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「ごめんね、好きな人がいるんだ」

 別に想い人なんていやしないが、こう言っておくと大人しそうな子は引き下がってくれやすい。

 そんな内心をちらとも見せずに、眉を寄せて困った顔を作り、それでも笑顔を絶やさないよう顔の筋肉を動かす。

 自分より頭半分ほど低い位置にある相手の目を覗き込むようにして目線を合わせると、いつもの如く涙を滲ませた瞳と出会う。

「でも気持ちはとっても嬉しかったよ、ありがとう」

 そう言ってやると大概は頬を紅く染めて立ち去ってくれた。その際ちらちらとこちらを振り返って行ったり一気に駆け去るなどの差はあれど、皆面白いほど同じ手順を辿る。

 けれどこの子は違った。

 頬を赤く染めてはいるが、瞳に涙をたたえているが、表情に悲壮感と言うものがなかった。まるで何かを耐えるように口元がぴくぴくしている。

 どうしたのかと気になって手を伸ばそうとしたら身軽にするりとかわされて、伸ばした手は空を切った。

「わ、わかりました。それじゃ失礼しますっ」

「ちょっ」

 呼び止めるまもなくその子は走り去ってしまった。

 人気のない放課後の裏庭に、俺は一人ポツンと暫く馬鹿みたいに立ち尽くしてしまった。




 自慢じゃないが事実なので言ってしまおう。俺はモテる。

 男女の別なく誰にでも好かれ慕われ、高校にあがって二ヶ月もしない内に告白を受けた数は両手両足の指では足りなくなった。

 二年になって半年ほどたった今では、その数を覚えていることは難解数式を解くよりも難しいことだった。

 それは恐らくこの容姿のせいだと自覚している。隔世遺伝で俺に色濃く流れる祖父の外国の血のせいで色素は薄く、パッと見では外人と間違われることも珍しくない。手足は純粋な日本人より長めで、身長も図書館の最上段にも難なく手が届くほどにある。けれど俺は人目を惹きつけるこの容姿が嫌いだった。

 元々人見知りをする性格だったのに周りはそれに構わず寄ってきて好き勝手喋っては、俺のノリが悪いとわかると勝手に幻滅して悪し様に離れていく。

 何も悪くない筈の俺が何でこんな目に遭わなくちゃいけないんだと、負けず嫌いの蟲が目覚めて表面上笑みをたたえることで彼らを見返してやることにした。

 すると効果は絶大で、ただでさえ年齢以上に見える見た目と落ち着いた雰囲気を醸す笑顔は俺に神秘のヴェールを与え、周囲をさり気なく敬遠する武器となってくれた。

 その効果は今も変わらないが、高校生が相手となるとどうにも当たって砕けろな駄目元告白根性を刺激してしまうらしい。最近はその打開策を練っているが未だに妙案は浮かばない。


 と、話は戻ってあの不可解な告白後の逃走劇から数日。俺はよくその告白相手を目にするようになった。

 同じ学校に通っているのだから当たり前のことかもしれないが、それまでその他大勢の中に埋没していた彼が、あの一件で他といっしょくたに出来ない印象を俺に植え付けた。

 気にしてみると彼はよく大勢の友人といて楽しそうに笑ったり怒ったりとしているが、廊下ですれ違うときなど俺に気付くと必ずあの時と同じような表情になる。それが更に俺の興味を引いて、彼を気にとめ続ける材料となった。


 とある夕方、帰宅途中で課題プリントを忘れたことに気付き学校に戻ると丁度彼とその友人たちの一群を見つけた。

 風の流れのせいかチラッと流れてきた彼らの会話の中に俺の名前が聞こえた気がして、ふらりと彼らの後を追って歩き始めた。

「…っかし…やるよな、お前も」

「うっさい…まえらが…?」

「罰ゲームとは言…ったよ。褒めて…る」

「ダーッ止めろこの馬鹿!」

 なんだ、何かおかしい。罰ゲーム?褒める?

 もしかして、とある予想が立つが、あまりに腹立たしい予想にあえてそれは拒否する。けれど…

「…もさ、ほんとにそんなこと言ったのか?」

「言った言った。いかに…さしそーな顔して、いかにもな台詞でさ」

「ありが…、嬉しいよハニィ…」

 と、声の主らしい一人が彼に抱きつくジェスチャーを取る。途端に笑いが起こり、それに紛れて気持ち悪いだとか何だと言っている声が届く。

 決定的。

 且つ、屈辱的な事実が目の前に広がった。

 恐らく彼らは校内で知名度の高い俺に告白してくると言う罰ゲームを掲げ、勝負にたまたま負けた彼がそれを忠実に執行して俺に告白してきたのだろう。そして俺の返答の一言一句を笑いものにしている…と。

「ふ、ふふふふふふふふふ…ックソ!」

 俺は自分の内に久々に広がる巨大な怒りを自覚するが、それを抑える気はまるで起きなかった。

 俺は誰かにコケにされるのもそれを放置しておくことを是とするほど心が広くない。しかもそれが最近俺の気に止まって仕方なかった彼であれば尚更だ。

 気に止まる切欠はともかく、その間に変質してきた心の内には目を向けずにおく。

 今はただひたすら、どのように彼を見返すかそれだけを考えて策を巡らし始めたのだった。







(2006/6/5)

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