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第十七章 鬱々、失われた四十日間の始まり。


俺は家に帰ってから、無力感に襲われた。

もし、もし、俺が桐島のお眼鏡にかなうような男だったなら、桐島はこんな思いをせずに済んだに違いない。同様に、俺もこんな思いをせずに済んだ。

だが、現実はあまりにも理想とはかけ離れていた。俺は桐島とは釣り合わない男である。

―俺がもっとイケメンだったら。

俺が、運動神経抜群で、トーク力の高いリア充だったら。

誰も不幸にならずに済んだ。俺の責任だ。そうに違いない。

まともに外遊びもせず、友達も数人しか作らず、ひたすら内向的な遊びに興じた俺の責任に違いない。

今思えば、少し見当の外れたことを、俺は真剣に考えていた。

勉強に全く手が付かず、何事に対してもやる気を喪失したまま、時間だけが過ぎていった。

俺の失われた四十日間の始まりである。


いよいよ十月に入り、進路が決まった連中がちらほら出だした。桐島もその一人だった。

「最近桐島からやたらメールが来る」ある晴れた日の放課後、小村が俺に言った。

俺は複雑な心境になった。立ち直りが早いのはいいが、早すぎやしないか。

俺が桐島のメールアドレスを小村に教えたのは五月だったか六月だったかのある日だった。

俺が桐島にメールを返信するのを偶然見た小村が、お前だけずるい、などと言い出してごねたので、俺は渋々教えたのだが、もともとほとんど会話をしたことのない二人のメールはなかなかうまくいかず、小村はすっかり桐島に「飽きて」しまっていた。つくづく勝手な奴である。

にもかかわらず、桐島がいきなり小村にメールをするというのは、やはり裏があるのだろう。

「返してんの?」俺が聞くと、小村は首を横に振り、あんまり、と答えた。

「飯山咲乃ちゃんが、受験生の本分は勉強だって言ってたから、俺はちゃんと勉強する」

「ちゃんと受かったらメアドもらえるみたいだし」

俺はやれやれ、と思った。

あの事件の後、小村の相手をするのがあまりに面倒だったので、九月の初めごろに再度飯山に会った時、俺は、小村が第一志望のO大学工学部の化学系に合格した暁には飯山のメールアドレスを小村に教えていい、という約束を取り付けたのだった。

それ以来、小村は必死になって勉強している。恋の力は恐ろしい。

飯山の人間操縦術というか、そういうものが俺は少し羨ましいが、その一方で少し怖い。

これが本当の意味で頭のいい人間のなせる技なのだろうと思っていた。


しかし今の様子を見る限り、小村は、学年屈指の美少女に自分に気があるような素振りをされて満更でもなさそうである。

はっきり言って、こいつの考えていることはわからない。

息をするように嘘をつき、嘘を言うような顔で事実を言い、他人には到底理解不能な行動をとる。

「やっぱりさ、高校時代に彼女作っとくっていうのも必要かもな」

急に、小村がニヤッと笑いながら言った。

「制服デートとか、中高生の時代にしかできないし、それができなかったら、いくらいい大学行っても絶対後悔するよな、やっぱり」小村がそんなことを言った。

そのとき、俺の中で何かが、音を立てて一気に壊れた。

いくら努力したって、無駄なことがある。いくら努力したって、取り戻せないものがある。

時々新聞の三面記事に、エリートが援助交際に走って捕まった、というニュースが載っていることがある。それまで築いてきた世間での立場を全て失うにもかかわらず、である。

彼らはきっと中高生時代を勉強漬けで過ごし、年を取ってから、失われた青春に耐えられなくなったのだろう。

いくら努力したって、小村のような人間にはあらゆる要素で勝てない。

いくらいい大学に行っても、幸せになれるとは限らない。

だが、少なくとも、中高生時代に可愛い彼女がいれば、そいつは一生幸せをかみしめることができるのではないだろうか。

そう思うと、ひどく勉強がアホらしくなった。俺の一日の勉強時間は日増しに減っていった。

10月中盤、最後の記述模試が終わったころ、桐島が小村に必死で「媚を売っている」ということを小村本人から聞かされた俺は、いよいよ何もかもやる気を失った。

そして、愛しさやらなんやらの一部分が、どす黒い憎しみに変質していることにふと気づいた。


俺の運命の歯車が、あちこち狂い出していた。


(第十八章へ続く)

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