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第十二章 愛すべき馬鹿ども 完結篇

その日の夕方ごろ、飯山から返信のメールが届いた。文面を一目見て、怒っているのが伝わってきた。

その内容を簡潔に説明すると、こっちは勉強で忙しいのだ、あんたと予備校で会ってちょこちょこ会話するくらいの時間は無駄とは思わないが、あんたやあんたの友達と一緒に遊んだりして一日つぶせるほどこっちは暇じゃない、あんたたちもいい加減目覚めて勉強しなさい、というものだった。

正論過ぎてもはや反論の余地がないので、俺は飯山を必死でなだめ、事情を説明した。つまり、小村が飯山を本屋で見てそのときに惚れた、ということにした。

次に返ってきたメールを見て、俺は一瞬目を疑った。

「その小村っていう子に一回会ってみてもいいかな」

―前言撤回というやつか。

あいつはこんなことを言ったりやったりするような奴ではない。

もっとなんというか、真面目でストイックな奴である。

噂で聞いたことだが、中三になる直前に、受験を理由に一年の時から付き合っていた男と別れたらしい。

小村の噂は淀川をも超えて、S高校にまで伝わっていて、飯山はそれで心が動いたのだろうか。

結局あいつも人の子だったということだろうか。

あんまり詮索するのも気が引けたので、俺はあえて何も聞かなかった。

そして、小村と連絡を取りながら、顔を合わせる日程を具体的に決めたのだった。


翌日、俺は四人に結果を報告した。

小村以外の三人は口々に文句を盛大に言った。これだからイケメンは特権階級なのだ、と言って長沢が小村の頭をはたいた。俺は笑うのを我慢できず、笑ってしまった。

すると今度は怒りの矛先が俺に向いた。

「お前の交渉力が低いからこんなことになったんだ、このへたれ」

「役立たず」「虫けら以下の下等生物」など、聞くに堪えない罵詈雑言を三人は俺に容赦なく浴びせた。

いい加減イライラしてきたので、俺は黙れ、と一喝した。

「俺はお前らの写真とかは一切見せていない」

「小村という男がお前に興味があるようだ、と言ったら、会いたいといわれたまでだ」

俺は正しい事実を伝えた。まあたぶん、S高校にも小村の噂が流れている、というのが事実だろうが。

三人はそうか、とだけ言うと、勉強に戻った。

俺に向けられた言葉の暴力への謝罪はないようである。赦せない。


三日後。

その日は俺が飯山に小村を会わせることになっている日だった。

俺は朝から、いったい奴はどんな格好をしてくるのだろうか、とどぎまぎしていた。

あんまりいやらしい格好をされたら、いろいろと問題がある。その辺は察していただきたいと思った。

学校帰り、制汗剤のにおいをぷんぷんさせながら俺と小村は待ち合わせ場所の駅前の広場に向かった。

銀行の前のしょぼい噴水のあたりに、S高校の制服を着た背の高い女子が立っていた。飯山である。

―変な格好してないな。

俺はなぜか安心した。

俺が飯山に近づくと、向こうもこちらに気付いたようで、目で合図をした。

「はじめまして」最初に口を開いたのは飯山だった。

あからさまに挙動不審な小村が噛みそうになりながらはじめまして、と言い、それを見て俺は吹き出しそうになった。

俺たちはそれから、駅の近くの喫茶店に向かった。


喫茶店はすいていて、すぐに窓際の四人席へ案内された。

飯山が片方の二人分のスペースに座り、向かい合ったスペースに俺と小村が座った。

ウェイトレスさんが注文を聞きに来た。

俺はアイスミルクティー、小村がアイスコーヒー、飯山がアイスレモンティーをそれぞれ注文した。

しばらく妙な空気が流れる。なんとかしなくては。

「えっと、こいつが小村悠太郎」俺が小村のほうに手を向けながら言うと、小村は少し間を開けてからよろしく、とだけ言った。

「飯山咲乃です」飯山はそれだけ言って首をすくめるようにお辞儀をした。こいつがよくする仕草の一つである。

お互い緊張しているのか、どちらも全く話さない。

レモンティーを飲みきったあと、しばらく窓の外を見つめていた飯山が突然小村のほうを向いた。

こほん、と可愛らしい咳ばらいをした後、ようやく口を開いた。

「えっと、事情は全部聞いています」

「お互い無駄にしている時間もないかと思いますから、端的に言いますけど、正直私たち受験生に、恋愛は不要だと思います」

「私たち受験生は、今は異性ではなく志望校に恋をすべきなのではないでしょうか」

「そういうわけで、あなたも、私のことなんか忘れて勉強なさってください」

「お互い、自分を律して勉学に励み、来年の春栄冠を勝ち取りましょう」

「それでは、失礼します」

えらく堅苦しい言い方で簡潔に、自分の意見を述べると、飯山は机にレモンティーの代金を置き、カバンを持ってそそくさと出て行った。

小村はただただ唖然としていた。

そして俺は、笑いをこらえるので精いっぱいだった。


(第十三章に続く)






















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