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第六章 運命を分けた再会。

いろいろ思い悩んだ末、結局桐島本人から事実を聞き出すことはできず、そうこうしているうちに夏休みがやってきた。


俺は五月だったか六月だったかに、電車で二十分ほどのところにある某大手予備校で、夏休みに夏期講習を受ける予約を取っていた。元来怠け者気質の俺は、強制的にやらされない限りまず勉強しない。暑かったりすればなおさらである。きっと一か月半の夏休みをごろごろして過ごすだろう。そうなれば、進路指導の教師曰く、受験の天王山である夏休みを無駄に過ごすことになるのは目に見えていた。だから俺は、無理やり勉強する環境に身を置くことにしたのである。


終業式の放課後、俺は早足で、小説や映画にまで取り上げられた某ローカル私鉄の最寄り駅へ向かった。

汗だくの状態のまま電車に乗るのはさすがに気が引けたので、俺は駅のトイレで制汗ローションを体中に塗りたくり、体中からせっけんの香りをぷんぷんさせながら電車に乗りこんだ。

二十分ほど電車に揺られながらウトウトしているうちに、予備校の最寄り駅に着いた。

俺が急いで電車を降り、駅のホームの階段へ向かおうとしたその時、後ろから声をかけられた。

驚いて振り向くと、ずいぶんふりふりの付いた服を着た、背が高くて色が白く、目がくりっとした、綺麗な黒髪が背中あたりまで伸びた美少女が立っていた。


おかしい。こんな素敵な女の子と知り合いだったはずはない。断じてない。何かの間違いに違いない。

こんな女の子に声をかけられるような甘い展開など、俺にあり得るはずがない。

だがしかし、この素敵な女の子は、確かに俺の名前を呼んだのである。

「わからんの?中学一緒やったでしょ」 その声と話し方を聞いて、はっと思い出した。

「・・・飯山!」俺は素っ頓狂な声を上げた。何人かの人たちが一斉に俺のほうを見た。恥ずかしい。

女の子、いや、飯山がニッと笑った。それから俺と飯山は一緒に歩き始めた。

「もしかして、あそこの予備校の夏期講習?」俺はポケットの切符を探り当てながら言った。

「うん」「そっちも?」飯山が聞き返してきたので、俺はうん、とうなずいた。

「そっかぁ」「ま、お互い頑張りましょ」そういうと飯山はまたニッと笑った。俺も笑い返した。

飯山のすぐ隣を歩くのは何だかためらわれたので、俺は飯山と少し間を開けて予備校まで歩いた。

しばらく無言が続いた。

次に飯山が口を開いたのは、自分たちが向かっている教室が同じだということがわかった時だった。

「同じ講義やん」飯山はこちらを向いてまた笑った。ずいぶん笑顔の安売りセールだな。

みたいやなあ、と言いながら俺は自分の席に向かい、荷物を机に置き、椅子に座り、教室を見まわした。

白系の色で統一された教室は隅々まできれいに掃除されていて、ごみまみれで黒ずんだ高校の教室とはえらい違いである。

きれいな教室に微かな感動を覚え、それにしばし浸った後、俺は勇気を振り絞り、飯山の座る席まで歩いて行った。

飯山はテキストをカバンから引っ張り出し、ルーズリーフを整理しているところだった。

俺が前から近づくと、飯山はこちらを向き、少し微笑んだ。

やっぱり、ずいぶん、笑顔の安売り出血大サービスだな。

そんなしょうもないことを考えながら、俺は少しの間飯山と話したのだった。


予備校からの帰りの電車の中、俺は珍しく機嫌がよかった。

飯山咲乃は中学時代の同級生である。会話を交わすのは中学の卒業式の日以来だった。

決して存在を忘れていたわけではない。中三の一年間、向こうはどう思っていたかは知らないが、少なくともこちらは信頼のおける友人の一人として接していた。忘れるはずがない。

ただ、地元では有名な難関私立高校に合格し、今後、恐らく自分は絶対に合格できないような難関大学に合格し、有能なキャリアウーマンとして出世していくであろう飯山と再会することはまずないだろう、と俺は考えていた。

だから、嬉しい。すごく嬉しい。

そんなことを思いながら、俺は自分の心に冷静に問いかける。

―まさか、お前、ここで再会したのをいいことに、次は飯山を、とか思ってないだろうな。

こんな才女お前には無理だぞ。よくよく考えればわかることだろう。

変な色気を出したら、せっかく中三の一年間で築いた人間関係を、お前は自分自身の手でぶっ壊すことになるんだぞ。よくよく気をつけろ。


俺は自分で自分を戒め、一度頭を左右に振った。

飯山との再会が、この後の俺の運命をある意味で大きく左右することになるとは、俺は思いもしなかったのだった。


(第七章に続く)













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