第十四章 現実世界、そしてふたたび過去へ。
ふと気が付くと俺は、うつぶせ状態で暗闇に放り出されていた。
その暗闇には、四方からかすかな光がさしている。太陽の光だろうか。
頭がボーっとする。体中が痛い。いったい何が起きたのだろう。
いったい俺はどこに来てしまったというのだろう。
日頃の行いが悪すぎたせいで、いよいよ無間地獄の底へ落ちてしまったのだろうか。
俺にはまだやり残したことが山ほどある。ひとまず一度でいいから、妄想世界ではなく現実世界で
可愛い女の子とあんなことやこんなことをしたかった。俺の青春をどうしてくれる。
しきりにおれを呼ぶ声がする。誰だろう。
―おい。もう終わったぞ。起きろ。
男の声がする。
ふっと頭を上げると、そこは大学の大講義室だった。
俺の頭はまだ朦朧としていて、全く状況が呑み込めていない。
「開始後五分でぐっすりだったぞ、さすが居眠り番長」
学科の友人の一人である高杉将士はそう言うと笑った。
その言葉を聞いて俺はようやく、自分が回想を進める途中で眠りに落ちてしまったこと、そのとき見ていた夢の中でまで高三時代の回想をしていたことを理解した。
初めは桐島絡みの回想だったはずなのに、途中いきなり飯山の回想に話が飛んだのは、恐らく、同じ大学の工学部に奴が所属していて、俺の斜め前で授業を受けていたからであろう。
俺の回想通り、飯山咲乃は中三の時と変わらず、優秀な学生だった。
センター試験ではまんべんなく九割近い点数を取り、意気揚々と東京へ行き、T工業大学を受験した。
帰ってきてから、物理ができなかった、落ちたかもしれない、と言い出したが、俺は飯山のことだし大丈夫だろう、と思っていた。
しかし、飯山は不合格になった。最近成績開示をしたところ、一点差だったらしい。
中期のO府立大工学部、後期のK大学工学部、併願した私立のD大理工学部、W大先進理工学部にはすべて合格しており、悩んだ末に俺が前期で合格したK大学工学部を選んだ。
俺は機械工学科で、飯山は応用化学科という違いはあるが、そもそも飯山と同じ大学に通っているということに、俺は強い違和感を感じている。
自分がずっと、絶対に勝てないと思っていた存在と、前期と後期という差こそあれ同じフィールドに立っているというのは、俺にとっては案外気持ちの良いことではない。
ちなみに、せっかく華のある大学に行くんだから女の子らしくすればいい、青春時代は今しかないのだ、という俺のアドバイスもどきに飯山はなんとなく納得したらしく、毎日工学部生とは思えないくらいに着飾って登校している。
放課後、俺は所属する音楽系サークルの練習に出るべく、学生会館、通称「学館」へ向かった。
工学部から馬術部の馬場前へつながる道をひたすら直進すると、コンクリートむき出しで少し色のくすんだ、この大学には似つかわしくない建物が見えてくる。これが学館だ。
階段を登って学館に入り、同じサークルの連中と喋ってから、俺は楽器倉庫へ向かった。
楽器倉庫への階段を登る途中、社交ダンス部の連中が大挙して階段を下ってきた。
俺はふと、高三の体育祭のフォークダンスを思い出した。
このことに関するエピソードに関しては、あまりにも忌まわしいので、俺はあまり思い出したくない。
しかし、俺の頭はまたも、勝手に動き出したのだった。
(第十五章へ続く)