至福の瞬間
振る。心地よい音が聞こえてくる。
ハサミを手に袋の口を切る。辺りに香りが広がっていく。
漂う優しさに、深呼吸。
たっぷりその空気を吸って、ゆっくりと吐き出す。
美しい香りが体の中に入ったまま、消えてしまわないように。
甘くて、香ばしい。
血管を巡って脳の真ん中まで全身が香りに満たされたところで、袋の中にスプーンを入れる。
カサカサと中身が揺れる。
一匙を白磁のポットに入れ、沸かしておいたお湯を注ぐ。
蓋をして、砂時計をくるりと半回転。
青い砂が一本の線となり、落下していく様子を眺めながらポットの中で開く茶葉を想像する。
くるくるまわる茶色の葉。
のんびりあくびをするように開いて、お湯を染めていく。
透き通るオレンジ色へと変わるポットの中。
最後の砂が一粒、コロコロとガラスの坂道を転がり落ちた。
水平に円を描くようにゆったりとポットを回して、すーっと下ろしていく。
わずかなすき間から温かい香りが漏れ出す。
茶漉しの上から真っ白なカップに向かってポットを傾けると、オレンジ色の水が流れ込む。
銀の網の隙間から雫が溢れ、集まってカップの中へ飛び込んだ。
椅子にくつろぎながら、まだ湯気の立つ紅葉色にそっと息を吹きかける。
唇から体内へ注がれると
冬へ向かう秋の昼下がりの太陽に似た香りに癒され、清々しい口あたりに心が和んでいった。
他に何を失うことになろうとも
このときだけが、存在すればいい。
これが私の至福なのだ。