5.生き抜く方法を修行で(2)
―――修行開始10日目
「ジェイクー!」
ターザンのように森を駆け回っていると、ステフの俺を呼ぶ声が聞こえた。
声がした方へ向かう。
「アーアアー!」
返事をターザン風に叫んでしまった。
その上、樹から樹へ飛び移るように移動する癖もついてしまった。
「あんた、意外と恥ずかしいのね」
言い返す言葉が出てこない。恥ずかしい。
「ま、魔法の調子はどう?」
「それを見てもらいたくて呼んだのよ。それなのにアーアアー!って……ぷくくっ!これからあんたのことはターザンと呼ぶわ」
「ご勘弁をステフ様!」
「冗談はさておき、アクアジェットの威力を見て欲しいわけ」
「どうぞ。気を失わないようにね」
「当たり前じゃない」
ステフのロッドから水流が発射される。
直径は3cmくらいだろうか。
最初は30cmあったから見違えるほど上達していた。
勢いは凄まじく、標的としていた大木をゴリゴリと削り取る。
「ふふん、どうよ?」
「まだまだだね」
「ムキー!何よ!ターザンのくせに先生ぶって!」
「今は水の直径3cmくらいだよね?」
「まぁそうね」
「最低1mm……」
「は?」
「それじゃー頑張ってねー」
「ちょ、ちょっと待ちなさいー!」
ステフから脱兎の如く退散してガルドの様子を見に行く。
再びターザンのよう木々を飛び歩いた。
ズドン!
重い衝撃音が遠くで聞こえた。
何の音だろう。
ズドン!
定期的に聞こえる音。
近くなってきたようだ。
ガルドか。
「おーいガルドー!」
「あっジェイク殿。修行の方はどうですか?」
「ぼちぼちかな。それよりさっきの音……何してたの?」
「実はシールドバッシュというスキルを覚えまして、これを利用して修練していたのです」
「へぇー!ちょっと見せてくれない?」
「わかりました」
ガルドは樹に向かい、シールドバッシュを打ち込んだ。
盾を構えて突進してるだけなんだが、リザードマンの図体だから凄い迫力がある。
ズドン!
衝撃を加えられた樹はグネリと曲がり大量の葉を散らした。
片手で剣を構えるガルド。
ゆっくりと降下していく葉っぱ。
そして、ガルドの剣が消えた。
剣に両断され、次々に真っ二つになる葉。
刃が風を切る音。ビュン
葉が切られる音。パスッ
これが連続してサイレンサーを付けたマシンガンのような掠れた音が鳴り響く。
ガルドは身体を回転させ、舞うように周囲の葉を切り刻んでいく。
……人間ミキサー。いや、トカゲミキサーだなこれ。
およそ5秒の間、剣を舞い続けたガルド。
ただただ圧巻だった。
「3割ほど斬りこぼしてしまいました」
「えっと……ガルド?質問が山ほどあるんだけどいいかな?」
「スリーサイズ以外なら答えられます。どうぞ」
つっこんだら負けな気がしてスルーした。
「まず、なんで剣技がそんな凄いことになってるの?」
「私も最初は数枚斬るのがやっとだったんですけど、練習してたら少し上達したんです」
少し……ね。
「練習ってどれくらい?」
「ずっとです。あまり疲れなかったから休憩を忘れていました」
「もしかして、最後に会ったー……50時間くらい前からずっと?」
「はい」
すごい。すごいけどバカだ!
いくら眠らなくても問題は無いこの世界であっても、精神的な疲労感は拭い切れないはずだ。
しかし、なぜガルドがあそこまでスピードを出せたんだ?
「ガルド、スピードにはステータス配分してないよね?」
「えぇ」
てことは……スピードにはStrengthも影響しているってことなのか?
スピードを出すのに筋力が必要と言われれば納得できなくもないが、そうだとしたらパラメータの与える各影響が複雑すぎないだろうか。
「俺もやっていい?」
「もちろんいいですよ」
「ありがとう。シールドバッシュお願い……」
ガルドが先ほどとは別の樹にシールドバッシュを放つ。
葉っぱが舞い落ちてくる。
俺は呼吸を整え、速度上昇を使った。
周囲に落ちて来る葉をボクシングの要領で掴んでいく。
……。
全力で挑戦した結果、自分の周囲に落ちた葉っぱの内、掴むことができた葉っぱは約半数だった。
「初めての挑戦で半分も捉えるとは……さすがはジェイク殿です」
素手と剣では難易度が天と地ほどの差がある。
ましてやガルドは片手だ。
剣を手足のように自在に扱えるにまで成長したのだ。この短期間で。
これはいよいよ足手まといになるかもしれないなぁ……。
その日から、俺達は修行メニューとして模擬戦を取り入れることにした。
――――修行開始20日後
俺はガルドと向かい合っていた。
今回、模擬戦を行う場所に選んだのは草原。
最初は森で戦っていたが、障害物の多い森はターザンと化した俺には有利すぎた。
それでも勝率は7割程度でカウンターをくらえば一撃死だった。
何度デスペナルティを貰ったか覚えてない。
おかげで100強あった種族貢献値が一桁に差し掛かっている。
このままでは参加費100万円が消え去るどころか借金コースだな……。
俺は一撃死だがガルドはちょっとやそっとじゃ死なないので、ガルドのHPが残り少なくなった時点で寸止めで試合終了としている。
「準備はいい?」
「いつでも牧場です」
「OK抜けてるよ」
じりじりとガルドに近づき様子を伺う。
相変わらずカウンター体勢だった。
ここは見晴らしのいい草原。
不意打ちは不可能だ。
……勝てる気がしない。
どうせなら剣を避ける練習をしてみよう。
あえてガルドの間合いに入る。
俺は模擬戦を通じて突きを避けることが得意になった。
何度も死を重ねてデスペナルティを貰ってきた俺は、死ぬことへの恐怖が薄れてきたのだった。
それこそ借金の恐怖はあるけれども。
突きは一点集中の攻撃だ。
威力は抜群だが、当てるのが非常に困難だ。
修行に没頭していたガルドには容易いようだが……。
突きは横の動きに弱い。
的確に急所を狙ってくる突きを横に逸らし、そのまま前へ飛び出してカウンターで肘打ちという一連の流れが身体に染み込んでいた。
恐怖心が無いからこそできる技だった。
ガルドもそれは理解していた。
突きが来る可能性は限りなく低いだろう。
おそらく、横か…盾か…。
ガルドの筋肉の動きに注視する。
横だ!
半歩後退してからタイミングよく突撃すれば勝てる!
ガルドの剣をリーチぎりぎりの所で避けて……。
……え?
なぜか俺のお腹に突き刺さるガルドの剣。
痛ぇ。
この世界において致死ダメージはシステムにより痛覚をカットされる仕様になっているが、致死ダメージでなければダメージは痛覚として影響する。
ガルドはこの突き刺さった剣を握っていなかった。
つまり……
「投げたのか……」
「はい。ジェイク殿がいつも言っておられる卑怯な手を使ってでも勝て!を実践させて頂きました」
「そう……か」
あれ?
なんか頭がぼうっとして……
――――丘の上、ステフの怒号で目が覚める。
「ガルド!あんた模擬戦で毒を使うなんておかしいんじゃない!?」
「あはは。いいよいいよ。俺達の模擬戦は基本手加減無しなんだ。これからはプレイヤー相手に形だけでも命の取り合いをするわけだからね」
「そうですよステフ。どんな卑怯な手を使っても勝つんです」
「まぁジェイクがいいっていうなら……」
「それより魔法の修行はどう?」
「そうねぇ……なんとか1cmくらいまで絞れてきたわ」
当初、模擬戦はステフを含めて3人で行う予定だった。
しかしステフに指一本触れることができずに完敗し続けた俺達は、ステフ抜きで模擬戦を行うことを強く誓ったのだ。
なんせステフの神掛かった回避力で攻撃が当たらない上に、放つ魔法は全て一撃必殺では勝負にならなかった。
「1mmまであと少しですね」
「全然少しじゃないわよ!どれだけコントロールが難しいのかわかってるの!?」
「そんな仕事と私どっちが大事なの!?みたいなテンションで怒らないでください」
「くぅーっ!腹立つわね!」
来る日も来る日も水をコントロールするのも大変だよなぁ。
そんなこんなで修行の日々は進んでいった。
俺達に大きな変化が現れたのは修行を始めて1ヶ月、即ちゲームスタートから1ヶ月が経った日のことだった。