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ゴキブリとトモダチ

作者: ヤス

 俺はいつも通り過ごしていたはずだった。気怠い身体を無理やり眠りから覚め、少し気合の入った朝食を食べた。思い出したくない程、面倒臭い仕事を終え、満員電車に揺られ帰ってきた。そしていつも通り――な筈だった。その筈だった。

 一日が終わり楽しい放課後――放仕事後を過ごす予定だった。

 なのにだ! なんだアレは! 貴方達は信じられるだろうか?

 答えは断じて否だ! 俺は決して認めない。自然界の摂理が許しても俺が許さない――熱くなってしまった、本題に戻そう。

 灰色に煤けたアパートに俺は帰ってきた。カンカンと一定のリズムで階段を登り、自分の部屋の玄関を開けた。中に篭っていた蒸している生暖かい空気が俺の頬を叩く。

 服を着替え、ビールとつまみを抱えてパソコンの前にどさっと座った時だった――俺の背中からガサッと何かが擦れた。気のせいかと思った、いや気のせいだと思いたかった。

 俺は、そろりそろりと後ろを伺う。しかしそこには何もいなかった。ひと安心すると思わずため息が出た。しかし、一度耳に付いた音が離れない。

 爪先立ちで俊敏に玄関にある「アンチゴキジョット――一吹き千匹!」そう書かれたスプレー缶を手に取った。一吹き千匹とは、どんなゴミ屋敷で実践したんだろうか、というか死骸の駆除が気にな――らない。想像したくない。

 俺は、自室のドアに背を預けて息を殺しながら部屋の中の様子を伺った。

 六畳ほどの広くない普通の一室。床はフローリングの上にカーペットが敷いてある。一つの角には、普通サイズのベットが置いてあり、その対角線上の角には先程のデスクトップパソコンがある。そして、その隣に本棚が置いてあった。中央に小さな足が畳める机が設置されている他には小物が少々ある程度でなかなか整理された綺麗な部屋だと自分で自画自賛してしまうほどである。

 そしてその、整理された綺麗な部屋を俺は覗いた。そして見た。その時ばかりは綺麗ですぐに異物が見つかってしまう事を後悔してしまった。黒い一閃が部屋の中央の机の下をくぐり抜けた。カサカサと音を鳴らし、ベットの下の空間に飛び込んだ。

 とりあえず、外を見て深呼吸をした。そして、部屋の中を再確認すると

、なんとそこにはソレは居なくなっていた。ふぅ、と安堵の溜息を吐き出した。さて、アレも居なくなったことだしパソコンの世界に飛び込むか! と意気込み部屋に一歩踏み入れる。タイミングを合わせるかの如くソレはカサカサと音を鳴らし、ベットに隣接する壁をかけ登りはじめた。

 現実逃避はしても無駄ならしい。よろしい、ならば戦争だ。

 俺は脱兎のごとくベットまで跳躍し、今なお動き続ける黒き敵目掛けて『アンチゴキジェット』を吹き付ける。しかし、思ったよりピンポイントな吹き出し口ならしく、動き回っているソレにダメージを与えるのには至らなかった。近づいたことにより壁を駆け登るソレの足音がより鮮明に聞こえる。

「カサカサカサカサカサ」

 その音は幾多の人間に恐怖を与えたのだろうか。黒い敵は生き残るためにもこの音を習得したのかもしれない。人間を至近距離まで近づけないために、不快音を鳴らしているのだろうか。身の毛がよだつのが感じられるが引くわけにはいかない。ここで倒し損じたらどうなるか、そう友達千人できるかな如くゴキブリ千匹できちゃった! である。アンチゴキジェットならば許容範囲内だが、死骸が面倒なのでやはり、ここで片付けるべきだ。

 今丁度天井に辿り着いた、ソレに向かってバスケットボールの選手よろしく飛び上がった。そして、ソレが方向転換する瞬間を目掛けて吹きかける。

 直撃。しゅー、という音と白い霧がソレを包んでいる。

 その直後にソレは動き出した。直撃したというのにもかかわらずその動きは衰えを感じられなかった。噴きかける時間が短かったのかもしれないと舌打ちをした。

 それからそれとの戦いはひどく泥臭い戦いとなった。

 新聞紙の刀を使い、段ボールでバリケートを作り、スーパーボールを部屋中に撒き散らすことによって殺そうとし、エアーガンを使い狙撃したり、部屋を真っ暗にすることによって生命を感じ取ったり。

 そして、俺は気づいた、俺とソレはもう友だちなのではないか? 新聞紙の刀でちゃんばらをし、段ボールで秘密基地を作り、スーパーボールやエアーガンで遊んだ。時間は確かにほんの一時間にも満たない。しかし、時間なんて関係ないのだ、出会って互いに認めあったらそれは友だちなのだ。古人曰く、生命は平等といった。ならば、人間と甲殻類だって平等で、友だちになってもおかしいなど一つもない。小さい頃はダンゴムシやチョウチョに話しかけたこともあった。犬の飼い主はペットに人間のごとく親しげに語りかけた。つまり、何もおかしいことなんて無い。俺とお前は友達だろ?

 俺はソレに向かって問いかけた。通じたかは分からない。しかし、俺が語りかけている時はソレは止まっていた。そしていま、ソレは舌のない口で一生懸命しゃべろうとしている気がした。

「トモ……ダチ……にな……れるの?」

 そう言った気がした。

「ああ、当たり前だろ」

 俺は間髪入れずにそう答えた。ソレはゆっくり歩み寄ってくる。ゆっくりと、ゆっくりと。俺は手のひらを向けて受け入れようとし――なかった。雷鳴のごとく新聞紙を手に取りスパーン、一撃を叩き込む。ぶち、小さく音がなるのを確かに聞き取った。


 


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