序章【Ⅵ】 陽気な船乗り
「今回の件はありがと。また会えるといいわね」
「そうだな。ブリドアに来た時には、会えるかもしれないな」
「ブリドアねぇ……」
心地よい日差しが青い海に降り注いでいる。見ればいつくかの船が帆を広げて浮かんでいる。
そう、ここはシフランの港。
昨日の騒ぎで、見事、魔物を黙らした魔法剣士、ラティ・フルース。彼女が自分の国―――ブリドアに帰る、と言う事で、見送りに来たわけだ。
「じゃあ、私は行くぞ。また会うのを、楽しみにしてる」
「最後に一つ、いいか?」
リックは少し気恥ずかしそうに言って、咳ばらいをする。自分から話しかけたくせに、何をやってるんだ? という顔をされてしまう。まあ当然の事と言えば当然の事。
「何だ?」
「えーとフルース……、だよな。フルース、ダイダロのじじいの所、これからも行ってやってくれ。知ってるとは思うが、貧乏屋だからな、あそこ」
そう、前日リックがダイダロの店は、閑古鳥が住み着いて卵まで産んでいる状態。じじいと馬鹿にしてはいるが、ダイダロはリックの大切な友人である。一人でも多く客が来るようにと、心の中では思っているのだ。その現れとして、顧客の確保。重要と言えば重要だった。
「無論、ダイダロさんの所には行くさ。私の剣はあの人にしか任せられない」
自身気にそう言って、腰に付けている、装飾豊かな剣を鞘の上からポンポンと叩く。
「そうか、ならいいんだ」
話が終わったのを確認すると、ラティは船に掛っている木造の橋を、きしむ音を立てながら渡る。
ふと途中で立ち止まり、リックのほうに振り返る。まだラティはよく分からない、不思議な感覚が体を走っていた。リックも同じだった。心の奥に何か引っかかるような物を感じていた。それが何なのかは、全く分からないが。
「レーランス……、だったか?」
少し口調が変わったと、リックは感じた。どうも少し、緊張しているような雰囲気が感じ取れた。
「そうだ。何か付いてるか?」
「いや……、何でもない。またな」
ラティは、自分から話しかけたのにも関わらず、一方的に会話を切り、早足で船内に消えて行った。リックが声をかけるも、軽く動作で返事をしただけだった。
そんな冷たい別れだったのだが、リックは心の奥底で、必ずまた会える。何故かそう、お互い強く感じていた。
「にしても、帝国軍人のエリートさんだったとはねぇ」
アイラは彼女が乗った船が出港したのを確認して、一言。別に陰口だとか悪口というわけではない。実際驚いているのだ。
「まあ、あながちそんな雰囲気あったけどな。口も偉そうだったし」
「強かったしね。ラティが来なかったらアイラ、下手すれば死んでたよ」
「しょ、しょうがないでしょが。殺さないように止めろって言われてもねぇ……」
彼らが話を聞いたところ、ラティはブリドア帝国の軍、それも『王宮付き』に所属する人間であるらしい。
ブリドア帝国は世界で一番の軍事国家。強靭な軍隊を持つことで有名である。そこの軍人、しかも王宮付きと言えば、かなりの強さと知識を兼ね合わせた実力が無ければいけない。
「よし、俺たちもそろそろ行くか。シフランまで、まだ長いしな」
シーブスからシフランへは、海岸線に沿っていくルート。長旅、と呼べるほどの距離は無いが、かなりの距離がある。
「船に乗って行けたら、楽なのに……」
「生憎貧乏旅だからな。諦めろ」
羨ましそうに海に浮かぶ船を見つめるシャイナ。しかし、視界を遮られ、見えなくなる。
遮ったのは1人の男。赤色の布に白に模様の入ったバンダナをしていて、そこからはみ出して緑色の髪が伺える。歳はリックよりも六、七歳上と言った所か。
「お困りのようだね。お嬢さん達」
片手をポケットに突っ込んで、事情を全て知ってる口調で話す。何か格好付けてるのか、口調が所謂、キザな物。それに女性二人は不快感、もしくは殺意を覚える。
「よければ一緒に海の旅をし……」
「うるさい。消えて、女ったらし」
咄嗟に口に出たシャイナの言葉に、あえなく撃沈させられてしまう。
「んじゃ、行こうぜ。買いだしとかもしなきゃいけないしな」
「そうだね。テントって今いくつあるんだっけ?」
残りの二人も、空気を察し、何構わず無視をする。
「待て待て待て! 何がナンパだ。単に船に乗せてやるって話しじゃねぇか」
背中を向けて歩こうとする二人を、必死で呼びとめる男。ほおっておいてもやかましいと判断したのか、アイラが仕方が無く相手をする。
「どうみても、ヘッタクソな口説きだとしか思わないでしょうが!」
アイラの言っている通り、どう考えても好意ではなく、下心で誘ってるとしか思わない。が、男が理由を話し始めた。どうも町長から頼まれたらしく、シフランまで送ってくれる、とのことである。
「あーそういえば……『何かお礼ができればいいのですが……』とか言ってたっけ」
アイラが思いだすように、町長の言葉を真似る。妙にそれが似ていたため、シャイナの口から少し笑いがこぼれた。ついでに男からもそれはみられた。
「中々似てるじゃねぇか。まあ、じいさんなりの昨日の騒ぎを止めてくれたお礼なんだろ」
「ほぉ。命賭けた甲斐があったもんね。どする?」
「俺は別にいいけどな。シャイナは?」
「私もいいよ。歩くよりよっぽどだし」
決まり、だな。と、男はいい、意気揚々に自己紹介を始める。口調が口説くようで、一々面倒くさいのだが、三人は黙って聞く事にする。
「じゃあよろしく、お嬢さん方。俺はヴェルドナ・クァイス。生憎、長い極まりない上に、発音しにくい名前だからな。ヴェンでいいぜ」
と言い右目でウインクする。勿論、誰もカッコイイとは思っていない。そして、リックに対しては前置きが無かった事も忘れてはならない。
「私はシャイナ・トールギスト、惚れないでね。まあ、惚れたら凍らすけど」
「アイラよ。因みに、変な事したら、切り刻むからね」
「俺はリックだ。よろしくな、オッサン」
三人の、手荒い自己紹介であった。とても親切に船に乗せてくれる人に言う態度ではない。ただヴェンも、決して気を悪くはしていなかった。何だかんだでお互い、気が合うのだ。
「では、俺の船に案内しようか。着いてきな」
一々語尾と同時に、妙なポーズを取るのはさておき、リックたちはヴェンの後に続く。
停泊している多くの船と、働く人を片目に、湾沿いを進むと、周りと比べると、少し外装が古臭い船が現れた。古いといってもボロ臭いわけではなく、逆にそれが立派に見える。そんな威厳のある船だ。
「これが俺の船、ミストラルだ」
誇らしく、自慢するようにヴェンがそう、高らかに言う。実際、それほどの物だと、三人は思った。
「おお、オッサンの船っていうから、もっとアレかと思ったが……」
「凄い、綺麗な船……」
「本人とは大違いね」
「何なんだよ!? 俺にもったいないみたいな言い草は!」
そう、怒鳴るヴェン。怒鳴ると言っても、本気で怒っているのではなく、あくまでふざけてである。本人はともかく、周りからはそう見えた。
「まぁ、俺と最高に愛称がいいってのは後でじっくり語るとして……、おーい、お前らぁ! もう出れるかー?」
ヴェンはミストラルに向かって叫ぶ。すると、一人の男が甲板から威勢良く声を張り上げた。どうやら船員のようで、動きやすそうなシャツを着ており、いかにも海の男と言った感じである。
「後は“積荷”を詰め込んだら出港できますよー」
「積荷? なんか運んでんのか?」
リックが聞くと、ヴェンは言葉で返事を返す代わりに、人差し指でリック達三人を指す。
「お・ま・え・ら、だよ。では、乗船願おうか。積荷が乗り次第、出港だ!」
その声と同時に、ミストラル―――“春一番の風”に乗って飛んでいる巨鳥が描かれた帆が、勢いよく下げられた。