12話
「何が入ってるかなぁ」
ギィ、とわずかにきしむ音をさせながら宝箱の蓋が開けられる。
「あぁ、その小さな瓶は割れると毒ガスが出るよぅ」
「うへー」
宝箱の中に突っ込もうとした手をルシアが慌てて引っ込めて、更に飛び退く。
「解除した罠の一部ですのね」
「んだぁ、ちと危ないが持ち帰れば売れるはずだよぉ」
「ほかにはー?」
瓶が怖いのか少し離れたところでルシアが聞く。
「古銀貨が、8、9、10枚あるな。あとはなんか古そうな銀製? の腕輪が一つだ」
「この腕輪、魔石が埋まっていますし魔法の品では?」
「かしてかしてー」
現金なもので再び寄ってくると腕輪を受け取る。
「魔法感知――。おお、魔法がかかってるー」
「4層目で魔法のアイテムとは運がいいねぇ」
「どんな魔法がかかってるのかわかりますの?」
「それはさっぱりー」
「なんか文字が刻んであるが、読めないな」
「ええと、これは『悪しきものよりこの身を守りたまえ』と書いてありますわね」
俺にはよくわからない記号にしか見えないものをエレンがあっさりと読む。
「よくこんなのがよめるねー」
「これは古代語だなぁ、オイラも読めないけどさぁ」
「腕輪の効果と文字が関係してるなら、なんらかの守りの魔法がかかってるのかもな」
「そのあたりは戻った時の鑑定で教えて頂けますわね」
税の徴収のために強制的に鑑定されるが、内容もちゃんと教えてくれるので助かる。
「もらえるものは貰ったし、そろそろ門に入ってみるか」
「どんなの楽しみだなー」
「1層目の転送装置の部屋と同じようなもんのはずだよぅ」
「それでもこう、胸がときめきますわ」
そんな会話をしながら、黒い障壁の消えた門の中へと4人で進んでいった。
「とーちゃくー」
「やっとここまで来たねぇ」
門をくぐるとその先の部屋には転送装置とその認証のための手の形のくぼみのある台座、それと部屋の隅に下の階層へと通じる階段がある。
「門が消えていますわね」
「そのあたりは話に聞いた通りだな」
門は一方通行になっていて転移装置の部屋の側からは使えないと事前に聞いていた。つまり、ある階層を探索したかったらその上の階層の転移装置から階段を使って降りる必要がある。どんな理由でそうなっているのかはよくわからないが。
「おおお、かっけー」
ルシアがいつの間にか台座に手を置いて腕に4層目の認証を刻んでいた。単なる数字の4なのだが、現代の文字と違って確かに格好良く見える。
「んじゃいってくるー」
そして更に、ひとりで転移装置に飛び込んでいった。
「元気だなぁ」
「羨ましいですわ」
光の柱の中に消えていくルシアを見送りつつ俺たちも認証を受けようとした時
「ただいまー」
早くもルシアが帰ってきた
「早っ!」
「えへへー、たのしかったー」
「何やってんだよぅ」
「まぁ、いいじゃありませんか」
突飛な行動に若干付いていけなくなりそうになるが、俺たちも認証を受けて1層目へ転移したらなんとなくルシアの気持ちがわかった。
「これは確かに楽しいな」
「でしょー」
なにがどうと理由を説明できるわけじゃないのだが、光に包まれて移動するときになんとも言えない良い気分になる。
「そんで全員で戻ってきたがよぅ、今日はもう終わりでいいんだよなぁ?」
「そうですわね、5層目は気になりますけれどもしっかりと準備してからがよろしいと思いますわ」
「そうなだ、鑑定してもらって今日は上がろう」
「さんせー」
1層目の転移装置は迷宮の出口の傍にある、部屋を出て1刻み(約5分)ほども歩くと既に見慣れた鉄格子が見えてきた。
「そっちから来たって事は無事に4層目を攻略できたって事ね、おめでとう」
「今後とも精進せいよ」
今日の立ち番は初日以来の顔見知りになっている女戦士とドワーフだった。
「ありがとうございます」
「どーもー」
二人に頭を下げつつ横を通りらせん階段を登っていき、これまたおなじみとなった出土品調査徴税室、通称鑑定部屋へと入る。
一通り身体検査を受けたのち、手に入れたものだけがテーブルに並べられて鑑定が始まる。ちなみに3層目までで戦ったイノシシとラットは解体しなかったので戦利品は無い。
「銀貨が7枚、古銀貨が10枚で併せて銀貨37枚相当、ショートソードはそうですね銀貨2枚というところでしょうか、申し訳ありませんが」
武器というよりも鉄くずの値段だが、予想していた事態でもある。これからあまりに酷い武器は荷物になるだけなので持ち帰らなくなりそうだ。
「次は魔石ですか、4層目の門番でシャドウが現れるのは珍しいですね。――この大きさと色、艶の具合だと1個銀貨20枚でしょうかね」
4個で80枚か、なかなかおいしいと見るか、それとも苦戦した割に渋いと見るか。
「あと、このガス瓶はガスの色合いからして腐食毒だと思われますね。あまり大きくないですし銀貨5枚ですね」
それでもショートソードよりは高いが、今日みたいにあとは転移装置で帰る時でもなければ危なくて持ち歩けないか、――いや場合によっては武器にもなりそうだ。
「そして最後にこの腕輪ですが、魔法に対する防御力を上昇させる魔法がかかっていますね。あまり強いものではありませんが。――そうですね感覚的なものですが、おおよそ加護の半分程度の力じゃないかと思われます」
魔法防御を上げる者の中ではかなり低い部類に入るという、それでも俺たちにとっては十分これから役に立ってくれそうだ。
「そんで幾らなのー?」
「これは失礼しました。そうですね銀貨150枚というところでしょうか」
魔法のアイテムは買い取り額のおよそ2倍で売りに出されるというから、買うとなると銀貨300枚、これは売り払わずに持っておいた方が良い気がする。
「以上になります。鑑定額は合わせて銀貨274枚、持ち出し料は銀貨27枚となります」
「結構な額になったなぁ」
「普段の6、7日分くらいになりますわね」
「5層からはこのくらい稼げるー?」
ルシアが担当官に訊ねる、担当官は少し苦笑して
「いえ、上層(5~8層目)の中でもかなりの大きな収穫だと思いますよ。通常は一日潜って銀貨100枚を超える程度ではないでしょうか」
私は冒険者ではないのでここで見た限りの話だが、と担当官は言う。
俺たちは腕輪以外をその場で換金して税を支払うことにした。
「腕輪はとりあえずエレンが装備か?」
「そうだねぇ」
「パーティーの守りの要だからねー」
しきりに辞退しようとするエレンに押し付けるようにして装備させる。早いうちに鎧も良いものに買い替えてあげたいところだ。やはりしっかりと敵を受け止めてくれるものがパーティに居るというのは安心できる。
「そとだー」
「まだ夕刻前ですわね」
「ずいぶん長いこと潜ってた気がしたけどよぅ、普段とあんまりかわらんなぁ」
「3層目までは敵を避けてたからな」
建物から出て、さていつもの店へでも行こうかという時。
「おや、皆さんも引き上げですか」
俺たちのすぐあとから酒場でルシアを助けてくれたレオンさんというクランリーダーが現れた。
レオンさんは仲間に先に行っててくれと言い残すと俺たちの方に近づいてくる。
「ええ、やっと4層目を攻略できましたわ」
「大変だったよー」
「そうですか、それは素晴らしい――。そうだ、皆さんはこれをお持ちですか?」
レオンさんは腰の小袋からないやら方位磁石のようなものを取り出して見せる。
「磁石ならもってるよぅ」
方角を知るために大切な道具で、小さいこともあり、はぐれたときなどの事も考えて1人1個持っている。特に高価なものでもないし。
「いや、これは方位磁石ではありません。方向を知る道具という点では合っていますけどね」
「それなら何に使うんですか?」
「ここでは何の意味もない道具ですが、迷宮ではその階層でどの方角に転送装置があるか指してくれるんですよ」
「便利そうだねー」
月ごとに構造が変わり、そのたびに地図を作り直さなければいけない迷宮は重宝しそうな道具だ。
「どうやらお持ちでないようなので、表層の突破記念に皆さんに差し上げますよ」
「貴重なものではないんですの?」
エレンが遠慮気味に言う。
「下の階層に行けばそれなりに手に入るものなのですよ、私も他にいくつか持っていますからどうぞお受け取り下さい」
「ありがとー」
その言葉を聞いたルシアが嬉々として方位磁石のようなものを受け取る。
「悪いなぁ、ところでコレはなんていう名前の道具なんだぁ?」
「正式な名前ではありませんが、というか誰も正式名称など知らないでしょうけど。冒険者の間では『風見鶏』と呼ばれています」
「ありがとうございます。そういえばレオンさんは今日は何層に行かれていたんですか?」
少し気になったことを聞いてみる。以前深層(17層目~)まで行ける実力があるという話は聞いたことがあるが。
「今日は16層でした。いずれ鉄の鷲だけで深層に挑戦するための若い子の訓練ですね。やはり別のクランの方と共同というのはなかなか息が合いにくいものでして」
訓練で16層目とは次元が違う。いずれ俺たちもそんな風になれる日が来るのだろうか。
「それでは仲間を待たせていますのでこれで失礼します」
「ありがとうなぁ、風見鶏はありがたく使わせてもらうよぅ」
最後まで折り目正しいレオンさんが仲間の向かった方へ立ち去っていく。
「なんて言いますか。少し遠い存在ですわね」
「そーかなー?」
「でもよぉ、前にも言ったがよぅ」
「俺たちは俺たちのやり方でやるしかない。って事だな」
そういってみんなで笑う。
やっとのことで初心者から一歩だけ踏み出せた俺たちだ、焦らず進んでいこう。こいつらとならきっといい冒険が出来るはずだ。
これにて第一章が完となります
第二章目以降はまだ大雑把なプロットしかないのでこれから詰めていく予定で、投稿までにはしばらく間が空くかと思います。
感想などありましたら是非お願いしますね。




