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忘れられた物語 †The forgotten story†   作者: 草餅
序章―――始まりの旅
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序章【Ⅳ】 不思議な感覚

「さっすが港町、色々あるわねぇ」

「そうね。あ、あれ何?」


 ここはシーブス。活気に満ち溢れた港町である。

 煉瓦れんがを基調とした道が長く伸びており、いかにも近代的な匂いを漂わせている。

 市場には雑貨屋、武器屋、宿屋などが立ち並んでおり、あらゆる人という人が必要とするであろう、一通りの施設が揃っている。長旅をしてきた旅人が羽を休めるのに、これほど恵まれた町はそう無いであろう。

 この国から他国に出港する船も、この港から全て出港しており、フォーマス、ブリドア、レスターまでの交通の便は完璧である。

 大陸生粋の港町と言われるだけの事はあった。


「ハァ……」


 そんな誰もが目を輝かせる風景の中、リックはため息をついていた。

 理由は簡単。何かの縁か一緒に旅をし始めたシャイナと、つい先日に出会ったばかりの女剣士アイラに振り回され、頭を抱えているのだ。

 いつのまにかシャイナとアイラは意気投合し、旅まで一緒にする事になってしまっていた。反対するも、助けられた側のリックには彼女たちの意見を断る力は無かった。

 全く、何であんなに強引な奴らなんだ?―――と道中、口癖のように呟いていた。


「あ、これって何?」

「これは占いの道具かな。こっちは……」


 二人はありとあらゆる店に周り、買いもしない物を眺めては楽しんでいた。その姿は、姉妹のようで、見てて微笑ましい。が、リックはそれに子供を遊ばせている親のように、ただ後ろに付いて行っているだけだった。もはやリックの存在は、彼女たちの思考の端にでも飛んでしまったようだ。

 いい加減、リックも耐えられなくなり、彼女らから離れることにする。


「俺は別ん所行ってるからなー。宿で待ち合わせだぞー」


 リックは夢中になっている彼女らに一応声を掛ける。はいはい~と即座に愛想の無い返事が帰ってきたので、やれやれと思いつつリックは一人で街中を歩き始めた。


 人の中に居るのが本能的に嫌いなリックは表通りを避け、裏路地を歩いていた。

 ここは特に目立った場所はなく、店も疎ら。人も時々ポツポツとすれ違うだけだった。

 そんな寂れた所の中に行き先があった。それは裏通りの角にある小さな武器屋。半分が固定されてなく、『ダイダロ』と書かれた看板は傾いた状態で、いかにも古臭い感を出していた。リックはその前に立ち、扉の取っ手を手前に引く。木製のその扉は、ギキィとまた古臭い独特の音を立てながら開く。


「いらっしゃい。どうぞごゆっくり」


 中に入ると、一人の中年男性がカウンターに座っていた。

 真面目に店番をしている様子はなく、右手にカップを持ちながら新聞を眺めている。


「よっ、ダイダロのオッサン。達者だったか?」


 リックは壁に掛けられた剣や、鞘に入れられたナイフを眺めながら、カウンターに歩み寄り、それに肘を付けながらそう言う。

 その声にダイダロと呼ばれている店主が新聞から顔を覗かせる。


「何がオッサンだ! ……ってリックゥ!?」

「当たり前だ。にしても寂れてる店だなあいからわず。看板くらいつけとけっての」


 右手に持ったカップを落としそうな勢いで、中年は立ちあがり、大笑いしながらリックの肩をバンバンと叩く。


「ディルが逝っちまってから……五年か。随分とでかくなったもんだな」


 ディルとは、リックの父親であり、五年前に病気で命を落としている。今リックが持っている剣と腕輪はディルの形見であり、剣術も親譲りである。


「六年前だろ、親父が死んだのは。ったく、忘れやがって」

「そういえばそうだったな。で、今日の用件は? お前の事だ、ただ会いに来たってわけでもなかろうに」

 久しぶりに見るリックを懐かしみながらも、ダイダロは用件を聞く。その顔は先ほどの怠け顔ではなく、職人の顔であった。

「ああ、この剣を研ぎ直してくれ」


 リックは腰から剣を取り、カウンターに荒い仕草でドサリと置く。

 それをダイダロは受け取り、慣れた手つきでさやから剣を抜く。


「また随分と荒く使ったもんだな」


 剣を目の前でずらしながら、ダイダロは品定めをする。刃の部分は所々刃こぼれしていて、とても良い状態とは言えなかった。


「自分でも手入れしてはいるんだが、どうも限界が」

「それはしょうがないさ。この剣は使い手を選ぶからな。使う者も、手入れする者も、な」


 ダイダロはいつもの決まり文句でそう言うと、鞘に剣を戻す。


「じゃあ三日貰うぞ。金はいつも通りだ」

「げ……少しは負けろよオッサン」

「そこでオッサンと言わなきゃ、考えたんだがな。素直に払え」


 二ヤリの苦笑するダイダロにリックは悪態をつき、店を出ようと背中を向けた時、目の前の扉が開いた。

 滅多に客の来ない店の扉が開いたのだ。リックは驚きつつも、その入店者を見る。


 それは女だった。

 髪は金色で、短髪。目は薄く緑が掛っている。服は、目と同じ緑に、黄色の綺麗な装飾が施された、シャツとズボン。露出が多い(むしろほぼ無い)服で無いにも関わらず、上半身にある盛り上がった丸みが物凄く目立っていた。用するに、大きいという事だ。


「……え?」


 リックはその女に何か違和感を感じた。それは胸が大きくて興奮するとか、美人だからではなく、もっと本心的な感じだった。理由は分からないが、胸騒ぎがし、腕輪を付けている右手が、どうもうずくのである。

 彼女からすれば、初対面の男にじろじろと見られているわけだが。

 少し不気味そうに、眉間に軽くしわを寄せて彼女は口を開く。


「えーと、合った事、ありま……す?」

「い、いや。こんな店に客なんて来るんだな、とな」


 リックはもっともな言い分で誤魔化す。言い分と言っても、実際にそう思っていはいるのだが。

 この店は、閑古鳥が鳴いている状態。いや、閑古鳥が住み着いて卵まで産んでいる状態だ。客という存在が来る事でさえ珍しく、この物騒なご時世にも関わらず、店を一日中無人で開け放っていても強盗一人入りやしない所。

 そこに客、しかも女が来るとなればそれこそ大事件である。


「ダイダロさんの腕は確か。来て何か悪い?」

「いや。にしてもよくもまぁ……」


 妙に自信ありげに彼女はそう言う。さらにこの言い草は、ここの常連だという事をリックに推測させた。

 それに答えながら、リックはダイダロの方を鼻で笑いながら見る。

 ダイダロは彼女の言うとおり腕は確かである。

 だが少々癖のある物を作るため、ダイダロの武器は普通の人からはあまり好まれない。好んだ事のある人物は全て頭に残っていると、本人は言っている。それほどしか客が居ないのである。

 という事は、彼女は彼の癖を敬愛する希少存在という事だ。良く言えば貴重なお客様。悪く言えば、変わってる。


「ところでダイダロさん、私の剣、出来上がってます?」

「ああ出来とるよ。ホラ、こんなんでどうだ?」


 彼女は剣を受け取ると、所々に宝石で細工されている鞘から抜く。剣は細いロングソードで、柄の辺りにもまた宝石―――ではなく、霊石の細工。そして金属の刃が光で反射して光っている。


「オッサンって、こんな貴族の剣みたいのも出来るんだな……」

「違う違う。俺がやったのは刃の所だけだ。他の装飾は既にしてあったよ」

「そう、この剣は私が持ち込んだもので、それを少し加工してもらっただけだ」


 と言うと、彼女は剣を左右に軽く薙ぎ払う。剣は、空気を斬る音を響かせて軽々しく舞う。

 彼女は1度その舞いを止めると、剣を自分の前に縦に持ち、口を開いた。


「冷たき氷よ、汝に力を……!」


 彼女がそう唱えると、剣の柄にはめ込んである一つの霊石が光る。と同時に刃が青み始め、刃から冷気が感じられた。

 彼女の容姿もあり、その姿はとある神話に現れる白夜の天使のようで、神秘的かつ美しかった。


「ま、魔法剣!?」

「中々の腕のつもりなんだけど?」

「腕と言うか……、使える奴を親父以外で初めて見た……」


 魔法剣と言うのは、その名の通り剣に魔法を宿らせる技である。 

 言葉では簡単だが、実際に使いこなすには相当の魔法の力と剣術がなくてはなく、実際に出来る者はこの世界にもほとんど居ないと言われている。希少存在なのだ。


「ダイダロさん、いい感じです。お代はこれで」

「我ながら上手くいったわい」


 ダイダロは満足そうに報酬の入った革袋を受け取る。その膨らみが、リックが似たような注文をした時より明らかに少なめだったのは言うまでが無い。


 実際、魔法を宿らせるように刃を加工するのは相当な技術が必要とされている。ダイダロも過去にその才能が認められ、国に雇用された事もあったが、自身の癖のために追い出された。そんな昔話を、リックは父親から聞かされた事があった。

 どうもその時に、ディルはダイダロと出会ったらしい。経緯は分からないのだが。


「じゃあ俺は行くな。オッサンの店、これからも通ってやってくれ。もう長くはないかもしれんがな」


 リックは彼女の隣でそんな冗談を言い、扉を押して店を出る。後ろから聞こえる「俺はまだまだ死なんわ!」と言うダイダロの声を無視して。


「ったく、失礼な奴だ。なあ、ラティさん」

「……」

「えーと、ラティ・フルースさーん?」


 彼女―――ラティはリックの去っていった扉をずっと見つめていた。忘れていた何かを見つけたような、透き通った瞳で。

 このような感覚を、ラティは初めて感じていた。


「あ、ああ、すみません。では、私もこれで」 

「あ、ちょ……」


 ラティは逃げるようにドアを開けると、ダイダロ一人を残して、店を後にした。


「何、あの人に対するこの感じ……。なにか不思議」


 店から出たラティは、早足で歩きながらそう誰もいない通りで呟いていた。


「そういえば、名前も聞いてなかった。一体、あの男は何なんだ」


 そんな物思いに浸りながら歩いていると、いつのまにか表通りが見える辺りまで来ていた。だが、様子がどうもおかしい。いつもの活気がある慌ただしさではなく、それはまるで混乱しているように見えた。


 ラティはどうも状況が掴めず、近くにいた中年の男性を捕まえ、事情を聴く。


「魔物だよ! 森の方から魔物が降りて来たんだ」

「魔物!? どっちですか?」

「あっちだよ、川の近くの。でも今は危険だから……っておい!」


 男性が説明を終える前には、ラティは彼が指差した方向に走り出していた。

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