7.リザードマンの誇りを新たな命で
「ピキー!」
卵から出てきたのはトカゲだった。
リザードマンではなく、トカゲ。
おそらく領地ステータスの繁殖の成果だろう。
「元気な子が生まれましたね」
「かわいい……」
卵から這い出て数秒も経たない内に走り回るトカゲ。
1分くらいして疲れたのか眠った。
俺はその寝顔を見るなり、何故だかわからないがこの子を必ず守らないといけないという信念が芽生えた。
心が命令しているような……
「ステフ、ガルド。この子を守らなくちゃいけないって感じた?」
「理由はわからないのですが強く感じました」
「私もトカゲなんて大嫌いなはずなのに、命に代えてでも守らなくちゃって思ったわ……」
やはり……このゲームには感情誘導システムが採用されている。
インプットされているのはおそらく運営が設定したリザードマンとしての誇りのようなもの。
技術として確立されていたのか。
オーク領侵略クエストの時、恐怖に立ち竦んでいた俺を奮い立たせるために語りかけてきた声も感情誘導システムの一種だろう。
長期のフルダイブでは精神に異常をきたす可能性があることを鑑みた処置だろうが、これじゃあ性格も変わってしまいそうだなと苦笑する。
"名前を設定してください"
「名前を決めなきゃダメみたいだけど……どうする?」
「かわいい名前がいいわ!」
「私はかっこいい名前がいいと思います」
「何よガルド、女王様に歯向かう気?」
「むむっ!」
火花を散らす二人。
「どおどお。ここは間を取って俺がカッコよくて可愛い名前を付けようじゃないか」
「どんな名前です?」
「言ってみてよ」
「その名も……ジャココス!」
「……なんですかその四角いステーキを出すファミリーレストランみたいな名前は」
「田舎で賑わっているショッピングモールみたいな名前だわ……。あんたってセンスゼロね。いやマイナスの域だわ」
散々な言われようだった。
俺は酷く傷ついたぞ。
というか、そもそも性別を調べるのが先なんじゃないか?
「よく考えたら性別がわからないんだけど……」
「たしかにそうですね」
「私が確認するわ」
そう言うとステフは立ち上がり、眠っている赤ちゃんトカゲの元へ歩いた。
仰向けにひっくり返して股間を凝視している。
無言で戻ってくるステフ。
「立派な男の子だったわ」
何やら意気消沈している。女の子が良かったのだろうか。
「ならばやはりカッコいい名前がいいですね」
「ガルドはいい案あるの?」
「えぇ。空から降ってきたので小惑星を意味するアステロイドから取って、アステロという名は如何でしょうか」
「アステロか……ジャココスの次くらいにはいい名前だと思う」
「私もそれでいいわ。意外とセンスあるのね」
こうしてトカゲベイビーの名前はアステロに決定した。
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アステロ Lv.1 リザード
STR: 5
VIT: 5
INT: 5
RES:-10
SPD: 5
MOV: 5
耐性 打 △ 斬 △ 刺 △
火 × 水 △ 風 × 土 △ 光 △ 闇 △
スキル 無し
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Lv.1だからか、えらく弱いステータスだった。
当分戦力にはならないだろう。
でも風属性が即死じゃないのは嬉しい。
アステロをPTメンバーに登録しておく。
横になったまましばらく追加されたHELPの項目を流し読みしていると、本格的に眠気が襲ってきた。
眠らなくてもいいのか、眠らないといけないのかハッキリして欲しいと思いながらも、重くなった瞼には逆らえない。
意識がブラックアウトしていく……。
――早朝
「うぐっ」
俺の脳は覚醒するやいなや、腹部への重圧を感じ取った。
ありていに言えば、アステロがお腹の上で寝ていた。
体重はおよそ50kgだろうか。
重い。苦しい。
「アステロ、起きろ……起きてくれ」
俺の声で目覚めたアステロはピキーと返事をして、腹の上で何度もジャンプする。
ぐえっ!ぐえっ!
アステロが弾むたびに俺の口からは蛙のような鳴き声が漏れる。
その声が楽しいようでアステロはより一層はしゃぐという悪循環が始まっていた。
さすがに苦しくなってきたのでジャンプしているアステロを両手でキャッチし、事態を収束する。
「何やら楽しそうですねぇ」
素振りしながら話しかけてきたのはガルドだった。
「はは。朝から素振りなんて熱心だね」
抱えたアステロを脇において背伸びをする。
心なしか体長が良く、身体が軽い。
休んだことが良い影響を与えたようだ。
「なんか身体の調子が良いみたいなんです」
「俺もそうなんだ。今日の狩りは期待できそうだね」
昨日で修行は一旦停止だ。
ある意味修行でレベル上げを怠っていた分、できるだけ取り戻すべきだ。
他領地のプレイヤー達にまだ会ってないため推測でしかないが、レベルに関してはかなり遅れを取っているに違いない。
「おや、ステフですね」
ガルドの目線を追うと、遠くからステフがこちらへ駆け寄る姿が視認できた。
称号や王によって増加した魔法の威力でも試していたのだろうか。
「ジェイク!見て見て!」
こちらへ辿り着くなり何やら嬉しそうなステフ。
「そんなに慌ててどうしたんだ」
「口径1mmを達成したわ!」
「それは素晴らしい。ぜひ見せてくれ」
「もちろんよ。アクアジェット!」
ステフが空に向かってアクアジェットを放出した。
ダムの放水のような轟音が耳をつんざく。
マッハを超える圧倒的な速度で水が天高くまで噴出した。
「勢いがこれまでとは比べ物にならないな」
そして水の口径を確認する。
確かに口径は1mmを下回っているようだ。
しかし、それより驚いたのは水の放射角の狭まり方だった。
これまでのステフのアクアジェットを噴水とすれば、これは搭だ。
空高く、永遠にどこまでも水が伸びているように見える。
実際には水の粒子が小さくなりすぎたために霧散し、遠近感の錯覚が起こっているだけだろうが威力が段違いに上昇しているのは明らかだ。
攻撃手段という観点から言えば、リーチが何倍にも伸びた。
アクアジェットというより、アクアビームと呼ぶべきだろうか。
「ドヤァ……」
自分で口に出せばそれはもはやドヤ顔ではなく、単なる自慢になる。
しかし俺たちには自信があった。
誰が何人来ようともこの3人なら……この3匹ならば負けないという自信が。
「準備はOKかな?」
「うん」
「OKです」
「それじゃあ行こうか」
100億を稼ぎに――――。
――――王都グレンハイム
人間領である王都には6028人ものプレイヤーと高度なAIを備えたNPCがおよそ2万人存在する。
全長38kmにも及ぶ円形の城壁に囲まれ、その中央には背の高い城が威厳を周囲に振り撒くように建造されている。
城下町には西洋の建造物が王城を支えるように所狭しと立ち並ぶ。
赤茶色のレンガで構成された趣ある町並みは旧イタリアのフィレンツェを模されていた。
城下町西部商業区に存在する冒険者ギルド西部支社にて、ある男が報酬を受け取っていた。
「こちらがDランクユニオン用クエスト"ゴブリンウィザード50体討伐"の達成報酬です」
受付のNPCがリーダーである男に銀貨70枚が入った袋を手渡す。
中身を確認した彼は不満足気に舌打ちをした。
彼が立ち上げたユニオンは現実世界からの友人のみで構成されていた。
別段これは珍しいことではない。
むしろ現実世界からの協力体制を敷かずに単独でこのゲームに参加しているプレイヤーの方が奇異の目に晒され、避けられることも多い。
現実のお金が関わっている分、赤の他人は信頼できないというのは当然の思考だ。
彼らのユニオンは連携が良く、この世界では珍しい回復職のメンバーが所属していることもあって瞬く間にGからDまでランクを上げた。
全ユニオンの中でもTOP10に入るであろう準最強組と呼ばれるのにそう時間はかからなかった。
しかし、圧倒的に足らないのが金銭だった。
上位プレイヤーとなると、装備に掛かる金が大幅に増加する。
店売りの装備ではなく生産職の職人による武具が必要になってくる。
更に今日から実装された王制度で、売買に税が発生するのではないかとさえ街で噂が立っている。
また、彼らのユニオンは種族貢献値の売買を行わないという規則があった。
これは借金をしない堅実なユニオン運営ではあるが、慢性的な金銭不足を生み出す。
特にゲーム開始直後は稼いだ種族貢献値を高値で売り、それで得た金で装備を整えるというのがスタンダードであったが、彼はユニオンをコミュニティとして維持し続ける為にも現実世界での借金をしないというストレス軽減法を実践しているのだ。
それゆえに彼のユニオンでは強固な連携と信頼が実現されている。
彼は人間領でも類稀な組織運営力を持ったプレイヤーと言えよう。
しかし、ここに来てついに困窮してきた。
仲間に隠して自分の種族貢献値を売りさばき、ギルドの報酬を水増ししてきたのだがそれもここまでだった。
ギルドの報酬が想像よりも低かったのだ。
いや、ユニオンのメンバーの士気にギルドの報酬が追いつかない。
仮に、今の種族貢献値の獲得ペースで10年間続けたとしたら大きな賞金が手に入る可能性が高い。
彼のユニオンメンバーは1ヶ月で一人当たりおよそ100Pの種族貢献値を稼ぎ出した。
仮にこれを10年間続けると120ヶ月で12000Pの種族貢献値となり、その10分の1の1200Pが種族値となる。
これは、現実世界でいうと1200万円相当にあたる。
勿論人間が優勝しなければならないが、100万円の参加費に対して1200万円の賞金だ。
大きな黒字である。それも現実世界ではたった1時間でだ。
それなのにユニオンメンバーの士気が追いつかないとはどういうことなのか。
それは、準最強組でいる誇りであり、優越感であり、自尊心である。
遠いゴールにある賞金よりも目先の強さ、プライドが勝ってしまう。
しかし、現状の運営方法では報酬が少ないために十分な装備が整えられず、後続の借金まみれのユニオン達に追い抜かれることが今後必ずあるだろう。
その時にユニオンメンバーは何を思うか……。
当初、彼はこれを最も危惧していた。
プライドがコミュニティに亀裂を生じさせ、崩壊させる。
それ故に目立たず、堅実に賞金を獲得する道を歩いてきた。
――はずだった。
準最強組と呼ばれる日が来るまでは。
「Cランク昇格クエストを受けようと思う」
5月1日の朝。
月例会議にて、彼はリーダーとしてリスクを負う選択をした。
「クエストの内容は"任意の領を侵略し、種族値利益を得よ"だ!」
ざわつくユニオンメンバー達。
「リーダー。領を進行するって……いくら準最強組の俺たちでも頭数が少なすぎやしないか?」
大剣使いの大男が不安を口にする。
このクエストは本来、いくつものユニオンが連合、協力してこなすクエストのはずだ。
「ひとつ、あるじゃないか」
「リーダー……まさか?」
「あぁ……実力未知数のリザードマン領だ」
人間領ではこれまで何度も大規模侵略戦を行っていた。
主にエルフ領と悪魔領の二つ。
いずれもプレイヤー数1000人以上の領地だ。
敵数が少ない領地は通常より強化されているため、一撃死デスペナルティが怖くて攻められないというのが理由だった。
「一体倒してすぐさま撤退すればいいだけだ。それとも何か?エルフ領に侵攻して2000人に囲まれたいのか?」
「し、しかし……クエストを受けないという選択も……」
「俺たちは種族貢献値の売買をしない。だから正直に言うと、今のユニオンランクじゃ報酬が足りないんだ。」
足りない。
何に使う金が足りないのか。
それは準最強組であり続け、強者としてのプライドを保ち続ける為の金が足らないのだ。
彼が今まで散々皆に教えてきた、堅実に賞金を稼ぐということ。
このことをユニオンメンバーが理解していたら気づくはずだった。
足りないことなど無いということに。
現状を維持すべきなのだ。
「そ……そうね!たしかにこれからの事を考えると足らないわ!」
「Cランクに挑戦しよう!」
「やるぞー!」
開戦に息巻くユニオンメンバー達。
活気付いた雰囲気に反して、彼は気を落としていた。
誰も気付かなかったのだ。
いつしか賞金ではなくプライドに執着していることを。
彼は自分の無力さを知り、歯を軋ませる。
こうして彼らのCランク昇格クエストはスタートしたのだった。