第二十三章 腐臭をはなつような聖夜
銀行の陰で、俺を含む六人はなるべく固まって目立たないようにしていた。
藤岡の鼻息が首元にかかって気持ち悪いことこの上ない。願わくば息を止めて欲しい。
小村はいつも以上に着飾り、鼻歌交じりで、夏頃は噴水だったものの前で小佐野を待ちはじめた。
待ち合わせの時間の三十分近く前に現れた小村の気合の入りように、俺は吹き出しそうになった。
程なくして小佐野が現れた。このクソ寒いのに、足を出した格好で登場である。
二人とも気合入りすぎだろ、と俺は心の中でつぶやいた。今から自分たちはこの気合入りまくった二人のデートを妨害するのである。面白すぎるではないか。
俺が黒い笑みを浮かべていると、二人は一緒にレストランへ歩き出した。
悔しいが、きわめて悔しいが、美男美女が並んで歩く様は絵になる。
俺はとてつもなく逃げ出したい心境になったが、なんとかこらえた。
「あっ」突然筑紫がそう言って俺の服の袖をつまんだ。「あれ、見ろよ」
筑紫が指差すほうを見ると、そこには桐島美加がいた。そして、その隣には知らない男。
身長は180センチくらいだろうか。俺は目が悪いからよくわからないが、恐らくイケメンだろう。
俺はますます帰りたい心境になり、胃がしきりに痛くなったが、小村の絶望に満ちた顔が見たい一心で俺は何とか踏みとどまった。
「お前はあっちに行くべきじゃないのか?」そう言うと筑紫はニヤッとした。
「もう桐島なんぞに用はない」俺は強がってそう言ったが、内心ではかなり気になる。
あの男はいったい誰なのだろうか。どういう関係なのだろうか。気になって仕方なかったので、俺は小村と小佐野を注視することで自分の感情を誤魔化した。
小村と小佐野から五分ほど遅らせて、六人はレストランへ入った。
席はかなり少なく、喫茶店のような店である。客はそれなりには入っている。
「予約していた藤岡です」藤岡があえて、店中に聞こえるような声で言った。
小村がこちらをふっと見た。その顔は蒼白である。俺は少しこいつが可哀相になった。
小佐野は俺たちのような底辺男子には興味がないので、もはやこちらを見ることすらしなかった。
「小村君どうしたのさ、気にすることないじゃない」小佐野は小村に(あえて)顔を近づけ、囁いた。
俺達六人が小村の向かいの席に向かう様を、小村はひどくうつろな目で見ていた。
特に、女子二人を見た瞬間、小村の顔から血の気がすっと引いていくのがわかった。
俺を含む四人の男子は必死で笑いをかみ殺した。なんと最低なのだろう。
俺たちは各自好きなものを注文し、時折二人のほうに視線を向けつつ、ひたすら食事をとった。
一方小村と小佐野は一気に会話が減り、ささっと食事を済ませると、早速帰る準備をしだした。
「やばいぞ、誰かつけてこいよ」長沢が口の周りをトマトソースで微妙に赤くしながら言った。
「これ以上やったらあいつキレるぞ」徳元はそういうと笑った。
「なんか悪いことした気がする」女子二人がぽつりと言った。
「いや、これでイーブンだな」藤岡は女子二人にそう言うとニヤッと笑った。
こうして、ただ単に日頃の小村の尊大な態度や調子に乗った発言に対する制裁もどきを下すだけのイベントは終わりを告げた。
だが、俺はこれで終わりにはできない。
桐島のことである。ソワソワした俺の様子を見て、筑紫が俺に耳打ちした。
「桐島さんのこと気になるんか」
俺は少し躊躇した後、まあな、と答えた。
「残念、もう無理だな」「知らんぞ、桐島さんのファーストキスやら何やらが奪われていってる頃かも知らんぞ」筑紫はそういうと意地悪く笑った。
俺はソワソワしながら、ほかの五人と一緒に帰宅の途についた。
河川敷を歩いていると、男女二人のいちゃいちゃする様子が目に飛び込んできた。
俺の背筋がぞわっとした。
(第二十四章へ続く)