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忘れられた物語 †The forgotten story†   作者: 草餅
3章―――変わる世界
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3章【Ⅰ】 高地草

「うぅ……寒い。上着作っといて正確だったな」

「確かに。にしても、本当に方向こっちでいいんでしょうね?」


季節的にはそろそろ暖かくなってきてもいい頃だが、未だなお肌寒さが残る山中。天を目指しているかのように高く伸びた木々がすくすくと生い茂っていた森は一週間前程には姿を消し、今周りには高高度の厳しい環境で生きる事に適用した、背が低く奇形な形の植物ばかりが見えていた。


「何回も言うなっての。大丈夫だ。俺の記憶と方向感覚が正しければ、この山を越えた先にブリドアがある……」


 と思う。という、発言するとかなり問題になるであろう言葉は、呑み込んで心の中に鍵をして閉まっておくのが最善だと判断する。


「全っっっっっ然信用出来ないんだけど」


 言わなかった所で、アイラが思うリックの価値観は変わらないのだが。

 リックとしては情けない限りなのだが、男という立場にいるに関わらず特に頼りがいがあるというわけでもなく、どちらかというと主導権は常にアイラに握られているのが現状。魔物を倒すにしろ、限られた食材の中で調理をするにしろ、暇つぶしの遊びを考えるにしろ、アイラとの能力差は多く見積もって五分五分。アイラに勝った……というか、役に立っているといえば、魔法の回復技法の発達で肩身が薄くなりつつある薬草等での治療の知識だろうか。それが無ければ、アイラの体調も今ほど回復はしていなかっただろう事は認めざるをえない。


「適当に歩くよりかマシだっての」

「まあ確かにねぇ……」


という会話を二人するのも一体何度目なのだろうか。三日に一回はしているのだから、ゆうに十回は越えているのだろう。


 二人が向かっているはずのブリドア帝国。凍えるように冷たく、大陸に北側に国土に構え、世界最大の領地を持つ巨大な帝国制国家。何百年と続く歴史の深い国であり、その背景には常に軍事力の高さが付き纏っている。領地が世界最大ならば、その国力も故に世界最強。優秀な将軍に、訓練された屈強な兵士。過去の大きな大戦の記録には十中八九、ブリドアという国名が欠かさず記載されていた。

 長く続く弱肉強食の歴史の中で、常に強大な力を示し続けている国。それが北の大帝国、ブリドアなのだ。


「それにしても、いくら歩いても山、山、山! しかも魔物にあきたらず、植物まで気味悪いのばっかだし……。いままでのを勘定に入れても、かなり衝撃的な旅ね。全く……」

「せめて食べ物だけでもマシになってくんねぇかな。不味いってわけじゃないが、この味は何とも……」


 そう言ってリックはポケットに突っ込んであった、魔物の肉を干した物を口に放り込む。出所は4日に一度ほどのペースで遭遇する、大きい牙を持った兎のような魔物。

 妙に硬いわりに噛んでも噛んでも美味く表現出来ない甘さが口に広がる、という代物だ。どうやったらこんな味が出てくるのかと不思議に思う。ちゃんと人里に戻って調理すれば、意外と美味い料理に変貌するかもしれないなと、食べる度に思ったりするのだった。


「一応私も食に関しては、色々と工夫はしてみてるけどねぇ。あのちんちくりんな草を調味料で使ってみたりとか、クルクルしてる木に生ってる実をすり潰してぶち込んでみたりとか」

「……何だって?」


 何の調子の変化も無く言ったアイラのその言葉に、リックが眉をひそめる。そんな物を入れてるなど初耳だ。それも今上げた物は、全て怪しいからと言って避けていた物ばかり。


「おい、もしかしてそれ、俺食ってるか?」

「何? 当たり前じゃない。私は食べて無いけど」


 すまし顔でアイラは言うが、リックにとってこれはかなり重大問題である。早い話、得体をしれない物を食い物に盛られてたという事なのだ。一歩間違えれば、毒殺とそう変わらない。ここには食べただけで有に一日はもだえ苦しむだろうという代物から、気付いたら命が無くなっているという物まで、色々な危険物が存在しているのだから。


「それ、食えるのか確認したのか……?」

「したわよ、一応。変な虫がそれ食ってるから大丈夫かなーって」

「得体の知れない物を得体の知れない虫が食ってるのなんて信用できるか!」


 そう言ってリックは足元の植物に張り付いてる蜘蛛なんだか蜂なんだか魔物なんだか分からない、虫のような生物にやつあたりし、蹴り飛ばす。だがアイラは動じる事は無く、その食材の安全性について再び語り始める。


「信用出来るわけないじゃない。だからリックで毒味したんだけど」


 コロッと末恐ろしい事をする女だと、リックは心内で叫んでいた。勿論、その件に関しては糾弾するのだが、アイラは全く動じず、むしろ自身気なのである。

 ペースは完全に、アイラの物。


「あー成程。毒味は大事だ……って、お前は俺を殺す気か!」

「別に殺そうとまで思って無いわよ。おかげで料理のレパートリーが増えたんだから、別にいいじゃない。ねぇ?」

「その“ねぇ”はなんだねぇは。もしかして、こないだ俺が腹壊したのそのせいじゃねぇのか?」

「こないだって、いつよ?」


 リックは腕を組んで唸るようにして、あまり思い出したくないそれの記憶の棚を一つ一つ空けるようにして、引きだしの中身を探る。

 該当する記憶が思い出せたのか、腕を解いて手をくるくると回し、その物の形を模しながら説明する。


「なんだったっけか……。ホラ、あの真っ赤でグルグルしてるアレを焼いた奴。あれ食った時」

「ああ。あの時はちんちくりん草だったわね。いっやーあの少量であの威力とわねぇ……。少なめにしといてよかったわ。感謝してね」

「ああ、助かったぜ……って、よくねぇよ! なんだよ、お前は俺に何か恨みでもあんのか!?」

「別に~」


 こんな風に騒ぎながら歩く事も、今までに幾度となくあった。最初は不安と焦り、時には恐怖を。そんな負の感情しか生まれなかったこの地だが、どんな環境でもそれなりの時を過ごせば人は適応するのだ。そのせいか、今の二人には遭難というより、ただあてもなく旅をしているという言葉の方がよく似合うようだった。


「ったく、何でこんな奴助けるために命張ったんだか……」

「何か言った?」


 リックが一人言で愚痴を漏らすと、笑顔で顔を覗きこんでくるアイラ。あまり反抗すると後が面倒そうなので、リックは「特に申しておりません」と、執事のような気取った口調で答えておく。


 その後は特に話す話題も無く、二人ほとんど無言のまま山を歩く。別に気まずくなったわけでも、どちらかが機嫌を悪くしているわけでもない。これが山を歩いている時の平常状態であり、続いている遭難生活の普通なのだ。

 無言でひたすら歩く事は悪い事では無い。話さなくともそれなりに意思疎通出来るからこそ成り立つ、不思議な状態。親しくなればなるほど、会話は最小限で済むという訳だ。初戦知り合い程度では、話していないと相手が何を考えているか分からない。だから、人というのはよく話し、騒ぐのだ。自分の心で思う意思を相手にどうにか伝えたいからか、ただ単に蟠りを吐き出したいからか。


「……ん?」


 不意にリックが立ち止り、疑問符をあげる。いつものような軽い表情は消え、妙に何かに集中しているようである。アイラが話しかけても返事は帰って来ず、遠くを見て何かを探すようにしており、微動だにしない。


「おーい。生きてる?」

「臭わないか……?」

「……はぁ?」


 リックは無表情でアイラの問いにそう答える。だが、その内容と言い方があまりにも間抜け面で滑稽だったために、アイラは口をあんぐりと開けて呆れてしまう。

 

「ちょっとねぇ……アンタ大丈夫? 随分前から思ってたっちゃ思ってたけど、やっぱり頭……いかれてた?」

「前からはともかく、今はそうかもしんねぇな……」


 らしくもない、リックの曖昧で謎かけのような答え。別に深い意味は無く、リックは本当に心からそう思ったのだが、アイラはどうも面倒な言い草に苛立ちさえ覚えていた。


「で、一体何がどうなわけ?」

「やっぱ俺、どうかしてんのか……」


 アイラが再び問いかけるが、既に耳に入っていないようである。一人自分の世界に入り、どうやら色々と考察しているようなのだが、アイラにとっては人の質問に答えないただの不届き者にしか感じられなかったようだ。

 苛立ちは次々と増すばかり。


「……」


 そういう訳で、不届き者には天罰を下すという結論に彼女は至った。


「舐めてるわけねぇ……なら」


 アイラは目をつむって、はぁと大きいため息の後、右足を後ろに振り上げ、一気にリックの脛に向けて靴のつま先を勢いよく打ちつけた。


「いっでえぇぇぇえぇ!!」


 突然の衝撃にリックは冠絶の叫び声を上げる。多少大げさかと思われるかもしれないが、無防備な状態で脛蹴りを食らう、しかも靴の先で思いっきり勢いをつかられてというのはかなりの物である。数日は痛みが抜けないのはほぼ確実だろう。


「ったく暴力的な……お前、普通いきなり脛蹴るって―――」

「アンタ剣でぶった斬られなかっただけでも感謝したらどう? で、何がどうなんだってのか聞いてんだけど!?」


 リックは言い返そうと大きく口を開こうとするが、いざ言おうという時にアイラが詰め寄りつつ、の右手が刀の柄のほうに添えられるのを確認する。表情はこれでもかという程笑顔であり、余計恐ろしさを倍増させる。


「……まぁいいか。で、さっきっからどうも臭うんだよ」


 鼻をくんくんとさせながら、リックはそう答える。鼻の良さははやい今までの旅で培われて来たものらしく、リックに言わせると旅では鼻が強いと、色々と便利な事が多いらしい。


「それは分かってんの。何の匂いかって聞いてるのよ」


 リックは質問には答えた。答えたのだが、数秒の沈黙の末に、ゆっくりと慎重に口を動かした。もしこの言葉が本当ならば、今の状況がやっと動くという事なのだ。

 その衝撃的な言葉に、アイラは驚きを隠せなかった。


「……人の匂いがすんだよ」


 そしてリックはその匂いに方向に向かって走り始めた。

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