近される前に処理できるかもしれない。無論期待しすぎるのはよくないが。
「迷宮の話が一段落したところで、ちと提案があるんだがよぉ」
「なーにー?」
「こうやって宿にずっと泊まるのもいいが、家を一軒借りねぇか?」
チコから思いもよらぬ話がでた。
「家をですか……、お高いのではありませんの?」
「それはエレンの自分の家が基準だからだよぅ。迷宮都市には結構オイラたち向けの貸し家があるらしいよぅ」
チコの話をまとめると大抵の冒険者向けの貸し家は台所と全員が食事したりする大部屋が1つが大抵あって、それに小部屋が6部屋の家が月に銀貨350枚から、小部屋が2部屋の家が銀貨200枚からという金額であるらしい。
「流石に小部屋が2つじゃ足りないんじゃないか?」
「6部屋のに比べると一部屋が結構大きくてそこまで合計の広さに差はないらしいよぅ。それじゃなんで6部屋のがやたら高いかっていうと、壁や廊下の手間が増える分だって言ってたよぅ」
「確かこの宿が1日銀貨3枚ですから、一か月で90枚、4人だと360枚ですからそう考えるとかなりお安いですわね」
「でも、宿は掃除やシーツの交換もタダで手間もかからないから単純には比較できないだろう」
「そだねー、迷宮から帰ってきたら新しいシーツが引いてあるから寝るだけで済むしねー」
「興味があるなら明日の休みに不動産屋にいってみっかぁ?」
実際の家を見ずに良いも悪いも無いという事で、明日の休息日に揃って出かけることになった。
「これはこれは皆様いらっしゃいませ。本日はどのようなご用件でしょうか」
翌日不動産屋で俺たちを出迎えたのはやたら腰の低い中年の男だった。大きな団子の上に小さな団子を乗せたような外見で、やたらと汗を拭いていて暑苦しいことこの上ない。
「冒険者向けの借家をいくつか見せていただきたいと思いまして」
地元で不動産屋に知り合いが居たという事なので、交渉はエレンに任せることになっている。俺の村にはそもそも不動産屋なんていうものが存在しなかった、ルシアとチコもそうだという。
「それはそれは、どのような物件を御所望でしょうか?」
「見ての通りわたくしたちはまだ駆け出しの身ですの、それに見合った物件をご主人がご紹介してくださると期待しておりますわ」
鎧を脱いだエレンは質素な平服ながら、ずば抜けた長身と美貌、そして自己主張の激しい胸部とで非常に見栄えがする女性だ。
現に店の親父の目線は一点に集中しているように見える。しかしエレン自身は別に自分を武器にしているつもりなどなく、誠心誠意話しかけているのだろう、彼女はそういう人だ。
「そうでございますね、ご予算にあまり余裕が無いとなれば……」
だが、さすがにプロだけあって凄い速さで台帳をめくっていくと、その中から2枚ほど引き抜いた。
「こちらのどちらかが宜しいかと存じます」
どれどれと全員でのぞき込むと、丁度昨日チコが言っていたような小部屋が6部屋と2部屋の借家だった。
総合的な広さは6部屋の方が大きいが台所などの共用場所はほぼ同じで、借り賃は6部屋が月に銀貨360枚、2部屋が銀貨220枚となっている。
「これだけでは決めかねますわ、直接お貸しいただける家を見に行くことは可能ですの?」
「もちろんですとも」
指紋が無くなるんじゃないかと他人事ながら不安になるほどの揉み手で不動産屋が応える。そんな男に連れられて俺たちは2軒の家を見に行くことになった。
「こちらが小部屋が6部屋ある方の物件となっております」
最初はに案内されたのは小部屋が6部屋の方の家だった。広々とした居間にほどほどの台所、それと鍵のかけられる保管庫と呼ばれる小部屋が1階にあり、2階には個室が6部屋ある作りになっている。井戸と厠は近所数件と共同となっていて、これはこういった水回りも単独で持つとかなり家賃が上がるらしいのでそのあたりを考慮しての事という話だった。
迷宮を往復する冒険者はその日帰ってこない事や、食事は外食ですませる人間が多いので水回りは重視されていない、その分家賃を安くした方が喜ばれるという。
続いて2軒目となる小部屋が2部屋の家を見せてもらった。1階の構造は似たり寄ったりで2階は2部屋のみだが、1部屋当たりは6部屋の家に比べてかなり広くなっている。今借りている宿の4人部屋よりも若干広いくらいだ。それでもこちらの家は部屋が少ない分2階が1階より狭いが、代わりにその部分がバルコニーとなっていた。ルシアなどはそこがかなり気に入ったようだ。
それでもその場で決めるようなことはせず、一旦持ち帰って検討するという事にした。
「どちらも良い物件ですよ。他に借り手が決まらないうちのご来店をお待ちしています」
不動産屋の寂しくなった頭頂部をこちらに向けるような急角度のお辞儀に見送られて今日のところは引き上げることにした。
不動産屋の次は昨日話していた投擲も可能なダガーを購入するために武器屋に立ち寄り、大ぶりでありながら投げる時のバランスも考えられているダガーを銀貨20枚で購入した。投げると言っても使い捨てが前提ではないのでそれなりの質もある。
「アタイ後の家の方がいいなー」
「そうだなぁ、オイラ達は別に個室が欲しいって奴も居ないしなぁ」
「ベッドだけはどっちも人数分備え付けのがあるってのはありがたいな」
「そうですわね、買うとなると結構なお値段ですもの」
そして、今日の予定を終えて4人で宿に向けて、不動産屋で後に紹介された方の家を借りようかと話しながら歩いているときの事だった。
「――ぅ――ん」
路地からわずかにうめき声のようなものが聞こえる。武装した冒険者が闊歩するこの街は各々の武力が奇妙な抑止力となって暴力犯罪は少ないが、一旦事が起こると命のやり取りになる事が多い。
路地からのうめき声という時点で犯罪の臭いがするものの、見て見ぬ振りもできずにおそるおそる覗き込む。すると暗がりで良く見えないが折り重なるように二人の人の姿が見えた。
「どうするよぅ?」
「見過ごすわけにもいきませんわ」
「このままなんかあったら夢見がわるそー」
「でもまぁ、慎重にやろう」
うなずき合うと俺が先頭に立って倒れた人影に近づいていく。一人は女性で、もう一人は子供だろうか?
「おい、大丈夫か?」
かがみこむようにして声をかけたその時、女と思しき人影が突如起き上がり、俺の腕を掴んだ。
「クルト!」
背中に緊張をはらんだ声を受けつつ、先ほど買ったばかりのダガーに掴まれてない方の手を伸ばしたとき。
「は、はらへったにゃ……」
女はそういうと再びくたりと倒れこむ。俺は仲間たちを顔を見合わせるしかなかった。




