序章【Ⅴ】 暴れ猪
森の中から続く道のにある街の門。その門から続く表通りを通れば大きな広場がある。
普段は集会をやるだとか、市が開かれるでうるさいくらいに賑わっている所だが、今は別の理由で騒がしくなっていた。
「この魔物って大人しいのに……。何で?」
「私が知るわけないでしょ!」
魔物の名前はスクォンク。大きさは人間と比べると、身長は同じくらいで、大きさ自体は四、五倍ほど。かなり大きい。見た目は猪と近く、特徴としては自身の体長ほどの細長い尻尾と大きな牙。
だが、見た目とは裏腹に大人しく、人が近づいても何の被害も蒙むらない。むしろ好かれていると言っていいくらいである。
だが、二人の目の前には、目が真っ赤に充血し、鼻息を轟々と鳴らす怒り狂うスクォンクの姿だった。
「ちょっとアイラ、何をする気!?」
「でも、このまま放っておくわけにはいかないでしょ」
そうアイラは言うと、刀の鍔に親指を立てて、鯉口を切る。これは魔物に対して敵意を見せているという、シャイナに対しての覚悟、意思表示でもあった。
シャイナもそれを見てやっと状況を悟ったのか、しぶしぶロッドを構え、臨戦態勢を取った。
「……分かった、止める。でも、なるべく命は奪わないで」
「こっちがやられるかもしれないって時によくも……。ま、そーいうのも嫌いじゃないけどねぇ」
慰めか、それとも本心からか、アイラはそう言って刀を鞘から抜く。まだこちらに気付いてはいないらしく、屋台に並ぶ魚やら果物らの肉を派手に撒き散らしながら暴れていた。
「まずは場所を変えないと。私が魔法で誘導する」
シャイナはロッドを構え、詠唱をしスクォンクに向けて火の魔法を放つ。直接狙っているわけでもなく、軽い陽動だ。それに気付き、スクォンクは二人のほうに体を向け、走りだす体制を作り勢いよく突進してきた。
「気付いたみたいね。ほーら、こっちこっち!」
アイラが挑発するように大声で叫ぶ。言葉を理解しているかは定かではないが、声を発する方に、スクォンクは向かってくる。
気付けば、街外れの川沿いまで来ていた。
「殺さないってもねぇ。ま、善処しますか。援護は頼むよ!」
「任せて! じゃあいくよ……フリーズ!」
アイラは刀を強く持ち直し、スクォンクと向き合う。スクォンクも敵意を感じ取ったのか、後ろ脚で地面を蹴り、スピードをつけて突進してくる。
猪突猛進なその動きを止めるべく、シャイナは氷を足元に向かって放つ。少しは動きを止められはしたが、減速した程度ですぐに払われる。その隙をついてアイラはスクォンクの背後に回り、刀を横に振りかぶる。だが、接近に気付いたスクォンクはそれを尻尾でなぎ払おうと、右から左へと体重移動をする。
「おっと! んな簡単には当らないよ」
アイラその攻撃を、バックステップでかわす。紙一重のそれだが、予想範囲内の攻撃。
避けられたせいで力の行き場を失った尻尾は、その先にある貧相な木造の小屋に当る。小屋はガラガラと砂ぼこりを上げながら崩れ去り、その威力を露にする。アイラはそれに当ったらと想像すると身震いし、背中に冷たい汗をかく。
「ふぅ、危ない危ない。どうも簡単には、いかしていただけないみたいねぇ」
アイラは息を素早く整えると、こちらに身体を向けて突進の目標を定めているスクォンクの側面に素早く周りこみ、茶色い皮膚を刀で横に切り裂く。深くは無いが、十分に効果的なダメージだったようで、その痛みでスクォンクは悲痛の声を上げる。だが斬られた事で発狂したのか、先程に比べて動きがさらに素早く、力強く、そして俊敏になる。
「つっ…!」
突進、尻尾。次々に繰り出される攻撃の隙を見てはスクォンクに斬りにかかるアイラだが、どれもかする程度しか命中させられず、思うように斬撃を与えられない。
シャイナは魔法を上手く使い動きを鈍らせる事に貢献はするも、やはり決定打は与えられない。
身体の小さい二人は、次第に体力が削られていっていた。
「ハァ、ハァ……。これじゃキリが無いわね」
疲れきって肩で息しているアイラに向かって、スクォンクがここぞとばかりに全速力で突っ込む。アイラにそれを大きく回避する体力は残っておらず、覚悟を決めて刀を構えたまま正面で向き合う。すれ違いの時に一太刀浴びせると同時に、左右どちらかに滑りこむようにして避けようという魂胆だった。
「無茶だよ! 避けて!」
と言いながら、シャイナは体力を振り絞って隙を作るべく氷を飛ばす。幸い、スクォンクの動きは鈍るがアイラは微動すらしない。逆にチャンスが来たと不敵な笑みを浮かべる。
瞬間、魔物と人間が交差する。その瞬間アイラは右にステップを踏み、側面を下から思いっきり斬り上げる。それも先程斬った場所に、縦に交差させるように。
攻撃は赤黒い血が吹き出し、スクォンクは激痛の雄叫びを上げる。が、その痛みを怒りに変えたのか、身体を大きく動かし、長い尻尾を思いっきり振りきる。
「アイラ!」
シャイナが気付いた時にはアイラは真横から迫るそれに当り、間もなく大きく吹き飛ばされ、倒れていた。何とか致命傷は避けたらしく、なんとか立ち上がりはしたが、左手で右手を抱えて、苦痛の表情を浮かべていた。
「ハハっ、だらしないねぇ、この様……」
弱々しく笑うアイラに逃げる時も与えず、スクォンクは鼻息を荒くし、牙を前に突進する。このままだと確実に牙に貫かれるだろう。
アイラは逃げることも叶わず、反射的にその場で目を瞑る。シャイナの叫び声が聞こえるが、聞こえた所でどうしようもない。スクォンクが迫る気配を感じながら覚悟を決める……が、身体はいつになっても貫かれず、右腕の痛みだけが感じられたのだった。
「悪いな、少し気絶してもらう!」
身体が貫かれる衝撃の代わりに感じたのは、耳から女性の叫び声とスクォンクのうめき声。
何事かと思い目を開けると、重量感のあるスクォンクが今まさに地面に突っ伏す所だった。その横に立っていたのは、美しく光るロングソードを持った金髪の女性。髪は少し空中に浮遊しており、人知を超えた天使のようで幻想的だった。
「アンタがコイツを倒した……の?」
「まあな。といっても、殺してはない。少し感電させただけだ」
「感電?」
そう言って、剣を軽々しく左右に薙ぎ払う。すると、先程まで神々しく光っていた剣が輝きを失い、金属の冷たい銀色に戻る。
「それはともかく、大丈夫か? 見た所結構キツそうだが?」
「まあなんとかね……。それよりもありがと。助けてくれて」
と言いながら、アイラは立ち上がる。が、すぐにバランスを崩してしまい、倒れそうになる所を女性に支えられる。
「無理してるな。ほら、肩を貸す」
「ん……あんがと……」
そんなやり取りをしていると、シャイナが杖を放り投げて、叫びながら走ってきた。顔を見ると、ほんのり桃のように赤くなっていた。
「アイラ! 馬鹿じゃないの、あんな事して……」
「ごめん。心配かけたね」
「当たり前でしょ! 全く、この人がいなきゃ今頃……」
そう涙声で言う。それを見てアイラは笑う。怪我をしているのなんて構わずに、とても楽しそうに。それが彼女だった。
「ったく、悪かったわよ。ホントに……ってそういえば、名前なんていうの?」
名前を呼ぼうとして詰まったのか、アイラは唐突に問いかけた。彼女も名前を名乗っていない事に気付いたのか、咳ばらいをし自己紹介をする。
「私はラティ。魔法剣の使い手だ」
そう、綺麗なはっきりとした声で言っていた。