第二十六章 浄化
俺はトイレの個室にこもり、数分声を潜めて泣いていたが、トイレに誰かが入ってきたのに気付き、ふと我に返った。急にひどく恥ずかしい気持ちになった。俺は適当に涙をふくと、トイレから誰もいなくなったのを見計らって個室の外に出て、顔を洗った。泣いていたのを誤魔化すためだった。
教室に戻ると何人かが黙々と勉強していた。村山が俺を心配そうな目で見た。
「大丈夫?体調悪いの?」村山が心配そうな顔で言った。どうしてこの子はこんなに優しいのだろう。
「朝眠気覚ましにブラックコーヒー飲んできたら、腹の調子がおかしくなった」俺は適当な嘘をついた。
「そっかあ」「気を付けてね」村山はそう言ってまたニコッと笑った。
村山と会話を交わすことによって、自分の汚れた心が少し綺麗になっていくような気がした。
それと同時にやっぱり、自分がこの子と関わっていいのだろうか、という思いにもとらわれた。
俺は結局、自分で自分がわからない。それは今も同じである。というより、誰も自分で自分のことなどわからないのかもしれない。俺はそんなことをふと思った。
「なんでそんなぼーっとしてんのさ」ふと横から声をかけられ、俺は我に返った。
横を向くと、同じサークルに所属する猪瀬広大が座っていた。「さっきからずっとぼーっとしてる」
俺は朦朧とした頭で、最近寝不足、とだけ答え、顔を覆って頭を振った。
そしてトイレに向かい、顔を洗いながら、またいろいろと考えた。
―もし村山がいなかったら、俺の心はいまだに汚く黒ずんだままだったに違いない。それを思うと、俺は村山にいくら感謝しても足りないくらいだろう。
俺は突然、無性に村山に会いたくなった。これが好き、ということなのだろうか。
俺は訳が分からなくなって頭を強く左右に振ったあと、またサークルの友人たちのもとへ帰ったのだった。
(最終章へ続く)