1.絶望をチュートリアルで
小高い丘に立っている。
地面には背の低い草が青々と生い茂り、緩やかな傾斜の先には滲みでたような沼も点在していた。
更にその先には鬱蒼とした森林がうっすら見える。照葉樹の原生林だろうか。
辺りを見渡せば樹と水辺に囲まれた土地、湿原であることがわかった。
そこそこな都会で生まれ育った俺は、初めて目の当たりにする大自然に心が震えた。
ゲームの中なんだけど。
「こんにちは」
背後から声を掛けられ、思考を打ち消される。
振り返ると目の前に凶悪な顔つきをしたワニモンスターがいた。
んどぅわっ!
って……リザードマンか。
それはそうだよな。少しでも驚いた自分が恥ずかしい。
リザードマン……想像してたよりかなりワニっぽい。
驚いた事実を隠してワニモンスター改めリザードマンに挨拶を返す。
「こんにちは。ジェイクって名前だからよろしく」
そう友好的に挨拶しながら、俺もこんな凶悪な顔なのかとげんなりする。
「ガルドと申します。よろしくお願いします。」
ガルドと名乗ったリザードマンは礼儀正しくペコリと頭を下げて挨拶した。
いい人みたいで良かった。
ガルド氏がどっこらせと草の上に座ったので、俺もそれに習う。
「私はこういうゲーム初めてでして、ジェイク殿には色々ご迷惑をお掛けするかもしれません」
「俺もはじめてだよ。一緒に頑張ろう」
このゲームはSpicies Wars。
種族戦争って意味だから、同じ種族は味方になるはず。
「……いい風景ですね」
「うん。人工物が一つもない景色の素晴らしさを今日知ったよ」
四角や丸といった幾何学的な形状のものが一つもないことが、俗世との大きな違いだった。
「この世界そのものが人工物なんて皮肉なものですね」
「だね」
「それにしてもジェイク殿、凶悪な顔をしてらっしゃる。相当の使い手では?」
「ガルド君も同じ種族だし、凶悪な顔だよ。それに現実の顔は反映されないよ」
「なんと!……たしかに私も身体が緑ですね」
「知らなかったの?」
「ええ……初期設定は名前以外何も考えずにスキップしましたから、種族選択はランダムでした。」
「ガルド君もランダムか。俺もそうなんだ」
そのとき、会話を遮る様にもう一体のリザードマンが現れた。
「はぁ~リザードマンなんて最悪……」
え?
女の子……??
それにしても
「「ブスだ……」」
ガルド君と声が合わさってしまう。
「だ、誰がブスよ!随分なご挨拶ね!!」
顔を赤くしてぷんぷん怒っているのは女リザードマン。
いや、リザードウーマンなのか?
外見はピンク。俺たちの緑の部分が全部ピンクで……あと睫毛があるね。
某漫画の獣王クロ○ダインに睫毛が生えてる感じ。
「こんな気持ち悪い種族あるって知らなかったわよ!やり直したい……」
同情の目を向ける俺とガルド君。言葉が出ない。
「哀れむな!」
そう叫ぶなりガルド君にボディブローを叩き込む女リザードマン。
「ごふり」
膝から崩れ落ちるガルド君。安らかに。
「お、落ち着くんだ!とにかく自己紹介をしよう。俺はジェイドで、こっちで死に掛けているのがガルド君だ。よろしく」
「ふん……私はステファニーよ」
ステファニー……??
名前が可愛すぎてギャップが……ぷっ!ぷくく……
ブスファニーの間違いじゃないか……
「名前のわりにブスで悪かったわね」
完全にわろてもた。思わず腹筋に力を入れる。
幸いボディーブローは来なかった。
「いいわ。私にはこれがあるんだから。変化!」
ポンッという間抜けな破裂音と共にステファニーが白煙に包まれた。
煙の奥から出てきたのは人間の女性の姿かたちをしたステファニーだった。
しかも、パツキンで巨乳で美女で水着姿だった。
「これは……すごい」
思わず感嘆の声が漏れる。
たわわな乳房は単純に大きいだけでなく、確かな張りを具備している。
少し日に焼けた健康的な印象を受ける肌。
若さ特有のきめ細やかな肌質には水を弾かんとする艶があり、華奢な身体からは想像できないEカップはあろうかという双丘。
まるで原付バイクにジェットエンジンを搭載したような身体のラインである。
しかし違和感を全く感じさせない。
それを可能にさせているのは双丘を包み込む青の三角ビキニだ。
フリルの付いたビキニは乙女らしさを演出しつつ、フロントツイストとボトムの横ひもがセクシーさを醸し出している。
そして、自己主張の強い胸に対して小ぶりな臀部。
このアンバランスさが、華奢かつ豊満という一見相反した二つの特徴が絶妙に融合され、あまつさえ至高のものへと昇華しているのだ。
「何じろじろ見てるのよ」
いかん。ついつい全身を嘗め回すように見てしまった。
「ハレルヤ!」
神に感謝である。
ガルド君を見やると、やっとこさ起き上がってきたようだ。
「うぅ……急に殴るなんてひどいですよ」
ガルド君は起き上がるなりステファニーを見て目をぱちくりさせる。
「お……」
変化後の姿を見て驚いているようだ。
「おっぱい!」
そう叫ぶと鼻血を噴出しながら再びガルド君は地に伏せた。
「ガルド君……ベタだね」
「うっふん。自分では顔がよくわからないけど、これで少しはやる気が出たわ」
「それは良かった」
"チュートリアルを開始します"
宙に文字が浮かび上がると同時に機械的な女性の声が聞こえる。
「ガルド君。チュートリアルが始まるみたいだよ。起きて」
「うぅ。ジェイク殿……おっぱいに襲われる夢を見ました」
なんて幸せな夢だ。超見たい。
"MAPウィンドウを開いてください。「MAP」と唱えて左手の甲を右手の指で2度タップしてください。"
「MAP」
ビヨーンと変なシステム音が鳴り、目の前に60インチはある巨大なMAPが表示された。
二人の様子を伺うと空中に目をやっているようにしか見えないので、他人には見えない仕様なのだろうか。
あ、全体公開許可っていうチェックボックスがある。これでウィンドウの情報も共有することもできるみたいだ。
"これからプレイヤーの皆様には種族間で戦争をして頂きます。"
"それぞれの種族には種族値が与えられています。"
"最も早く種族値が100万に到達した種族の勝利です。"
"また、タイムリミットの10年が過ぎた際には、その時点で種族値が最も高い種族の勝利です。"
"優勝した種族には賞金の200億円が種族で分配されます。"
"種族値の取得に貢献した値に応じた賞金が払われます。"
"ゲーム終了時に貢献値がマイナスだったプレイヤーにはその分の差額を支払って頂きます。"
"詳しくはゲーム終了後にHELPをご覧ください。"
"また、予め何度も申し上げましたとおり、リタイア以外でログアウトはできません。"
"この世界での10年は現実世界の1時間に相当します。"
"また、ゲームのプレイによる体調不良につきましては一切責任を負いかねますのでご了承の程よろしくおねがいします。"
"それではMAPの中央をご覧ください。この城壁に囲まれた街が王都グレンハイムです。人間領、プレイヤー数は6028人です。"
……。
……説明長いなぁ。
10種類以上はあろうかという種族の解説が続く。
眠い。
とりあえず種族については後で調べるとして、目覚ましのついでに、このリザードマンの体を動かして見よう。
手をぐーぱーさせた後は、ジャンプしたりラジオ体操をしてみた。
人型だし、基本的には同じような感覚で動くみたいだ。
そして唯一人間と違う部位……尻尾。これが気になる。
動かすイメージが全く沸かない。
耳を動かせる人ってたまにいるけど、動かせない人にとってみたらどこに力をいれていいのかわからない。
適当に力を込めるイメージで試してみるしかない。
まずはギュっとお尻に力を込めてみる。
ジェイクのお尻が引き締まった!
……そうだよね。
今度はお尻の少し上、尾てい骨を意識して動かすようなイメージを創る。
えいっ!えいっ!
あっピクッてなった気がする。
付け根を意識しすぎたのか……。尻尾をイメージしなければ。
根元から先端へ流れるように力を加える。
……おっ、尻尾が波うった。成功だ!
もっと力を込めてみる。
ビターンと地面に打ち付けることに成功した。
自由自在とは程遠いけどとりあえずはこんなものか。
そろそろ領地の説明は終わってるだろうかと思い、マップ画面を再度開いてチュートリアルの声に耳を傾ける。
"最後に、MAP左下中央よりにあるのがベルナ湿地です。リザードマン領、プレイヤー数は3人です。"
3人。
この言葉を耳にした瞬間、スポッと魂が抜ける音がした。
ジェイクは思った。諦めよう。
ステファニーは思った。一人当たりの取り分、多くない?ラッキー!
ガルドは思った。おっぱい。
……はははー。
笑うしかない。仮に人間と戦うとしたら3人VS6000人。
呂布でも諦める戦力差だ。
何やらチュートリアルは進み続けているようだが、気が動転してしまって全く頭に入ってこない。
"なお、種族あたりのプレイヤー数の少なさに応じて各種ボーナスがあります。"
"チュートリアルは以上になります。詳しくはHELPでご確認頂けます。ありがとうございました。"
プチュンとMAPウィンドウが閉じられる。
プレイヤー数の少ない種族に対する救済措置があるようで少しだけ安心した。
抜けかけていた魂も戻ってきたようだ。
「3人だってね……どう思う?」
数少ない仲間達に問いかける。
「なんの話です?」
ガルド君はチュートリアルを全く聞いてなかったのか。
なんとなく最初から気づいてたけど結構バカなんだと思う。
「人間プレイヤーは6000人近くいるけど、リザードマンは俺達3人だけみたいなんだ」
「確かに厳しいかもしれないけど、大金を手にするチャンスだわ」
ステファニーは意気込んでいるが…。
「厳しいってもんじゃないよ。俺達が3人とも一騎当千の力を持たないとカモねぎ状態だ」
「トカゲねぎですな」
何言ってんだ。
「そうねぇ……。プレイヤーの少なさに応じてボーナスがあるって言ってたじゃない?まずはこれを確認するべきじゃない?」
「そうだね。みんなでHELPでそれらしい項目を探して見よう。」
「「「HELP」」」
左手の甲を叩くとHELPウィンドウが表示された。
うーんと……これかな?
"種族のプレイヤー数ボーナスについて"
"種族にプレイヤーの数が少なければ少ないほどボーナスが与えられます。"
"例:プレイヤー数1000人未満⇒初期配分パラメータが20、領土発展値の配分ポイントが10"
"例:プレイヤー数 500人未満⇒初期配分パラメータが30、領土発展値の配分ポイントが40"
"また、プレイヤー数が1000人を超える種族にはボーナスとして階級制度、職位制度、ギルド制度が与えられます。"
"階級が上になるほどボーナスが与えられます。"
「……読んだ?」
「えぇ」
俺の初期配分パラメータは100ポイントだった。
おそらくガルド君もステファニーも同じだろう。
「現時点では俺達はかなり強いと思うんだ。HELPを見た感じ、1000人以上の種族の初期配分パラメータはたぶん10Pだね。100Pの俺達は単純に考えれば10倍強い。強さに関しては詳しくわからないから今は深く考えても仕方ないけど」
……さすがに1000倍じゃないよなぁ。
「ポイントが10倍でも強さはそれ以上の差があるかもしれないわ。それともう一つ気になるのが領土発展のポイント」
「俺達の領土発展ポイントは1000だった。つまり3人で3000ポイント。この数値は……かなり低いと考えていいと思う」
「そうなの?1000ってすごくない?」
「少し計算してみると、1000人未満の平均は7500、500人未満の平均は10000といった感じで増えていってる。それなのに3人で3000しかない。領土発展に有利な点はあまりないみたいだね。」
それにしても……
「ガルド君?」
さっきから会話も入らずHELPを見ながらぶつぶつ言ってるけど……。
「故意的なタッチは警告ウィンドウが……ぶつぶつ」
「ガルドォ!」
ステファニーが繰り出したボディブロー3連撃がガルド君を宙に浮かし、そのまま脳天に前宙かかと落としを叩き込んでエロトカゲは撃沈した。すげぇコンボだ。それにすげぇ乳だ。
「何を見てたの?あぁん?」
「い…いえ、あの……猥褻行為に関する注意事項をですね……」
ある意味殊勝な心構えだと関心するが、ステファニーはご立腹のようだ。
「全く!ヒトがマジメに議論してるときに……」
「トカゲですけどね」
「くっ!」
「まぁまぁ。3人しかいないんだから仲良くやろうよ」
「ふん、……まぁそうね。変態エロコダイルことガルドはその猥褻行為に関する注意事項を50回は熟読すること。いいわね?」
「イエスマム」
出会って1時間も経たないうちに、はっきりとした上下関係が形成されていた。
「じゃあ、お近づきのしるしにでも皆でステータスを見せ合わない?」
「見せ合いっこですか。いいですね」
ガルド君が言うとエロく聞こえてしまう。
各々が自分のステータスウィンドウを開く。
初期配分して以来、ステータスとは2度目のご対面だ。
─────────────────────────────
ジェイク Lv.1 リザードマン
STR: 0 +20
VIT: 0 +20
INT: 0 +0
RES: 0 -60
SPD:+20 +20
MOV:+80 +20
耐性 打 △ 斬 ○ 刺 △
火 × 水 ○ 風 死 土 △ 光 △ 闇 △
装備 格闘
スキル 水鉄砲(種族スキル)
ジャンプ
速度上昇
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ステータス右側の+は種族のステータス補正かな?
配分する画面には無かったけど耐性の項目があるなぁ。これは……。
……。
風死。
風属性即死……。
へぇー……だめじゃん。
「な、なによこれ!」
ステファニーも自分のステータスを見て気づいたようだ。
そして何を思ったのか、ふぅー!ふぅー!と勢いよくガルド君に息を吹きかけている。
もしかして、風属性で殺そうとしている?
さすがに、それじゃ死なないと思うけどー……あっ。
ガルド君が鼻血噴出して倒れた。
プレイか何かと思ったのかな。
「ジェイク殿。私は戦う前からボロボロです」
「見てりゃわかるよ。ちなみにガルド君はどんなステータスなの?」
「あ、実はまだ配分してないんです。スキルも。どうしたらいいですかね?」
「私は魔法でドッカンしたいからーそれ以外?」
「俺はスピードタイプだから……前衛の盾か後衛の支援がいいかなぁ」
「ちょ、ちょっと待って!ガルドなんかに治癒されたくないわよ!回復効果のあるマッサージとか言ってそのイカ臭い手でセクハラするつもりでしょ!」
そんなわけないだろ……。
「ばれましたか。しかしトカゲなのにイカ臭いとはこれ如何にぐぇっ!」
今度はアッパーをもらうイカ臭いガルド。
そんなわけはあったのだ。
「ってな感じでVitality中心に割り振ってくれるかな。Resistは上げたところで風魔法で即死だから……とりあえず少しでいいと思うけど」
「ジェイク殿のご意見を参考にしてこんな感じにしてみました」
俺達はあれこれ雑談しながらステータスを見せ合った。
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ガルド Lv.1 リザードマン
STR:+30 +20
VIT:+50 +20
INT: 0 +0
RES:+20 -60
SPD: 0 +20
MOV: 0 +20
耐性 打 △ 斬 ○ 刺 △
火 × 水 ○ 風 死 土 △ 光 △ 闇 △
装備 剣盾
スキル 水鉄砲(種族スキル)
自動HP回復上昇
攻撃範囲拡大
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ステファニー Lv.1 リザードマンレディ
STR: 0 +20
VIT: 0 +20
INT:+100 +0
RES: 0 -60
SPD: 0 +20
MOV: 0 +20
耐性 打 △ 斬 ○ 刺 △
火 × 水 ○ 風 死 土 △ 光 △ 闇 △
装備 杖
スキル 水鉄砲(種族スキル)
水属性魔法
変化魔法
─────────────────────────────
リザードマンレディ……そっちかー。