音という快感
車から降りるときにチラリと見た行列。
先輩たちの創り出す芸術を見るために耳を真っ赤にしてまで並んでいる彼女たち。
僕を見るために来ているんじゃないのはわかってる。
でも、心では理解しきれないんだ。
僕は、先輩たちの描いた絵の中の1ピース。
ピエロのように踊って、歌って、喚くだけ。
幕の向こうから波のように押し寄せる熱気と歓声。
今更、胃が痛む。こうなることはあの日、名前を呼ばれたときから予想できた。
ステージを目前にして怪我をした彼の代わりにステージに上がってくれ、と
先輩に頭を下げられた。
「金を払ってまで来てくれてるんだ。記憶に焼き付くような舞台を見せてやりたいんだよ。」
僕の心の弱い部分を抉るような鋭い眼。断れなかった。
心をごっそり、先輩にもっていかれたようだ。僕は胸のあたりを掌で押さえた。
「何やってんだ?」
無意識にカーテンを握り、色が変わるほどに力の入ったコブシを体の後ろに隠した。
「緊張してんのか?」
先輩は僕が背中に隠していた掌を見つけ、そっと撫でほぐした。
僕が瞼を閉じ、俯いて頷くと
「大丈夫だ。誰も敵じゃない。」
そう言って優しく頭を撫でてくれた。まるで、小さい子供にするみたいに。
「ちゃんと練習してきたじゃないか。何が不安だ?」
確かに、先輩に頼まれたあの日から僕は練習を重ねてきた。
CDを何度も聞いて、先輩たちの動きを録画し、繰り返し見て、そして動いた。
寝ていても踊れる。
それほどの自信が湧いてくるように、何度も、何度も繰り返した。
でも実際、そんなものは欠片も感じられない。
僕がしたのはただ歌と踊りを頭に入れただけだ。
気がつくとステージ上で曲のカウントが始まっていた。
「ビビってんじゃねぇぞ?」
そう言って、先輩は僕の背中を力いっぱい叩くと先に出て行ってしまった。
背中に強く残る手の形をした痛み。それが足を前へ進める勇気をくれた。
歓声が一際大きくなる。
目が眩むほどのライトが全てを照らし出す。
この湧き上がるものは何だ?空を飛べるほどの高揚感は?
スピーカーが増幅した音は爪先から全身を駆け巡り渦を巻く。
最初の一音がその渦に火を点け、声は爆発した。
これは、快感だ。