2.格上を拳で
「それじゃあ早速レベル上げに行きましょうか!って言いたいところだけど領地システムのことも知っておかないとね」
「そうだね。ちなみに皆は何に配分した?たしか経済・防衛・建築・繁殖があったよね?」
「私はたった今、繁殖に1000ポイント配分しました。んふふ」
さも当然かのように言い放ったガルド君だが、今回はステファニーのお咎めがなかった。
「え!?」
あっ殴られないことに逆にびっくりしてる。そしてがっかりしてる。なんというドM体質。
「ちなみに俺も繁殖に1000ポイントなんだけど……」
「私もよ……」
なん……だと?
「だって種族固有ステータスって書いてたし、なんか面白そうだったから!文句ある?」
顔を真っ赤にしているステファニーとえらくニタついているガルド君をよそに俺はマップウィンドウからサブメニューを呼び出し、領地ステータスを確認した。
これは領地というかもはや巣。トカゲの巣。
文明のかけらもない数値バランスに愕然とする。
と、再分配ボタンを発見する。ボタンの下には"1ヶ月後に変更できます"と書いてある。
「1ヶ月後に領地のポイント再分配できるみたいだよ」
「良かったー!」
大きな胸を撫で下ろすステファニー。
「安心しました。いくら私でも毎日3000回も繁殖活動すると倒れてしまいますから」
いろいろ間違ってるよガルド君。
「今度こそ本当に狩りに行くわよ!」
声を張り上げるステファニー。
異論はなかった。お金や人生が掛かってる以上のんびりしてる暇は無い。
「ちなみにどこに行くか決めてるの?」
「うん。これを見て」
ステファニーがMAPウィンドウを呼び出し、全体公開許可にチェックを入れたことで俺達にもMAPが見えるようになった。
「いきなりプレイヤーの領に攻めて敵対するのは危険だと思うの。だからこいつをぶちのめす!」
「オーク領か。結構近いところにあるな。たしかNPC領……だっけ?」
領地関係のチュートリアルは一身上の都合により、記憶がかなり曖昧だった。
「そうよNPCも攻めてくることがあるらしいわ。位置も近いし、こちらから打って出るのよ。準備はいい?」
「んとー、武器とかないのかな?俺はいらないけど、ガルド君は剣と盾だよね?」
「あいにく私は肉棒しか持ち合わせていないようですね」
「……」
ステファニーはスルースキルを覚えた!
「インベントリに何か入ってないかな?確認してみよう」
「そうですねーあっ。初心者の剣と初心者の盾が入ってました」
「俺はなにもない……。ステファニーは?」
「初心者のロッドが入ってたわ。これはちょうど良さそうね」
おそらくガルド君を殴るのにちょうど良いという意味なのだろう。
「改めて……これからよろしく。ステファニー、ガルド君」
「ステフでいいわよ。よろしくね」
「ガルドで構いませんよ。それでは行きましょう。えいえいおー!」
恥ずかしい掛け声で剣を高く突き上げながら歩き始めるガルド君、改めガルドの後に続き、俺達はオーク領へ向かうことにした。
「結構遠いわね」
歩き始めて1分、ステフが早くも愚痴をもらし始めた。せっかちなのか。
「っていうか私達が遅いだけじゃない?走るわよ」
びゅんっとステフが加速する。
「す……すごい乳の揺れ方してましたね。ジェイク殿」
「あぁ。すごかった」
かりそめの姿とはいえステフは水着姿だ。恥ずかしくないのだろうか。
よくわからん。
「俺達も走ろう」
走り出そうと脚に力を入れた瞬間、周囲の景色が横に引き伸ばされたように変化した。
加速していく。1歩踏み出す度、地面を蹴る度に速くなっていく。
これが!
MOVE!
100の!
「おぁぁんご!」
ズデデーっとこけて50mほど草原の上を滑った。
「な……何やってんのあんた」
丁度滑りきった先にいたステフに変な目で見られる。
「走るって難しい……」
「とにかく私にはぶつからないでよね。あんなスピードで衝突したら、ひとたまりもないわ」
「気をつける」
「ジェイク殿ー!待ってくだされー」
遅っ!ステフと同じMOVE20なのに全然速さが違う。
この世界は高度な物理演算で構成されているって話だから走り方とかで変わるものなのかな?
あるいは人型とリザードマン型の違い?
「あんたって本当にだめね!」
「お二人ともどうしてそんなに早いのです」
「ガルド、もっと前傾姿勢になって走ってみて。尻尾が地面に擦れてる」
「なんと!どおりで尻尾に謎の快感が押し寄せていたのですか」
性感帯なのか。
走り方を変えたガルドは見違えるように速くなった。
しかしまだステフの方が速いみたいだった。
おそらく走り方、運動神経に加え体重や空気抵抗の影響もあるのだろう。
俺も走り方の練習しないとこのままでは使いこなせないなぁ。
全員で足並みを揃えて走り出してから数分経過した。
スタミナの概念もあるようで、疲労感を覚えた時には休憩を取りながら進んだ。
平原を抜けて森に入ろうかとした瞬間、
「敵よ!」
ステフが嬉しそうな声を上げた。
視線の先にはモンスター…というかライオンがいた。
でかい。3mくらいある。
ライオンの頭の上にあった体力ゲージの上の欄にはライオンLv19と書いてある。
名前そのまんまなんだね。
Lv19か…。
もしこの世界にレベル補正の概念が無ければ、プレイヤー数ボーナスでパラメータが高い俺達なら勝てるかもしれない。
「私がやるわ!リザードマン超究極秘奥義・水鉄砲をくらいなさい」
そんなに凄い技ではないと思うけど。
ステフが水鉄砲を使用するとロッドの先から直径2mほどの巨大な水球が現れ豪速で放たれた。
しかし距離がありすぎた。
ライオンはサイドステップで難なく水球から逃れ、そのままこちらへ向かって突進する。
不意打ちなら当たってただろうけど、こちらに気づいて身構えてたもんなぁ。
猛スピードで迫ってくるライオンに焦るステフ。
「だめ、水鉄砲は連続で使えないみたい。ガルド!しばらく私を守りなさい!」
女王様みたいな尊大な命令を出すステフに、ガルドは従順だった。
「まかせてください。おっぱいは必ず守ります」
かっこよくない台詞をかっこいい台詞みたいな口調で宣言していた。
ガルドは牙をむき出して突進してくるライオンに向かって盾を構えた。
衝突し、反動でズッと後に下がるが何とか持ちこたえたようだ。
突撃は防いだものの、ライオンの爪と牙を使った連続攻撃が続く。
ガルドは器用に初心者の盾を使って防御するが、徐々にHPは削られてる。
そして、
「水鉄砲!」
スキルを使用したのはステフではなくガルドだった。
直径2mはあろうかという水球が…………現れない。
チョロっと小便みたいに出た水が目の前にいるライオンに届く気配すら見せず、地面に空しく降り注いだ。
ライオンすら戸惑っているようだ。
「地面の草に栄養与えてどうすんのよ!水鉄砲はこうやるのよ!」
ステフは再び巨大な水球を召喚し、ライオンに着弾させた!
バシャンと水が弾ける音。
吹っ飛ぶライオン。なんか可哀相。
しかし、遠くまで転がったライオンのHPバーを確認すると全然減っていなかった。
「なんでーー!」
ライオンの姿を良く見ると、頭上にひよこが飛んでいた。ピヨピヨと鳴きながら円を辿るように。
今まで戦闘に全く参加してなかった俺は皆に問いかける。
「これ、スタン状態じゃない?」
「な……殴りかかるのよ!早く!」
事態を把握した全員は急いでライオンの元へ駆け寄る。
ステフはロッドで殴り、俺は拳を叩きつけ、ガルドは剣を両手持ちにして突き刺した。
何度か攻撃を繰り返したところで、ライオンはHPを半分ほど残してスタンから復帰してしまった。
急いで距離をとる一同。
「今度は俺がやってみる」
戦闘はもちろんだけど、自分のスピードにも慣れておかないと……。
俺の武器は速さしかないんだから、このままでは足手まといだ。
「がんばってねー」
「がんばってくださいー」
結構気楽なんだな……。
こちらを向き闘志をあらわにするライオンに向かって、俺は速度上昇のスキルを使って真っ直ぐ駆けた。
ライオンが攻撃を繰り出した瞬間に飛び越えて後ろに回って攻撃しよう。
爪か牙か……。
来る!
ライオンが口を大きく開ける。
噛み付き……ではない!
予想外に口から炎が吐き出された。
避けれない。
とっさにスライディングで炎の下を掻い潜る。
ジリジリと皮膚の表面が焼ける感覚。
結構痛い……。
中途半端にジャンプしていたら丸焦げになってたかも。
HPバーを3割を残してライオンの足元へ辿り付いた。
どうやら今の位置は死角になっていたようで、こちらに気づいていない。
低い姿勢で死角を保ったまま体勢を立て直し、ライオンの顎に向かって拳を突きだしながらジャンプする。
アッパーの要領でライオンを吹き飛ばし、そのままの勢いで10m近く空を飛んだ。
ライオンはくるくると回転しながら空を舞い、そのまま星になった。
"サプライズ アタック ×2"
"クリティカル ×1.5"
と視界の端に表示されている。
不意打ちと弱点攻撃の効果が乗って大ダメージを与えて勝利したようだ。
「なかなかやるじゃない!」
「素晴らしい闘いっぷりでした!」
「結構ぎりぎりだったよ。ところでステフは魔法使いだよね?どうしてロッドで殴るんだ?」
「そういえば……そうだったわね。ガルドを殴りまくってるから忘れてたわ」
「確か水属性だったよね。何のスキルを覚えてるの?」
「ちょっと待って。今見てみるから……あっ」
「どうした?」
「アクアボール……」
水鉄砲と超かぶってる!
でもダメージ判定があるだろうからいいのかな。
「まぁいいわよ。スキルのレベルが上がれば他のも覚えるだろうし。ところでガルド!何よあのふざけた水鉄砲は」
「えっと……水鉄砲の威力はInteligence依存じゃないですか?」
「そうなのかしら」
俺が水鉄砲を使って試してみることになった。
「水鉄砲!」
俺の口から30cmほどの小さな水球が勢い良く発射された。
大きさから判断するにたしかにInteligence依存のようだが、全くの0でもそれなりのものが出るみたいだ。
ステフが実験したところ、水鉄砲を小さくしたり勢いを弱くしたりもできるようだ。
「ガルド……あんたあの状況でふざけてたわね?」
「ヘクション!誰かが私の噂をしているようですね」
「私が!今!あんたの話をしてんのよ!」
激昂したステフがガルドのボディに殴りかかる。
ゴキーン!
鉄を殴った音がした。
「いったーい!」
どうやらVitalityを上昇させたガルドにステフのボディブローは効かなくなってしまったようだ。
「残念です」
「なんであんたが残念がるのよ!」
その後、殴られないとわかったガルドはステフで遊んでいたが、
怒り狂ったステフの水鉄砲をくらい大人しくなった。
「そうそう、レベルが6に上がったわよ」
敵を一体倒しただけで5も上がったのか。レベル的には各上だったわけだし、こんなものか。
追加ステータスポイントは10だった。レベル1ごとに2ポイントの計算になる。
レベル1ごとに2ポイント。つまり、プレイヤー数ボーナスが100の俺達は人間のレベル50に相当するってことなのか?
それなのにレベル19相手に苦戦したってことはレベル差補正もあるかもしれない。
「とりあえず俺はStrengthに振ってみたよ。普通に殴ったときあんまりダメージ入ってなかったから」
「私はVitalityに振りました」
「私はもうInteligenceにポイント振れないんだよねー」
ステフはレベル1にしてカンストである100に到達していた。
「Speedはどうかな?ステフは運動神経良さそうだし、回避が得意なんじゃない?」
「じゃあそれにしとく」
基本的に情報不足甚だしいと感じていたので、皆でHELPを読みながらオーク領へ向かって歩くことにした。
何はともあれ、俺達はオーク領まであと少しというところまで来ていたのだった。