第二十五章 純粋な魂
十二時を過ぎ、教室にいるメンバーは各自弁当を引っ張り出しはじめた。
「小佐野みたいなのはレアケースと思いたいな」長沢がげっそりしたように言った。
「そうじゃなかったら日本終わってるわ」藤岡もげっそりしながら言った。
だが、中学時代に好きな女子(仮にAとする)をクラスの他の男に取られ、その男が「重くなった」という理由でAをいとも簡単に振ったせいで、Aが学年を代表する「軽い女」になるという壮絶な経験をしている筑紫は、悟りきったような顔をしていて、かなり冷静だった。
「世の中には、男女問わず、二番目三番目でもいいから、みんなが憧れるような異性と付き合いたい、という奴も中にはいるんだ」筑紫は冷やかに言った。こいつが言うと妙に重みがあり、一同が納得した。
「そもそもお前だって、桐島さんが好きになったのは桐島さんが可愛いからだろうが」「お前が桐島さんをどうこう言う権利はない、よく覚えておけ」筑紫は俺に向かってピシャリと言った。
俺はもはや反論の余地がなく、無理やり弁当を胃に押し込んだ。つくづく自分がアホらしくなった。
俺は、高校三年間の青春を、ドブに捨てたに等しいのではないだろうか、と思うとなかなか鬱だった。
こんな精神状況で、俺はセンター試験に臨まなければならないのだろう。
この瞬間、俺は浪人を覚悟した。今の状況ではセンター五割すらとれる気がしない。
ぐじゃぐじゃの投げやりな精神状態だった。こんな状態は過去に経験がなく、俺は真剣に焦った。
俺は二組の教室で数学の問題集を開き、適当に勉強を始めた。
だが、昨日の光景が走馬灯のように駆け巡ってきて、俺はすくに嫌になった。
ふと後ろから声をかけられた。振り向くと村山だった。
「あのさ、これがぜんぜんわかんないんだけど、いいかな」村山は恥ずかしそうに言った。
嫌だ、と言ってもおかしくない精神状態だったが、村山の無垢な笑顔を見るとそういうわけにもいかず、俺はいつものように解説を開始した。五分ほどたって解説が終わったところで、村山がポケットから何やら取り出した。そして、「これあげる」といいながら、村山はそれを俺の目の前に置いた。
よく見るとそれはソフトキャンディだった。「いっつも教えてもらってるから、お礼ね」「期間限定なんよ」村山がそう言ってぱっと笑った。それは心からの、純粋な笑顔だった。俺ははっとした。
俺はありがとう、と言って作れる限りで一番の笑顔を作り、そのキャンディを口に運んだ。こんな時に作り笑いしかできない自分が情けない。何も知らない村山はまたニコッと笑って席に戻った。
キャンディを一口噛みしめるたびに俺は泣きそうになった。村山の純粋さが心に沁みた。
俺はとうとう耐えられなくなった。目から涙が出てきた。
「どうしたの?それ嫌いだった?」心配そうな顔で村山がこちらを見た。
「違うよ」とだけ言うと俺はトイレの個室に駆け込み、ひたすら泣いた。こんなに泣くのはひさびさだった。
(第二十六章に続く)