第二十二章 決起計画
「何がそんなに面白いのさ」俺は藤岡に言った。
藤岡がニヤニヤしながら、俺に耳打ちしようとした。藤岡の息が耳元にかかり、俺は気味が悪かったので身をすっと引き、藤岡に向き合う格好になったあと、その頭を軽くはたいた。
「ひどい人だなー」「いいもん、教えてやらない」藤岡がはたかれた頭をなでながら言った。
「すまん、謝るから教えてくれ」と俺は言った。そして藤岡の立てた馬鹿らしい計画について知った。
「そういうわけで、晩の七時に私服で駅前に集合できるか?」藤岡が聞いた。
冬期講習の授業は五時に終わる。俺はたぶん大丈夫、と答えると、予備校へ向かった。
五時を少し過ぎたころ、授業が終わった。俺は急いで荷物をまとめた。
生徒の談話室ではカップルたちが一緒にご飯を食べていた。
俺はそいつらに、お前ら全員落ちてしまえ、と呪いをかけると、駅へ向かった。
あらゆるところに浮かれたカップルがいて腹立たしいことこの上ない。だが、気持ちはワクワクしていた。あまりに性格の悪い、歪んだワクワク感ではあったのだが。
俺は昼間の藤岡の話を思い出した。
小村はクリスマスの夜にいっしょに遊びに行きたいという誘いを複数人の女子から受けていた。
しかし、いずれも「予備校で勉強したいから」と断った。
しかし、最後にあの小佐野里佳が誘ってきた時、小村は断らなかった。
理由は定かではないが、純粋に小佐野が外見に関して言えばうちの高校トップクラスだったからだろう。
藤岡は、これは恋する乙女の必死の申し出を外見でフィルターをかけることによって踏みにじる不誠実な対応であり、小村はこの件について俺の計画によって罰を受けるべきなのだ、と力説した。
俺は、これは完全にやっかみではないか、と思ったが、面白かったので藤岡の計画に乗ることにした。
一度帰ってから着替え、再度駅に着くと、言われた通りの広場に集まった。いたるところカップルだらけで腹立たしいが、気にしないことにした。
藤岡だけではなく、筑紫と徳元と、女子二人が集まっていた。
俺は集団のほうへ向かって行った。「遅いぞ」筑紫はそう言うと俺の頭を軽くはたいた。
女子は二人いた。一人は国立文系クラスの高濱綾香で、もう一人とは面識がなかった。なんでも、私立文系の鵜川智子で、藤岡と体育祭以来の知り合いらしい。
計画はこうである。
小村は十一月下旬に小佐野を含めて三人の女子からクリスマスの誘いを受け、小佐野の誘いだけを快諾した。
そして、この近辺のしゃれたレストランを徹底的に調べ上げ、駅から15分ほどのところのとある隠れ家的イタリアンレストランに照準を合わせ、その予約を取った。
このレストランは景色がほとんど見えないという弱点があり、クリスマスにはあまり客が入らないため、予約が取りやすく、かつ見つかりにくいと踏んだのだろう、というのが藤岡の見解である。
藤岡は妙にウキウキしている小村を不審に思っていたが、ある時クリアファイルに入ったメモ紙にそのレストランの名前と電話番号が書かれているのを見つけ、すべてを理解した。
その頃鵜川から、小村にクリスマスの誘いを断られたと泣きつかれ、筑紫経由で高濱も同じ目に逢っていると知った藤岡の黒い頭脳がフル稼働し、小村と同じレストランで同じ時間帯に、断られた女子と一緒にご飯を食べることで、小村に嫌がらせをする計画を立案したのだという。
さらにいいことに、そのレストランは小さく、ほとんど席がないのだ、と言って藤岡はニヤリと笑った。俺はこの話を聞いて、ここまでいろいろうまくいきすぎているように感じた。まるでアニメとか安っぽい小説のようである。
第一、この計画に乗るこの女子二人も大概ではなかろうか。そもそも、藤岡がクリスマスに女子と一緒にご飯を食べたいだけのようにも思える。
だが、面白そうなので、俺は何も突っ込まないことにした。
ふと、駅の出口のほうに小村の姿が見えた。俺を含む六人は急いで銀行の陰に身を隠した。
(第二十三章に続く)