11話
扉を押し開けて中に入ると、そこは15フィル(15メートル)四方程の部屋になっていた。部屋の中は今までの迷宮内とはうって変わって真昼のような明るさになっている。
そして奥にはさらに部屋があるのか、アーチ状の通路が口を開けていて、おそらくあれが『門』なのだろう。だが、門の中には黒い壁のようなものがあり、このままでは通れそうにない。
「あれが門か、話に聞いた通り壁があって通れそうにないな」
「んだなぁ。あれを消すにはぁ」
「門番を倒す必要があるのですわね」
「やっちゃうよー」
その目指すべき門を守護するように4体のモンスターが立ちふさがっている。黒い、ぼんやりとした何かで形作られた人型のそれは、シャドウと呼ばれる魔石を核として作られた魔法生物らしい。
「しかし、あれってもしかして」
「わたくしたちの似姿ですわね」
4体のシャドウは姿恰好が俺たち4人に酷似している、これは偶然ではなくそういった仕掛けなのだろう。どこまでも不思議な迷宮だ。
「あれって魔法とか使うのかなー?」
「使えるように作られた奴は使えるよぅ、今のオイラたちと同じ魔法を使ってくるかはわからんけどなぁ」
「つまり、もっと上級の魔法を使ってくる可能性もあるということですのね」
それは確かにそうだ、が。
「でも、わざわざこっちに似せて作った以上、大して変わらないと思うけどな」
「そだねー」
意図的としか思えないように真似ているのに、そんな意味のないことはしない気がする。少し前に酒場で聞いたことのある何の目的で迷宮が作られたかという説を思い出す。
酒の肴に色々な説がでたが、俺が気になったのは古代文明の闘技場のような見世物の場所だったというものだ。そういわれると色々と腑に落ちるものがある――。
「くるよぅ」
っと、今はそんなことを考える場合じゃない。目の前の戦いに集中しなければ。
「ルシアを背後にしてエレンを中心に囲んで守れ」
「わかりましたわ」
「了解だよぅ」
俺たちが守りを固めたときにルシアのシャドウ――仮にこう呼ぶが、が魔法の矢を放つ。やはり使ってきたか。ガインという重たげな音を立ててエレンの盾にその矢が突き立つ。
「こっちも食らわせてやれ、そうだな2人ともチコのシャドウを狙え」
チコの名前を出すのは若干抵抗があったが、盾を持ってない奴を攻撃すべきだと思いそう指示した。
「魔矢」
「当たれよぅ」
放たれた2本の矢は狙いたがわずチコのシャドウに向かって飛んでいく。しかし――
「避けた!」
相手は見事な体捌きでその矢を躱す。確かにチコならあのくらいできるのかもしれない。
そして肉薄した敵はそれぞれ自分の似姿と剣を合わせることになった。
「コボルトよりはしっこいよぅ」
「こっちはすごい力ですわ」
「俺のは……、よくわからん」
見た目だけでなく、どこまでかは判らないが能力も似せているようだ。俺の相手はイマイチ特徴が無いのが悲しい。
お互いの攻撃を時には盾で防ぎ、時には剣で捌く。一見互角だが人間には体力や集中力の限界というものがある、このままではいずれこちらがミスをして崩れそうな予感がする。
「エレン、しばらく2体相手に出来るか?」
「少しの間ならなんとかなるとおもいますわ。何かするんですの?」
「このままじゃジリ貧だ、そこで俺がなんとか後衛を潰す。そうすればルシアは好きな場所から援護できるようになるはずだ」
魔術師同士はお互い味方の前衛を盾にしている感じで思うように動けていない。これをなんとかすれば……
「いくぞ!」
俺は相手の剣を盾で受け止めると、相手を倒すような勢いで押し返した。敵の体勢は崩れたがこちらも同じように崩れる。そこに――
「はっ!」
エレンが自分のシャドウの攻撃の隙間を縫って俺のシャドウに一撃を見舞う。残念ながらその攻撃はかわされたがその間に俺はルシアのシャドウに向けて走り出していた。
「――――」
シャドウの手のひらが俺に向けられると同時に何やらつぶやくのが聞こえた。俺はとっさに横に避けたが、避けきれず魔法の矢が左のモモを削り取っていった。
「くぅ」
踏み込むたびに激痛が走るが今は癒している時間はない。俺は痛みを無視してルシアのシャドウに接近すると右手の剣を振り下ろす。
ガツンという音と共に渾身の一撃は相手の杖に防がれる。決められなかった俺は焦りつつも更に2度3度と攻撃を繰り出すが、思いもかけない巧みな杖捌きで防がれる。左足の痛みもあるだろうが相手がルシアの能力そのままなら俺がやはり未熟なのだろう。
そのときちらりと視界に俺のシャドウ――妙な呼び名だが、がエレンの背後に回ろうとしているのに気が付く。エレンは判っているが目の前のシャドウに手いっぱいで対応できないようだ。
「ルシア、援護してくれ!」
俺はルシアにエレンの援護をするように頼んだ、つもりだった――
バスンという音と共に突然目の前のシャドウの肩に魔法の矢が生えた。
「なっ!」
いつの間にかかなり傍まで近寄ってきていたルシアがシャドウの横手から魔術を使ったのだった。なんでこっちにとか、接近戦の途中で危ないとかいろいろと思うところはあったがこの好機を逃すわけにはいかない。片腕がまともに動かなくなったシャドウではもうまともに防ぐことはできずに俺の攻撃が矢を受けていない腕に吸い込まれる。
切り付けたシャドウの腕は肉でもなく木でもなく、まるで粘土のような奇妙な感触だった。さらに間髪入れず胸を突き通すとシャドウは崩れ落ちていく。倒れたシャドウはさらさらを崩れていき石のようなものを残して消え去る。
「なんでこっちに来たんだ?!」
「援護しろっていったよー」
確かに言った、それは認めよう。
「あの場合だとエレンの事だろうが」
「ならそう言ってよー」
言い合う俺たちだが
「いいからエレンを助けろよぅ」
その言葉で我に返った俺たちは今度こそエレンの援護に向かった。エレンは背後を取られないように常に動いているが、そのせいで安定した防御が出来ずに何度か攻撃を食らっている。
「まずは俺のシャドウから」
「はいなー」
俺たちの接近に気が付いたシャドウが目標をエレンからこちらに移す。そのシャドウにまずは俺が剣を叩きつける。攻撃は盾で防がれるが、続けてルシアの六角棒が唸りをあげて襲い掛かる。
「うりゃー」
シャドウは今度は剣でその攻撃を防ごうとするが、走ってきた勢いそのままに両手で振りぬかれた一撃の勢いを殺しきれずに剣は弾き飛ばされる。武器を失い、体勢を崩したシャドウのわき腹を俺は剣で貫くと、とどめはルシアに任せてエレンの相手をしているもう一体へと向かう。
今度はこちらが相手の背後に回り込み横殴りの攻撃を食らわせる。その攻撃は辛くも防がれたが。
「はああああああっ!」
エレンの渾身の一撃が相手の頭を横から薙ぎ払う。攻撃を食らったシャドウの頭部が破裂するように割れた、シャドウは倒れるまでもなくさっきのルシアのシャドウのように体が崩れて消える。
「チコは大丈夫か?」
「今大丈夫になったよぅ」
こちらが片付いたところでチコの様子を窺うと、チコのシャドウの背後で六角棒を振り回すルシアの姿があった。さっきから魔術師とは思えない戦いっぷりだ。
「これで終わり、と」
みんなの傷を法術で治し終わったら頭の中が非常に重く感じるようになった。おそらく法力が枯渇したんだろう。かなりギリギリだったと言う事か。
「つかれたー」
「2体相手は厳しかったですわ」
「コボルトでも危なかったしょ、そのうちメンバーを増やした方がいいかもなぁ」
確かによっぽどの実力差が無い限り2対1になると非常に厳しくなる。それは逆にこちらの数が多ければ楽に戦いが進められるという事でもある。
「そうだな、6人までは加護系の法術が効果あるから後2人ほど折を見て探すか」
盾や加護のパーティ全体に効果を及ぼす法術はなぜか上限が6人までとなっているので、これをパーティの上限人数とする場合が多い。
なぜ6人なのかは法術を作り出したと言われる男が6人家族でそれを全部守るためとか、指が6本あったからなどと言われているがよくわかっていない。ただ現実として法術がかかるのは6人までで、しかも一組しか法術を維持できないのである。つまり12人を2パーティにわけて6人ずつに法術をかけると1パーティ目の方は効果が消えてしまうのだ。
「それじゃあ一息ついたし戦利品をいただきますかぁ」
チコはそういってよいしょと腰をあげると、まずはシャドウが残していった石を拾い集める。
「魔石が4個だねぇ、オイラには価値はわからんけどよぅ」
「魔法具などの材料になるんでしたっけ?」
「ルシアが着ているローブに使ってる魔法糸にもどういう風に加工してるのかは知らないけど使われるらしいぞ」
「へー」
少なくとも持って帰る価値は十分にあるだろう。
「武器とかも本物じゃなかったみたいだねぇ」
「消えてるねー」
「まったく、あんなものを自由に作れたら戦争が様変わりするだろうな」
「確かに、恐れも疲れも知らない戦士ですものね」
となると、残るのは
「宝箱ー」
相変わらずいつの間にか現れた宝箱が部屋の片隅にある。
「んじゃ開けてくるよぅ」
「お気をつけてくださいませ」
俺たちから一人離れてチコが宝箱を見に行く。薄情なようだが全員で罠にかかるわけにもいかず、あとは無事を祈るしかない。
「んー。鍵とぉ……罠もかかってるなぁ」
蓋の隙間から何やら奇妙な薄い刃物を差し込み、作業をしている。それが終わると何度か見たことのある開錠道具を取り出して鍵穴に差し込み器用に動かす。
「おわったよぅ」
「おたからー」
チコの言葉を聞くや否や宝箱に駆け寄っていくルシアを見て、これで全部終わったなとやっと体の力を抜くことが出来た。
次で第一章が終わります




