第一章 回想の開始
大学生になって一か月半が経った。早いものだ。
大手予備校が言うところの「難関10国立大」の一角を占める某大学の工学部に何とか滑り込んだことによって生まれた自尊心と、生きる活力も、中間テストの失敗やその他もろもろの要素によってそろそろ失われそうになってきた。なんとか気分を変えなければならない。
幸いにも俺の部屋は受験生時代とほとんど様子が変わっていない。参考書やら予備校のテキストやら問題集やらが無造作に積まれ、並べられていて、汚いことこの上ない。
この部屋をきっちり片付ければ、きっと気持ちが晴れるだろうと俺は思った。
そして、特に深い意味もなく、ふと数学の問題集を一冊手に取ると、ぱらぱらとめくった。しばらくしてそれを無造作に床に放り出すと、次は英単語帳に目を通す。そうこうしているうちに、俺の甘酢っぱくもしょっぱく、そして苦い、全くもって理解不能な風味の高校時代の記憶がよみがえってきた。
まあ、もっとも、よみがえる、というほど過去のことでもないし、通学の電車で高校時代の同級生に会うこともしばしばあるし、何より俺は部屋を片付けるつもりだったはずなのだが、それらのことは一度置いておき、俺は回想にふけることにした。
俺の高校時代を回想するにあたって、絶対にはずせない人物が一人いる。
その名を桐島美加という。お察しの通り女性である。
桐島に対して俺は、愛憎入り混じった複雑な感情を抱いているのだが、少なくとも「愛」に関しては俺から霧島への完全な一方通行であり、「憎」に関して言えばただの逆恨みである。
そして向こうからすれば、おそらく俺の存在はあってないようなものである。我ながらつくづくダメな男だと思う。情けない。
桐島と出会ったのは高校の入学式前の登校日である。俺と桐島は同じクラスだったのだ。
そして、単刀直入に言うと、俺は出会ったその日に、あろうことか、桐島に一目惚れしたのである。
今思えばつくづく軽薄だったと思う。しかし俺はその時、まだ幼かった。
どうしようもなく幼かった。桐島に一目ぼれしたという事実が、のちに自分を苦しめることになるとは、全く思いもしなかったのだった。
(続く)