10話
迷宮都市に辿り着いて22日目の朝がやってきた。
今日はついに4層目の奥にある転移装置を目指す。それはすなわち門番との戦いという意味でもある。
昨日は早く寝て体調を整え、今朝は一日の最初の鐘である3つ鐘(6時)のなる前には既に全員の準備が整っていた。
「それじゃあ今日の基本方針だが、極力戦闘は避けて進む。大きな怪我をしたり、魔力や法力の残りが心もとないと感じたら撤退する」
気が付けばいつのまにやらまとめ役になってしまっていた俺が今日も話を進める。
「何か質問や気になったことはあるか?」
昨日もさんざん打合せをしただけあって3人とも首を横に振った。
「それじゃあいくよー」
荷物をしっかりと担ぐと、ルシアが先頭に立って迷宮へと歩き出す。
「やっと4層目かぁ」
「不思議といつもより緊張いたしますわね」
「そーだねー」
時計なんて言う高級品は持ってないし、迷宮内じゃ鐘の音が聞こえないので正確には判らないが鐘2つ(4時間)を超えたくらいで4層目にたどり着いた。
何度も通った道でもあるし、それにここまではチコが早めに敵に気が付いてくれたこともあり、戦闘はイノシシ1匹とジャイアントラット2匹の合わせて2回だけで済んでいた。
「もうすぐ昼過くらいかな? ここで休憩するか」
「わたくし、おなかがとても空きましたわ」
エレンはあの体を維持するのに必要なのか非常によく食べる、かといって決して太っているわけではなく戦士として理想的なんじゃないかと思うスタイルだ。
いそいそと保存食を明らかに2人前以上取り出すエレンを見つつそんな事を考えていた。
「4層目なんだがよぅ、ちょい前に攻略したってやつらから大体の方角は聞いておいたよぅ」
「流石チコは手回しいいなー」
「本当ですわ」
チコは褒められて照れくさそうに「地図は見せてくれなかったんだよぅ」などと言っている。
「それじゃあ行きますね」
しばらく休息をとり、軽く腹を膨らませたところで探索を再開する。
「光よ」
「盾」
変なところで効果が切れないように念のため法術をかけなおしておく事にした。
「法力と魔力の残り具合はどんな感じですの?」
「はっきりと判るわけじゃないけど、3分の2くらいは残ってると思う」
「アタイはほぼ満タンだと思うー」
余計な戦闘を避けれたのでどちらも余裕がある感じだ。
最初のころはエレンが先頭を歩いていたが、一度危うく通路の罠にかかりかけてからは先頭をチコ、次にエレン、その次にルシア、最後尾が俺という隊列になっている。
「止まってぇ、罠があるよぅ」
そういってチコが指差した先の壁を見ると石壁の隙間に巧みに隠されたアロースリットがあった。
「その隙間の正面の床を踏むと多分矢が飛んでくるよぅ」
それを聞いて俺は背嚢に括り付けておいた2フィル(2メートル)棒を取り出すと、チコの示した場所を押し込んでみる。
すると、シュッっという音と共に小型の矢がスリットから発射され、反対側の壁に当たって落ちた。その動作を何回か繰り返すと矢は4本で打ち止めとなったが、念のためにエレンがスリットを盾でふさぐようにして通り過ぎる。
「よくこんな小さな隙間に気が付きますわね」
エレンが穴にかざした盾を引きもどしながら感心して言う。
「じいっと壁とか床を見てても意外と気が付かないんだよぅ、むしろぼんやりと通路全体を見てるとなんていうかこう、違和感を感じるんだよぅ」
「んー、全然わかんないー」
そう言われて俺も真似してみたが、そんなものは全く感じ無い。やはりチコは凄いと改めて思う。
と、そのときどこからか、カチャリカチャリと金属同士がぶつかる音が聞こえた気がした。周りを見ると皆にも聞こえていたようで早くも警戒態勢を取っている。
そしていつものようにチコが床に耳を当てて周囲を探ると
「たぶん人型のが3体、普通の人間より軽めだと思う」
冒険者であってほしいが、おそらくは違うだろう。
「ここではやり過ごすのは難しそうですわね」
「ずっと一本道だからねー」
段々と近づく足とに緊張が高まってくる。やがて光の照らす範囲の先の闇からまるで犬が2本足で立ちあがっているようなモンスターが3体現れた。
「コボルトだ……」
二本足の犬と言ってもウェアウルフとは全くの別物で、身長も140フィー(140センチ)を切るくらいしかないが、3体ともにショートソードを握っており、そのうち2体はみすぼらしいが盾まで持っている。
「ワンちゃんが歩いてるー」
なんとも締まらないルシアの声を合図にしたかのように戦闘が始まった。
「魔矢」
ルシアの魔法の発動と同時にチコのクロスボウからも矢が発射される。
しかし二人とも別々の敵を、しかも盾を持っているコボルトを狙ったために攻撃が阻まれた。盾を持っていない奴を2人で狙えと指示すべきだったがもう遅い。
「ハッハッハッ!」
犬の息遣いそのままの声を上げながらコボルトが殺到してくる。3人がそれぞれ1体ずつのコボルトを相手にすることになった。
武器と武器が、武器と盾とかがぶつかり合う音が迷宮内に響き渡る。
俺の相手のコボルトは盾を持っていないが意外と巧みにショートソードを使い、有効な攻撃が入らない。エレンはいつものように防御面は安定しているがやはり攻撃を当てるのに苦労しているようだ。
そしてチコは、本当ならこんな風に正面切って戦うような役目ではないこともあり苦戦している。生来の器用さで巧みに攻撃を躱し、受け流しているが人間からすれば小柄なコボルトよりも更に一回り小さいその体ではなかなか反撃に出れないようだ。
「離れてくれないと援護できないよー」
後ろからルシアの声がするが、コボルトは距離を取ろうとしてもすぐに間合いを詰めてきて援護できそうな隙間を作ることが出来ない。こんな時に眠りの魔法があれば直接目標を敵に出来るのだが、今更と言うしかない。
しばらくそうして奇妙な均衡状態が続いたときの事だった。
「きゃあ」
ルシアがせっぱつまった悲鳴を上げる、何事かと目の前のコボルトを牽制しつつ後ろに目をやると、いつの間にか背後からやってきたのか別のコボルトがルシアに襲い掛かっていた。
これはマズイ、一応棒術の訓練を受けたとはいえ今まで実際に打ち合ったことは無いはずだ。
「このっ、このー」
魔法は詠唱自体は一呼吸もないほど短いが、術を発動させるには深い集中が必要であり、あんな風に接近戦の最中に使うことはできない。
危ないのは判っているが3人とも眼前に敵を抱えていて助けに行くことが出来ない。背を向けて走り出すわけにはいかないからだ。
「痛――」
ついにコボルトのショートソードがルシアの太もも辺りを捉えた。ローブで傷の具合は良くわからないが無傷という訳ではないだろう。
と、そのとき、腹にガツンという衝撃を感じて息が詰まった。後ろを気にしすぎているうちに突きを食らったようだ。幸い敵のショートソードの切っ先が欠けていてそれほど鋭くなかったおかげで皮鎧で止まったようだ。もしかしたら盾の効果もあるのかもしれない。
「くそっ」
焦った俺が力任せに切り下げると攻撃はコボルトのショートソードに阻まれた、しかしその一撃で意外なほど敵の体勢が崩れたような気がした。もしかして……。
慌てて立て直そうとするコボルトを見ながら先ほど閃いた攻撃を叩きつける。それは意図的にコボルトの剣を、それも弾き飛ばすようにではなく外側から内側に押し込むようにした。
するとコボルトはつんのめるように大きく体勢を崩す。俺は引き戻した剣を今度は横なぎに払うと今までの苦戦は何だったのかというようにコボルトの首が飛んだ。
そしてすぐさま周りを見渡す。エレンは優勢、チコはやや守勢だが持ちこたえられそうだ。となれば――
「うりゃあああああ」
俺は敵の注意をわざと引くために大声を出しながらルシアの相手のコボルトに突進する。
コドルトは驚いたように飛び退るが俺はそのままぶち当たった。剣の切っ先は躱されたが、もろに体当たりを食らったコボルトは体格差もあって後ろに2度、3度と転がる。
「くらえー魔矢!」
そこに間髪入れずルシアの作り出した魔法の矢が突き刺さる。胸の中央に矢を受けたコボルトは僅かにもがいた後は動かなくなった。
次には3人でチコの相手のコボルト、そして最後には4人がかりでエレンの相手を倒して戦いは終わった。均衡さえ破られればこうもあっさり終わるものなのか。これが逆になっていたかと思うと背筋が寒くなる。
「怪我をした奴は?」
疲労と緊張からの解放感でへたり込んだ3人の内、チコとルシアの手挙がる。俺はまずルシアの傷を治すべく近寄った。
切り裂かれたローブをまくり上げると、さらにその下のズボンも切られているので脱いでもらって傷を見る。すると意外と浅手であることに気が付いた。
「こんくらいの傷なら止血で十分治せるな」
俺が法術を使いながら言うと
「盾のおかげだと思うー。切られたときになんかこう間に挟まって守ってくれた感じがしたよー」
役に立ったなら何よりだ。俺はその後にチコの怪我を見る。戦い方の差だろう、ルシアより更に小さな傷がいくつもあるという感じであった。
「オイラも魔法のおかげで怪我が浅くて済んだ気がするよぅ」
そうして一通り治療をした後は戦利品を漁ることにしたが、残念ながらコボルトは4匹も居ても大したものは持っていなかった。
「古銀貨じゃない普通の銀貨が全部で7枚と、後はこのボロいショートソードが4本か、盾はどう見ても売れそうにないし、それにかさばり過ぎるな」
「ショートソードはどういたしましょうか?」
「ろくに値がつかないとは思うけど1本だけ持ち帰ってみるかぁ?」
「そーだねー」
「その結果次第で今後の方針とするか」
そう結論付けると、一番まともに見えるショートソードを、コボルトは鞘なんて持っていなかったので刃を布で包んで持ち帰ることにした。
コボルトとの戦闘後は特に障害もなく、やがて雰囲気の違う両開きの扉の前に辿り着く。
「あれが門番の部屋ですの?」
「部屋の中にいるなら門番じゃなくて部屋守じゃないのかなー」
「部屋の中に入るとよぅ、転移装置へ続く門があるらしいんよぅ。それで門番って言われてるんだよぅ」
「なるほど」
「それじゃあ行こうか」
「参りましょう」
「おー」
「腕がなるよぅ」
俺たちは短い休息を取ると遂にその扉へと手をかけた。




