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文学部石川助教授の静かな日々

色は匂えど散りぬるを 文学部石川助教授シリーズ2

作者: 桐原草

「大泥棒の末裔」の続編ですが、読まなくても大丈夫です。ナイスバディだけど色気なしのフジコちゃんと、コスプレした刑事コロンボ似のクマさんの助教授コンビの話です。言葉遊びも一つ隠されています。巻末で種明かしがありますので、そちらもお楽しみください。


今回はフジコちゃんとクマさんは、エジプト豆納豆のその後に挑みます。神代食品会社の社員にフジコちゃんがかみついた。そのときクマさんは・・・。乞うご期待。


 

 

「いきなりだんご、買うてきたで。」背後でドアの開く音とともに、スリッパのぺたぺたいう音が響いてきた。

 僕は牽制の意味を込めて振り向いた。


 ろくなノックもなしに入ってきたのは、やはりクマさんこと石川助教授だ。

 こんな無作法なことをするのは彼以外にいない。


 はっきりいって、この胡散臭い男はいつも僕とフジコ先生が二人きりの時をねらって、やってくるような気がしてならない。

 今、この時のように。


 にんまりとした笑いを浮かべたクマさんは、のっそりと片手をあげて挨拶した。

「ああ、アンタいてたんか。いつもいつもご苦労さん。」

 やはりこちらの考えを読み取っているような嫌な笑いだ。

 軽く頭を下げて挨拶を返しておく。

「石川助教授もいつも、ご苦労さまです。」

 この言葉に込めた厭味を感じ取ってもらえるだろうか。


 本当かどうかわからないが、いや信じたくはないが、このクマさんがフジコ先生と付き合っているらしい。

 こんなに綺麗でナイスバディ、その上知的で完璧といえるフジコ先生と、このクマがつりあうはずがない。考えたくもない。


「変な顔してないでさっさと座ったら。あ、お茶淹れてきて。」

 フジコ先生はすかさずクマさんに指示を出す。

 いつものことで今更驚かないが、フジコ先生のクマさんに対する扱いは、少々ひどい気がする。

 まあ、僕なんかはそれで溜飲を下げているのだが。

 専攻は違えど同じ助教授同士なのだからその扱いはないだろう、と部外者である自分でも思ってしまうのだが、本人たちは特に気にしていない様子だ。


 特段いつもと変わりない様子で、のっそりクマさんがお茶を淹れている。

 その姿をぼんやり見ていた僕は、フジコ先生の冷ややかな微笑みをみて、現実に引き戻された。


「違うとおっしゃるのはどういうことでしょう?」

 そう、今日、僕は敬愛するフジコ先生に嫌な話をするためにここに来たのだ。

 フジコ先生は気に入らない話だと、とたんに不機嫌になる癖がある。

 そこもまた可愛いのであるが。


 理屈でも感情でも、いつも僕はフジコ先生にかなわない。

 だから事実だけを淡々と説明していくことにする。


額田ぬかた社長と私が、先日こちらにお伺いいたしましてお話させていただいた時には、エジプトのロマンを盛り込んだ納豆に感銘を受けました。

 額田も大変やる気で」


 留守電モードにし忘れた携帯がいきなり鳴り響いた。

 しまった、携帯の着メロを昨日変えたときに、この曲は友人限定設定にしておくのを忘れていた!

 狭い研究室に「ねぇ、ルパン、こっちにきてぇ~、はやく~」と甘い声が響き渡る。


「お、お待ちください!」

 あわてて携帯に出る。やはり額田社長からだ。

 いきなりだんご美味しいやろ、イモがほくほくしてて、皮がもっちりしてて、たまらんのや。

 美味しいわよ、でもアンタ、仮にもお土産にするんならもうちょっとおしゃれなのにしたらどうなのよ。ダサくない?

 フジコちゃんとクマさんが漫才を繰り広げている。

 僕は社長の小言と命令を受け流して、手早く携帯を切る。

「失礼いたしました」と謝ってから上目遣いにフジコ先生を見た。

 よかった、着メロは気にしていないようだ。


「・・・我が社で、先生からいただいたエジプト豆納豆の試作品を作らせていただきました。

 が、普段我が社で作っているものと代わり映えしない味だった上に、匂いが全然しなくて・・・。

 額田が契約は違うと言い出しまして。」

 ああ、フジコ先生の顔がだんだん曇っていく。


神代かみよサンも食べたらええ。おいしいで。

 九州出張のお土産や。」

 口をもぐもぐさせながら、クマさんがのんびりとお茶を勧めてくれる。


依田よだです。神代食品第一営業部、依田武智です。」

 何度訂正してもカミヨさんとしか呼んでもらえない、印象薄いのか?


「黙ってたら可愛いのに、喋ったらコワいなぁ、カミヨさん。

 アンタの名前、たけち、いうんか。」

 クマさんは相変わらず茶々を入れにくる。

 高市皇子たけちのみこと同じ名前か、などと呟いている。

 いったい何の話をしているんだ、このクマは。


「連絡をいただいてから考えていたんですけど、結局どういうことなんですか、カミヨさん?

 もう契約はおしまいということ?」

 食べかけのいきなりだんごを握りしめながら、フジコ先生はこちらを睨んでいる。

 フジコ先生は残念ながら色気は皆無だ。(あれだけナイスバディなのにもったいない)

 そしてその分、怒りのオーラはハンパない。逃げるにしかず。

 そして、やはり、フジコ先生にも苗字は呼んでいただけないのですね。


「そういうことではなく、一時凍結ということで。

 ご存じのように、今社内では<きみ恋し温泉卵>プロジェクトが盛り上がってまして、エジプト納豆はその後考えることになりそうでして。」

 蛇に睨まれた蛙のように脂汗が出てきそうだ。

 フジコ先生のご機嫌を損ねたくはないんです。


「つまらんネーミングやなぁ。アンタとこの社長、そういうの好きなん?」

 このクマがとぼけた大阪弁で喋ってるから聞き流せるけど、今のは社長に失礼だろう。

 社内でも同じ不満はくすぶっているけれど。

 僕もあっちの担当でなくてよかったと心底思っているけれど。


「ねぇ、もう一度考え直していただけないかしら。

 アタシ、もう予算がいただけることを報告しちゃったのよ。」

 あくまでフジコ先生は現実的だ。

 うう、フジコ先生、すみません。


「何と言われましても、我が社にも都合がございまして。

 先生とのご契約は来年以降にもう一度考えると言うことになります。」

 言えた、言ってしまった。


 らしからぬ緊張を強いられたせいで、こう言った途端、僕の緊張の糸は切れてしまった。

 だから次にクマさんが言う言葉が、頭の中にするっと滑り込んできてしまったのだ。


「無茶言うてるんやないけどな、フジコさんもカミヨさんも困ってる、いうことやろ。

 そんなら、一つ解決策があるで。」

 この言葉に僕の頭は過剰反応してしまった。

 そしてそれはフジコ先生も同じらしく、僕とフジコ先生はぽかんとクマさんをみつめてしまった。


「う~ん、アンタら、百人一首知ってるやろ?

 その中に<瀬をはやみ 岩に急かるる 滝川の 割れても末に 逢はんとぞおもう>っちゅう、有名な歌があるねん。」


 いきなり何を言い出すんだ、このクマは!


 のんきな風貌に騙されていたが、そういえば、このクマさんは古典専攻だったような気がする。

 いつもくたびれた白衣をだらしなく着崩しているから、そう認識したことがなかっただけだ。

 どうして文系の助教授が白衣を着ているんだ、というのは、ここに来るようになって以来の疑問だが、まだ直接聞いたことはない。


 お茶のおかわりあるで、とどこまでもマイペースを貫くクマさんに、一種のうらやましさを感じながら、僕は湯飲みを差し出した。

 フジコ先生もその気持ちは同じだったらしく、黙って湯飲みを出していた。

 そしてクマさんは、二煎めもおいしいねんで、といいながら、もう一つ、いきなりだんごを渡してくれた。


「くだらないこと言ってないで本題に入りましょうよ。百人一首がどうしたって言うのよ!」

 フジコ先生のお怒りモードが炸裂した。

 僕なら、こうなったフジコ先生の元から、一刻も早く逃げ出すことを考え始めるのだが・・・。


 やはりというか、さすがというべきか、クマさんはフジコ先生の怒りをものともせず、ただ飄々としていた。

 なんやアンタもいきなりだんご、欲しかったんかいな、とフジコ先生にも一つ手渡し、やっぱり興奮したときには甘いモンが一番やで、とうそぶいている。

 この男すごい、と初めて思った瞬間だった。


「まあ、聞きいな。この歌は、何かで別れんならんようになってしもた恋人たちを歌った歌や。

 愛し合ってるさかい、離れんのは身を切られるよりつらい、いうわけや。」

 クマさんの古典講座はまだまだ続きそうだった。


「けどもや、こっからが大事やねんけど、そんな二人の前に大きな川があったとしてみい。

 物凄い勢いで流れてる川や。

 そんで二人の前には大きな岩があんねん。

 二人の前で川は二つに別れてしもた。

 けども、大きな岩の下流ではまた一緒になって流れとる。」


「二人は誓い合うたんや。

 もしも今は離ればなれになっても、いつか、こんなふうにまた一緒になりましょう。」


 この男を一瞬でもスゴイと思った、過去の自分を蹴り倒してやりたい。

 それがなんだというんだ!


「ええ話やろ。ワシ、好きやねん。」

 クマさんは相変わらずマイペースだ。

 僕はこみ上げてくる怒りと、ないまぜになったあきらめとで、押し潰されそうだった。

 その点、フジコ先生はやはりすごい。


「で?! 一体何が言いたいのよっ!」

 もっと言ってやってください、フジコ先生。


「あわてない、あわてない。」

 フジコ先生が何かツッコミかけて、やめたのを、僕は確かに見た!


「さっきの歌の意味はわかったやろ?

 アレ、何かににてると思わへん?」


 きっぱり言わせてもらおう、訳がわかりません!


 ゆっくり考えてええで、というクマさんの言葉にかぶせるように、フジコ先生が噛みついた。

「アンタ、何もったいぶってんのよ!早く言いなさいよっ!」


 めっそうもない、と言いながらクマさんもさすがに反省したようだ。

「納豆に似てへんか? 離れてもまたくっつくとこ。

 ひきわり納豆で<割れても末に納豆>いうの、つくったらどやろ?

 そんで、思いっきり糸引く納豆の開発費、出してもろたらええやん。」



 みんな無言になってしまった・・・。



 静かな部屋の雰囲気を壊すかのように、もう一度携帯が鳴り響く。

 ねえ、ルパン~、こっちにきてえ~、はやくぅ~

 甘い声が鳴り響くなか、固まってしまった僕に、追い討ちをかけるようにクマさんが言い渡した。


「ええやろ? 報告できるやん。社長もこんなん、好きやと思うで。」


 他人ひとごとなら僕も笑って済ませることができただろう。

 追い討ちをかけるようにクマさんが言う。

「さっきの<きみ恋し温泉卵>とタイアップ企画でもええんちゃうか?

 ええ感じやろ、<きみ恋し温泉卵>と<割れても末に納豆>や。」


 もう僕は陥落してしまった。力なく頷くと、そそくさと研究室を後にしようとした。

 そこにクマさんが止めの一撃を打ち込んだ。

「あ、それからなぁ、着メロは変えた方がええで。」

 クマさんのにんまり笑う顔に見送られながら、僕は研究室を後にしたのだった。


 せっかくフジコ先生と二人きりだったのにとか、誰かにフジコ先生のスリーサイズを教えてもらえばよかったとか、そんな雑念は消え去ってしまっていた。

 僕はしばらくあの研究室に行かなくてすむことだけを念じながら、重い足を引きずって、会社への道を歩き続けた。


 すべてはクマさんの思いのままに・・・。


 ん。負けました。



 了


いかがでしたか?

隠してあるお遊び、わかりましたか?

実はこの小説の段落の一番初めの言葉は、<いろはにほへと・・・>から始まっているんです。

上から「いきなりだんご」「ろくなノック」というように。

もう一度読み返して確かめてください。

一粒で二度おいしい小説を目指しております(嘘


すぴばるの「先生、修行したいです」コミュのお題「あいうえお作文」をお借りしました。

猫子さん、感謝。


挿絵(By みてみん)


挿絵その2です。クマさんシリーズの1と3に違う挿絵があります


さしえはお友達のakaneさんの力作です!クマさんとフジコちゃんの雰囲気そのままで、描いていただいたとき、「やったー」と叫んでしまいました。ありがとうございました。

akaneさんの作品は

http://mypage.syosetu.com/181685/

で読むことが出来ます



それではまた、皆さんにお会いできるのを楽しみにしております。

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