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忘れられた物語 †The forgotten story†   作者: 草餅
序章―――始まりの旅
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序章【Ⅰ】 始まりの風

「ん……? ここは……どこ?」

 

 一人の少女が、冷たい夜風に吹かれて目を覚ました。

 森は既に夜の闇に包まれ、空には星と月が輝き、耳を澄ますと虫と鳥の鳴き声がだけ聞こえる。風が吹く度木が会話するようにざわめき騒ぎたてる。だが、それは人が住む町とは違う、どこか静かな空間。

 

 その横で、とある青年が黙々と火を焚いていた。

 

 髪は茶色で、ツンと立ったくせ毛が目立つ。目には緑色がかかっていて、くっきりとしている。右腕には美しい細工が施されている銀の腕輪をしており、傍らには特徴的な形の剣が置いてある。だが、剣は合っていても、その高級そうな腕輪は、青年には不格好だった。

 

「お、やっと気がついたか。お前、魔物を追っ払った後、ぶっ倒れちまったんだよ」

 

 青年は、たき火がパチパチと音を立ている隣―――毛布に包まって横になっている少女に話しかけた。

 少女の髪は、長髪でエメラルドの綺麗な色。今は崩れてしまっているだけだろうが、前髪にはただの飾りになっている赤いヘアピン。耳には紫に輝く宝石のイヤリング。目は澄んだ青色をしている。

 少女はゆっくりと―――押し倒してしまえば抵抗出来ないだろう程に―――幼く小さい体を起こすが、小さな悲鳴を上げて倒れかける。

 

「っっ!」 

「おいおい、怪我してるんだから無理すんなって」

 

 地面に引き寄せられる少女の身体を、青年は背中に手を当て受け止める。

 丁度というか、たまたまというか、いい具合に二人の顔が息のかかる所まで接近をする。

 

「あ、ありがとう」

「え? あ、ああ……」

 

 目で見つめられながら、初めて顔と顔で会話した少女は、綺麗な声をしていた。

 その綺麗な声の、いくつか年下の女の子に青年は今更ながら顔を赤らめる。いままで意識してなかったのだが、思えば寝かせるために抱きかかえたり、手当をしたりというのを今更ながら思いだしてしまい、恥ずかしく思ったのだ。それを隠すように、少女の身体の体制を建て直した後、たき火のほうへ体を向けてしまう。

 告白しようと面向かったにもかかわらず、何も言いだせない。そんな気恥かしさを露にしてしまった肝心な所で度胸の無い、男の情景を連想すれば丁度いい。

 

「どうしたの?」

「い、いや火が消えそうだったんでな」

 

 青年は動揺しまくりの、揺れた声でそう言った。

 不思議に思ったのか、少女は包帯が巻かれている右肩を抑えながら、青年の隣に体を動かし隣に座る。そのせいで、青年の心臓の鼓動は早くなり、顔は赤ワインのように真っ赤になっていた。普段はこんな事にはならない青年だったが、暗がりで知らない少女と二人きりになってしまったせいか、何故か今だけはそう興奮してしまっていた。

 幸い暗がりで、青年の表情に少女は気付かないようだが。


「火、全然大丈夫じゃない。それにどうしたの?」


 少女は青年と全く逆で、全く緊張していない。元々緊張しないのか、それとも鈍感なのかは分からないが、青年としては後者でいてほしかった。気づかないふりをされているのは嫌だったからだ。


「……名前は?」

「え?」


 自分が動揺している事を誤魔化すように、唐突に青年は言った。揺れた声で。今は誰も居ないが、第三者から見れば、全く誤魔化せていない。むしろ、動揺している事がまる分かりである。


「名前だよ、なまえ。まだ聞いてないだろ?」

「そういえば……確かにそうね。私はシャイナ。シャイナ・トールギスト」


 青年はその名前を聞いて、さらに心臓の鼓動を早める。

 それを紛らわすかのように、青年は口を開く。


「俺はリックだ。リック・レーランス」

「リックね…うん、よろしく」

「ああ」

 

 お互いの自己紹介が終わり、何とも言えない雰囲気になる。

 それを焦らすように森の木々が風で揺れ、静かな森に木のざわめきが響く。

 その風に、シャイナのエメラルドの髪が横に靡く。

 その姿は髪の色が焚き火の明かりでほんのり照らされていて、どこか神秘的で、美しかった。その雰囲気のせいで、普段は全く無いこの緊張があるのだとリックは悟り、心の中で自分を笑った。

 

 リックは見惚れていたが、シャイナが口を開いたため、思わず目線を反らす。というか、逸らすという選択肢しか、女を口説くなどという高度な技を身につけていないリックには、これしかなかった。

 そもそも口説こうなどとも考えてはいないのだが。


「風の音、聞こえるね」

「ああ、まるで俺たちに何か話しかけてるみたいだ」  

「何が言いたいんだろう……」


 シャイナが髪を抑えながら静かにそう言うと、答えるように風はもう1度、強く吹いた。

 その風に乗せられ、綿毛の付いた種が一つ、夜空に舞い上がる。

 種は森の木々が全て見渡せる所まで舞い上がり、そして流されていく。 

 種は始まり、風はそれを送る。それはどこまでも遠く、長く。

 その始まりの風が、いまゆっくりと森の中を駆け抜けた。






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