狂気の想像
頭がおかしくなりそうだ。
夏弥は思った。
同じ国の言葉なのに自分に語りかけているその人が何を言っているのかが
まったく理解できないでいるのだ。
初めは、ただ二人で話をしていた。
今からそう遠くないうちに起こる出来事が夏弥を不安にさせていることを
その人に伝えようと努力していたつもりだった。
正確にはその起こる出来事の後、更に引き起こされるであろう問題に怯えていたのだが、その人には伝わらなかった。
些細なことに怯えている夏弥をその人は嘲笑った。
いつの間にか話が逸れ、そわそわと落ち着かないまま夏弥はその人の話を聞いた。
大したことではないとわかってはいた。
自分さえ、強くあれば何も問題など起こらない。
例え起こったとしても心がそこから動かなければ気にかけるほどのことではないのだと。
ただ、夏弥は自分の強さに自信がなかった。
きっと揺らいでしまうだろうと思った。
だが、その人はそれを責めた。
その人に責めたつもりはなかったことは知っていても、夏弥はそれに深く傷ついた。
だから責められていると思った。
狂ってしまえたら。
いっそ、何もかもわからなくなってしまったらどうだろうか。
夏弥は静かに目を閉じた。そして想像した。
狂って、破壊の限りを尽くし、深紅に塗れた自分の姿。
それは自らのものか、それともその人のものなのか。
どちらにせよ、自分の心が無傷でいられるとは思えなかった。
「ヤダよ。」
夏弥は言った。
知る言葉の全てを尽くしてその人にもう一度、伝えようと思った。
その人は遮った。
そして大きな手を夏弥の目の前に広げ、言った。
「夏弥、もういいだろ。父さんと帰るぞ。」