第十三章 恋愛地獄前夜祭
俺はしばらく笑いをこらえていたが、とうとうこらえきれなくなった。
「ぷふっ」思わず声が出た。小村がこちらを睨んだ。怒っているようにも、泣きそうになっているようにも見える。
「要するに俺は、告白してもないのに振られたわけか」
「うん、その通りだな」俺はにやにやしながら言った。
「なんか、不完全燃焼感極まりないんだが」小村が不服そうに言った。
「だろうな」「あいつは興味ないことにはとことん興味ない奴なんだ、許してやってくれ」
小村はふと天井を仰ぎ、それから髪をかきむしった。
「俺、あんなに女の子にそっけない扱いされたの初めて」「なんか泣きそう」小村が力のない声で言った。
俺は必死で笑いをこらえた。これまでこいつは、そのルックスから、女の子に冷たくされることがなかったのだろう。飯山の行動は、こいつのプライドを酷く傷つけたようである。
「つかあいつ相当変な奴だな、うん」小村は自分を正当化するような独り言を言った。
男らしくない。いい加減負けを認めるべきではないだろうか。
「ていうか、事情は聞いてますってなんだよ」
「お前あの子に何て言ったんだ」小村が気が付いたように言った。これはまずい。八つ当たりされる。
「俺と話してるお前を本屋で見て、会いたい、紹介してほしいって言い出した男がいる、といったまでだが」あわてて俺は事実を述べた。まあ、そのあと、「惚れたんだと思う」と言ったのも事実だが。
「それで深読みするあの女も相当な自信家だな」「まあ、読みは当たってるが」小村が悔しそうに言った。小村は自分史上初の事態に、どう対応していいかわからなくなっているようである。
「さっさと代金支払って帰るぞ」俺は席を立つと、うなだれる小村を小突いた。
ちっ、と小村が舌打ちをする。
小村がとぼとぼと帰っていく様子を見て、俺はやはり笑うしかなかった。俺もなかなか悪趣味である。
家に向かう途中、ケータイを取り出して開くと、一通メールが入っていた。飯山からだった。
「いきなり勝手に帰ってごめんね、どうか悪く思わないでください。小村君のフォローお願いします」
正直謝られても困るのだが。俺は立ち止まり、返信メールを打った。
「小村は女の子に振られた経験がないみたいでかなりへこんでた」
「ずいぶん大胆な行動に出られて、もはや笑うしかなかった」
「何を思ってあんなことをしたのかを教えて欲しい」
と打って俺はメールを送信し、また歩き出した。
俺の家が見えてきたころ、飯山からメールが返ってきた。
「ここだけの話だけど、あたしの友達が中学時代小村君と同じ学校で、告白して振られたみたい」
「別に復讐っていうわけじゃないけど、今のあたしに恋愛は必要ないし、小村君にも勉強に集中してほしかったから、あきらめてもらうためにも、だいぶひどいことしました」
「小村君のフォロー、ほんとお願いね」
―フォローと言われても困るのだが。というか、八つ当たりされるに違いない。
そんな気はさらさらないのだが、わかった、とだけ打って、俺は飯山にメールを返信した。
そしてその翌日から、俺が予想した通り、俺は夏休みが終わるまでことあるごとにずっと、小村にウジウジと恨み言を言われ続けたのだった。
そして夏休み明け、俺の運命がいよいよ動き出すのだった。
(第十四章へ続く)