最終章
帰りの電車の中で俺の頭はまた思考を開始した。
ここまでを簡潔にまとめてみると、高校三年間、俺は桐島を一方的に思い続けたが、結果的に得られたものはなにもなく、ただただ敗北感やら絶望感やらなんやらを味わい、高校三年間の青春時代を無駄にし、自分の大学受験すら失敗しかけただけだった、ということである。
正直なところ、あの恋愛がなければ、俺はもっとさわやかな青春を送っていただろう。
そして俺はふと、センター試験が終わった後の面談の日のことを思い出した。
必死の追い上げもかなわず、俺はセンター試験でK大学を受験するには厳しい得点を記録した。
志望変更を勧められるに間違いないだろう、最悪志望変更もやむなし、と思いながら臨んだその面談で、担任は終始しかめっ面で俺に志望変更を勧めた。だが、俺はその様子を見て逆に、志望変更するのが嫌になった。「K大に挑戦します」と半ばヤケクソ気味に担任に宣言し、教室を出た後、俺は急に怖くなった。
―俺の二次力を考えると、可能性は五割にも満たないだろう。落ちたらどうしよう。
そんなことを考えながら階段を下っていると、村山にぱったり出会った。
「あっ」「面談だったの?」村山が聞いてきた。
「うん」俺は渋い顔を作りながら言った。
「うち今から」村山はそういうと、俺と同じように渋い顔を作った。
「どこ受けるん?」村山が何の悪気もなく聞いてきた。俺はギクッとした。
「・・・K大」俺は引け目を感じながら言った。村山の丸い目がますます丸くなった。
「さすがやなあ」「頑張ってね」そう言うと村山はニコッと笑った。俺はうん、とだけ答えた。
じゃあね、と手を振り階段を駆け上っていく村山の後姿を見ながら、俺は逆転合格への意志を固めた。
また、併願の私立に落ちた時は、飯山が励ましてくれた。国立前期の二次試験が思っていたより出来ず、落ち込んでいた時もやっぱり飯山が励ましてくれた。
そうやって自分の高三の一年間を振り返って見てみると、やっぱりどう考えても、桐島は俺に対して「マイナスの作用」しかもたらしていない。桐島は俺を励ましすらしなかった。落ち込ませはしたが。
しかし、それでも、俺は桐島が好きだった。今も嫌いになりきれない自分が、確かにここにいる。
恋ってなんなんだろう、好きになるってなんなんだろう、という思いが、ふつふつと胸に湧き上がってきた。
俺は高校三年間の青春時代を犠牲にしてやっと、「恋愛とはなんたるか」「そもそも本当は恋愛は外見ではない」「世の中そうそううまくはいかない」などということを学んだのかもしれない。そんなことを思っていると、電車が終点の駅へ到着した。
ちなみに、の話だが、村山は地元の私立薬科大に進学した。今のところ俺との関係の進展はまったくない。
小村はあのクリスマスの後、数か月間小佐野と付き合っていたが、国立前期試験が終わってすぐに別れた。O大工学部には落ち、中期で合格したO府立大工学部に通っている。
藤岡はセンター試験の文系教科で壊滅的な点数を取り、急きょ私立専願に切り替え、今は下宿でK大学理工学部に通っている。
徳元は国立に落ちて浪人中、長沢は国立C大学理学部、筑紫は国立A大学工学部にそれぞれ進学した。
桐島も卒業とほぼ同時にあの男と別れたようだ。
こうして皆別々の道を歩んでいるわけだが、例の男五人に関しては、夏休みに一度集まって会うことにしている。その時、皆がどんなふうになっているのか、俺は今から楽しみである。
無駄に使った時間も多かったが、高校三年間、俺は俺なりになにかを得ることができたような気がする。
そのためには、桐島の存在も、やっぱり必要だったのだろう。
そんなことを思っていると、俺の中の桐島絡みの黒い記憶からその黒い色がぱっと抜けていき、元の水色に戻ったような感覚を俺は覚えた。
もしかしたらこの長い長い回想は結局、このために必要だったものなのかもしれない。
俺が妙に納得していると、突然聞き覚えのある声が後ろから俺の名を呼んだ。
うれしいような、恥ずかしいような、そんな妙な感覚を感じながら、俺は後ろを振り返った。
(終わり)