第十六章 体育祭、絶望の入り口
そうこうしている間に体育祭がやってきた。
はっきり言って俺からすれば、体育祭は最低最悪のイベントでしかない。
というのも、俺は運動神経が皆無だからである。
毎年体育祭で活躍し、女子からの黄色い声援を一身に浴びるイケメンリア充どもに嫉妬すら覚えていた。
中学・高校時代にモテるためには、ルックス、運動神経、トーク力の三つのうちどれか一つ以上の能力が高く、かつ残りの要素が平均点以上であることが求められるらしいが、この三つのいずれも平均値を大きく下回る俺はいったいどうすればいいのだろうか。
この日俺は、炎天下の下、ぎらつく太陽を睨みつけていたらくしゃみが出まくったこと、競技を終えて帰ってきたイケメンリア充が女子に囲まれているのを見て見ないふりをしたこと、騎馬戦で酷い目にあったこと、ムカデ競争でこけて後ろの太った奴が俺の上にこけてきて死にそうになったこと、そして、桐島の視線がやはり滝川に向いていたことくらいしかはっきりと覚えていない。
それはおそらく、このあとの記憶が強烈すぎるからではないか、と俺は思う。
体育祭翌日の朝、教室では、昨日の体育祭のあと滝川宗佑と小嶋紗弥加が一緒に手をつないで帰っていた、という話で持ちきりだった。
確かに夏休み前から、二人が付き合っているのではないか、という噂は流れていたが、二人ともそのことを否定していたうえにきちんとした裏付けもなかったため、あくまでもそれは噂にしか過ぎなかった。
しかし、手をつないで帰っていた、となると、さすがに二人は交際の事実を認めざるを得なくなる。
二組の教室に滝川が入ってくると、クラスの男どもは一斉に滝川のもとへ駆け寄り、芸能レポーターさながらに、質問を次から次へと投げかけた。
滝川はやれやれ、という顔をすると、何を思ったか教壇に上がった。
そして教壇に手をつくと、まるで教師が生徒に重大発表をするかのような姿勢になった。
そして、叫んだ。
「わたくし、滝川宗佑は、小嶋紗弥加さんと真剣にお付き合いさせていただいております」
大胆な行動に教室にいた一同がどよめいた。そして笑い、拍手をした。
俺も拍手をした。だが、同時に心穏やかではなかった。桐島である。
練習の時の様子を察するに、おそらく桐島も滝川のことが好きである。
あいつはどうするのだろう。教室の後ろ側の出入り口に視線を向けようとしたその時、桐島の親友である長浜翔子と目が合った。俺はすべてを悟った。
教室内が落ち着いた後、長浜は俺に近づいてきた。
「美加のこと、知ってるの?」長浜はひそひそと俺に言った。
「まあ」「体育祭の練習の時とかあからさまだったし」俺は一瞬躊躇してから答えた。
「そっかあ」「まだ好きか?だからわかるんか?」長浜が笑っているとも悲しんでいるともつかない顔をした。
「どうなんだろうな、自分でもわからん」俺は窓の外を見ながら言った。
「まあ、あえて深くは聞かない」そう言った長浜に、俺は心から感謝した。
「あたしは二人のことは前から知ってた」「でも隠してた」
「隠し切れなくなったから昨日の晩に全部喋った」「だからあなたはお気遣いなく」
長浜はそう言うと、俺のほうを見て頭を少し上下に振り、女子陣の輪の中へ去っていった。
―お気遣いなく、って言われてもなあ。
俺は窓の外を見ながらため息をついた。
俺はただただ切なかった。他人事のはずなのに切なかった。
(第十七章へ続く)