6.種族王をアップデートで
―――ゲーム開始から1ヶ月
「今日で修行は一旦終わりだよ」
この世界に降り立って早一ヶ月。
食事も睡眠も存在しないこの世界で、俺たちは鍛錬の日々を過ごした。
といっても休憩無しで動き続けると疲労感は拭えない。
皆が皆、休憩は最低限に抑えて修行したというのだから心強い。
だから真面目な話を切り出した体勢が寝転びながらでも仕方ないのである。
「ほんっと疲れた。もう動けない」
同じように横になったステフが疲労を口にする。
ステフはアクアジェットの威力向上に修行を費やした。
その結果、俺が指示した口径1mmには届かずとも、それに近いレベルの威力を実現させた。
もはやアクアビームと呼ぶべきかもしれない。
また、水圧を調節するという技術を学んだことでアクアボールの威力も上昇した。
「私も今になって疲れが来たようです」
ガルドがうつ伏せのまま呟く。
殆ど休憩せずに剣を振るい続けてきたガルドは、おそらく天才だった。
修行の天才であり、技の天才。
常軌を逸したスピードで上達し続けた。
しかし、戦術および戦闘の面では不安がある。
心技一体という言葉があるが、心が不足しているのだろう。
俺が戦闘中にガルドの背後を指差し、「あっ美人の着替え!」というと確実に引っ掛かるのだ。
トラップにも簡単に引っ掛かるし、不意打ちに弱い。
そのかわりに正々堂々と勝負した時には無類の強さをみせるのだが……。
卑怯な手を使ってでも勝てというのは心を鍛える訓練なのだが、そこまでの効果は得られなかった。
愚鈍であることが技の天才である所以なのかもしれない。
"お知らせです。"
"ゲーム開始から1ヶ月が経とうとしています。アップデートを開始します。"
画面に黄色い文字が浮かぶ。システムアナウンスが始まった。
"更新されるシステムが幾つかありますので、順番に説明させて頂きます。"
"1.NPCによる領地侵略の実装"
"HELPで記載していました通り、今月からNPCがプレイヤー領に侵略します。"
"防衛戦が始まると本拠地にワープすることが可能です。"
"敗北により種族値が減少しますのでご注意下さい。"
"2.種族王制度の追加"
"種族につき、一人のプレイヤーが王となります。"
"選ばれる方法は同種族のプレーヤー同士による王座争奪戦で優勝すること、あるいは投票率50%以上の選挙にて獲得票数がトップのプレイヤーです。"
"いずれも行われなかった場合、ランダムで決定されます。"
"任期は3ヶ月です。"
"王になるとパラメータにボーナスが追加され、頭上に王冠シンボルが永続的に表示されるようになります。"
"また、獲得種族値と種族貢献値が10倍になり、損失種族貢献値は100倍になります。"
"3.称号制度の追加"
"条件を満たすと称号が取得され、パラメータにボーナスが与えられます。"
"今月のアップデートは以上です。詳しくはHELPをご参照下さい。"
長い説明が終わった。
タイムウィンドウを呼び出して時間を確認すると"1年目 4月30日 23:58:13"と表示されている。
あと2分で各機能が実装される。
「こんなにアップデートされるんですねぇ」
相変わらず横になったままガルドが呟いた。
「最初の一ヶ月だから気合入ってるだけかもしれないわ」
「そうだといいんですけど、あんまり複雑になると私の頭が爆発してしまいます」
「すれば?」
ガルドがムクりと上半身を起こしてステフを見やる。
「私は少しムッとしましたよ。ステフを脳内で辱めることにしましょう」
「やめなさいよ!気持ち悪いわね!」
仲良いなぁ。1ヶ月一緒にいて最初から何にも変わってない。
「そのビキニを剥ぎ取って麗らかな肌を……ウポロポゴロロ」
ステフによって召還された水球がガルドの顔面を覆った。
そんなこともできるのか。
……溺れてる。
でもゲームの中で窒息とかするのかな。
結局ステフは10秒ほど水攻めを行った。
「これ便利ね」
「はぁはぁ……あまり苦しくは無いんですけど不快でした」
リザードマンは水に耐性があるから結構平気なのかも。
「そろそろお時間のようだね」
カウントダウンする。
3・2・1・0。
パンパカパーン!
5月を迎えた瞬間、夜の丘に陽気なファンファーレが鳴り響いた。
パンパカパーン!
ん?
パンパカパーン!
何故か連続して鳴るファンファーレ。
バグった。
「な、何これ!?」
「ステフ、ジェイク殿。どうやらこれは称号を取得したSEのようです」
「そうなの?」
「はい。ステータス画面を見てたんですけどファンファーレが鳴るたびにパラメータが上昇しました」
ほぉーどれどれ。
自分のステータスを確認してみる。
Strが5、Movが20とSpdが25上がっていた。
なんか凄いことになっているようだ。
称号ウィンドウというものが追加されていたので確認してみる。
"熟練格闘家(Str+5,Spd+5)"
"キングオブスピード(Spd+20)"
"キングオブムーブ(Mov+20)"
熟練格闘家の取得条件は不明だが、キングと付くものはおそらく全プレイヤー中最もステータスが高いことだろう。
「たしかに称号を取得できてたよ。俺は熟練格闘家、キングオブスピード、キングオブムーブの3つだった」
Spdが急激に上がった分、慣れるのにまた時間が掛かるかもしれない。
せっかく修行したのになぁ。
「私は水の賢者とキングオブインテリジェンスを取得していたわ。天才ってことね!ふふっ」
ステフの水の賢者という称号は水属性の消費魔力減少というものだった。
「わ……私は……」
ガルドが珍しく言い淀んでいる。
あまり良くない称号だったのだろうか。
「何よ!気になるじゃない!」
「えっと……ですね」
「ガルド、笑ったりしないから教えてよ」
「キングオブバイタリティと剣の極意……」
……凄いじゃないか。剣の極意は熟練格闘家よりもランクが上だろう。
何を躊躇っていたんだ。
「……とキングオブエロスです」
何やら不穏な言葉を耳にした気がする。
「え?」
「な……なんて?良く聞こえなかったんだけど……」
「キングオブエロスです!」
何を言ってるんだ。
「あんたフザけてるんでしょ!称号ウィンドウを見せなさいよ」
ガルドが称号ウィンドウを開いて全体公開に設定する。
そこには確かに"キングオブエロス(HP1.5倍)"の文字が。
「ぷっ!あんた運営にも変態扱いされてるなんてよっぽどね!」
「あはは、でもHP1.5倍って凄いじゃないか」
「……笑わないって言ったじゃないですか」
何はともあれ、称号システムの導入によって俺たちは劇的に強くなった。
更にもう一つ話し合わないといけないことがある。
種族王システムについてだ。
「ステフ、修行中に習得した新しい変化魔法について詳しく説明してもらえる?」
「いいわよ。私がいつも使っている肉体変化の次に覚えたのがステータス変化というもの。これは自分あるいはPTメンバーのステータスを見かけ上だけ変化させることができるものよ」
「そのステータス変化で、例えばガルドの頭上に王冠を表示することはできる?」
そう質問するとステフは空中を指で操作し出した。変化魔法用のウィンドウなのだろうか。
「あったわ。今まではなかったんだけどアップデートと同時に更新されたみたいね」
ガルドの頭上に王であることを示す王冠シンボルが浮かび上がった。
「よかった。実は種族王システムについて提案があるんだ」
まず、種族王システムで一番の問題点が損失種族貢献値が100倍になるというものだ。
これはプレイヤーからすれば、王を倒せば100倍の種族貢献値が得られるということに等しい。
戦争になれば真っ先に狙われるはずだ。
そこで、壁役のガルドが囮の王となり攻撃を集めれば、戦闘の効率が上がるのではないだろうか。
獲得種族貢献値等はPTメンバーで共有されるため、賞金の分配率に関しては問題ないだろう。
俺が考えた種族王制度に対する案を皆に発表する。
「私はそれで賛成だわ。でもガルドはいいの?集中攻撃の的だけど……」
「心配してるのですか?もしやステフはツンデレ……」
「それ以上言うと水で刺すわよ」
ステフは暴力派所属のツンデレだった。
「私にまかせて下さい。風属性以外ならどんな攻撃も捌き切って見せますよ」
やはりネックは風属性だよなぁ。
耐性を上昇するアイテムなんかがあれば良いんだけど、リザードマン領にそんな便利な防具屋あるわけない。
「ありがとうガルド。それで肝心の王なんだけど……ステフに任せたいんだ」
「私?無理でしょ!」
ステフを王に勧める理由があった。
まず、圧倒的な殲滅力があるため、大幅な種族値の獲得が可能になるという点。
そして、王のボーナスである全パラメータ+10が、カンストしているステフのInteligenceの底上げに役立つという点。
以上の二点から、ステフを王にすべきだと説得した。
「まぁ賞金獲得のためだもんね。仕方ないわ。やるわよ女王を!」
「ハイヒールと鞭とロウソクが必要ですな」
「あんた死刑ね」
「ありがとうございます!」
こうして俺たちは選挙システムを実行し、ステフが晴れて女王となった。
ステフは変化魔法で自分の王冠を隠し、ガルドの頭上には偽りの王冠が光輝く。
「とりあえず、今日は休んで明日から狩りを再開しよう」
「そうね。なんだか今日は疲れたわ。思い切って寝ちゃうわ」
「私も1ヶ月ぶりに寝てみようと思います」
満点の星空の下、横になる3匹のトカゲ。
やっぱり綺麗だよなぁ。
作り物の美しすぎる星空を見上げていると、赤い星を見つけた。
なんだろうあれ……。
「みんな、ちょっと上見てくれない?」
「赤いわね。」
「なんか段々大きくなっていませんか?」
「……落ちてくる!」
ずどーん!
激しい衝撃音と共に目の前に星が墜落した。
目が点になる。
ぽっかり開いた穴。
「落ちてきたね……」
「落ちてきたわね……」
「落ちてきました……」
突然の出来事に脳が働かない。
恐る恐る穴を覗くと、直径1mほどの白い球体が確認できた。
赤く見えたのは輻射過熱か断熱圧縮によって燃えていた為だろうか。
「白いUFOがあるよ」
俺は未だ動けないでいるステフとガルドに話しかける。
我に返ったようで、二人が穴を覗きにやってくる。
「たしかに白くてつやつやなUFOですね」
「何が起きたのかさっぱりだわ」
ぴきっ!
「ひびが入ったわ!」
あれ?
この割れ方、もしかして……
ぴきぴきっ!
「これはUFOではなく……」
「「「卵!」」」