第八章 友は煽る。
俺は家に帰るとすぐにシャワーを浴び、服を着替え、床下収納を適当に漁って、出てきたカップ焼きそばを昼食として食べた。
親父は仕事、オカンは祖母宅へ行っていていない。高校受験を控えた弟は友達と一緒に近所の図書館へ行って勉強していて、夕方まで帰ってこない。
ちょうど焼きそばを食べ終わり、片づけを済ませたころに筑紫がやってきた。
しばらく他愛もない話をしていたが、ふと思いつき、俺は飯山の話をすることにした。
筑紫は少しだが、飯山のことを知っているからである。
「そういえばさ、今通ってる予備校に飯山咲乃がおる」俺は唐突に切り出した。
「懐かしい名前だなあ」筑紫はしみじみと言った。「しゃべったの?」
うん、と俺はうなずいた。
「いいじゃん」「桐島さんのことは忘れて飯山狙えよ」筑紫はそういうとケラケラと笑った。
こいつは、まず無理だとわかって言っているのである。馬鹿にしおって。断じて赦せない。
「無理に決まってるだろ」「それに、恋してるみたいだぞ」俺はぴしゃりと言った。
「なんでわかるのさ」筑紫はそう言うと、また笑った。いちいち笑いすぎではないだろうか。
「それがさあ」「服装が、なんていうか・・・エロい」俺は一瞬躊躇したが、言い切った。
「まじかよ」筑紫はそう言うと、神妙な面持ちになった。「そんなことする風には見えなかったけどなあ」
それなんだよ、と俺は熱を込めて言った。「そんなことする奴じゃなかったのになあ、と思って」
「向こうが彼女持ちとかなんじゃない?」筑紫が冷静に言った。
なるほど。俺は妙に納得した。それならなんとなく、気持ちはわからないでもない。
「つらい恋愛から飯山を開放してやれよ」筑紫はそう言うと、今度はケタケタと笑った。やっぱり馬鹿にされている気がする。赦せない。
「俺があいつの横歩いてるのが想像できるのか?」俺は冷静に言った。
「全然」筑紫は言い切った。「お前みたいなさえない男じゃあんな才女釣り合わないわ」
全くもってその通りだが、こいつに言われると何だか腹が立つ。しかし、事実なので、甘んじて受け入れることにする。
俺がムッとしていると、筑紫がぽつりと言った。
「もしかしたら、まあたぶんありえないけど、お前のことが好きなのかもな」
その発想はなかった、と俺は思った。正確に言うと、思いつきはしたが、そんな馬鹿なことがあるものか、と考えてすぐに闇の中へ葬り去ったのだ。
「案外、ああいうできる女って、お前みたいなのが好きだったりするのかもしれんぞ」筑紫はそう言うと、机の上のポテトチップスに手を伸ばした。
お前みたいなのとはなんだ、と俺はまたムッとしたが、甘んじて受け入れることにした。
確かに俺は、さえない、モテない、神経性胃弱持ちの童貞野郎である。それは否定できない。
「案外、お前から行ってみたらいけるかもよ」「お前だって、高校時代に彼女の一人でもほしいだろう」
実は中三から高一にかけて彼女がいた筑紫は、時の為政者並みに無責任な発言を繰り返すと、またケラケラと笑った。
恥ずかしながら、もしかしたら、と俺は一瞬思った。だが、すぐに冷静になり、ありえない、と結論を下した。
あいつに好かれるくらいなら、とうの昔に桐島を彼女にしていたはずである。
しかし、心のどこかで期待をかけてしまう自分がいるのも確かだった。
(第九章に続く)