2章【ⅩⅢ】 理由
「だーかーら、何でお前が乗ってるかって聞いてんだよ!」
船室にヴェンの怒鳴り声と握り拳をテーブルに叩き付ける音が大きく響く。だがそれで空気が凍りつく事も、熱くなる事も無い。各々、それなりに卓を囲んで楽しんでいるわけである。
レスターから出港し、周りに見える景色全てが水平線になった頃。ヴェンの提案により、一度自分達が今どんな状況になっているかを確認し合おうという話になった。
そしてまず最初に浮き出てきたのが、リィーデが船にいる事。一緒に旅をするどころか、そう親密な関係でも無い少女がいつのまにか潜り込んでいた。よくよく考えればかなりありえない状況なのだが、あまりに溶け込み過ぎて誰も気にしていなかったのである。
「だって着いていったら面白そうだったし、別にいいじゃん」
リィーデは肘を付いて眠そうにしながら、ヴェンの質問に流すように答える。目線は一応ヴェンにむいてはいるのだが、目力が皆無である。もやは興味というのを示していなった。
「面白いなんかで普通国を出るまでするの?」
「さぁね。でもレスターにいても追っかけられるだけだし、別にトチ狂った行動ではないと思うけどねー」
「追っかけられるって、あの襲ってきた人達?」
「そうそう」
興味どころか、シャイナと女の子同士、仲良く話している始末である。
狼の足の速さに、人は追いつくことは出来ないのだ。
「おいラリー。俺の立場ってどうだと思うよ?」
ヴェンは愚痴るようにして、腕を組んで前にの席に座るラリーに問いかける。返答はすぐに帰ってきたのだが、ヴェンが期待しているような返答では勿論無かった。
「低いな」
目も合わせず簡潔にラリーは冷たく低い声で言う。要は、どうでもいいから黙ってくれ―――という訳だ。
「へっ、聞いた俺が悪かったよっ!」
そう言いヴェンは舌打ちを一度鳴らし、ジョッキに入っているビールを一気に喉に流し込む。結局は、これが一番効率的かつ、合理的はストレスの発散方法という事なのである。
金は無駄に無くなっていくのだが。
「で、その襲ってきた奴らは何者なんだ? いい加減教えろ」
「あーそういえばまだ教えてなかったっけか」
ラリーは顔をリィーデのほうに向けると、真剣な目で睨むようにして質問する。リィーデもいい加減話の切り替えはするらしく、そこそこ真面目な顔になってから口を開く。だが、相変わらず鼻で笑いながら上からの目線ではあるのだが。
「散々じらしていたのはお前だろ」
「まーそうだけどね。んじゃあ仕方ない、教えてあげよっか」
「当たり前だ」
そもそもヴェン達がレスターから逃げるようにして出港する事になったと言えば、正体不明の奴らに追いかけ回されたからである。それも、子供がするような鬼ごっこというわけにはいかない。生死を賭けた命のギャンブル。そんな事になるに至った原因が、今リィーデの口から語られようとしてた。
「信じるか信じないかは別だけど、まぁ話すとしますか」
「既に信じられねぇような事ばっか起きてんだ。今更何を言われても変わらねぇよ」
あらそう、と不敵な笑みを浮かべてリィーデは言ってから、咳払いを一つし本題に入る。その第一世からして、かなりぶっ飛んだ物だったのは言うまでもないであろう。
「あの襲ってきた奴らは、レスター軍。分かる? 軍隊よ軍隊。それも正規兵」
「嘘言うなホラ吹き情報小娘め」
「ふ~ん」
即答で否定の声が、ヴェンより上がった。瞬間、腰に付けている片手剣を目にも止まらぬ速さでリィーデ抜き、笑みを浮かべて投擲する。それはヴェンの座っている場所目掛けて飛び、目の前の机の表面に突き刺さる。握り拳一個分奥に飛べば、ヴェンの肉を貫き真っ赤な液体が飛び散っていた、という所である。
「でも理由がなきゃ、軍隊がそんな事はしないでしょ?」
「まぁ確かにそうね。でも、ちゃんと理由はあるってわけだから、こうなるわけよ。ほら、こないだすっごい嵐があったでしょ? そん時、レスターの港に辿りついた他国船はこの船だけだったの気付いた? これが、あの連中に追っかけたれた理由」
そして最後にラリーに試すような目線をリィーデは送る。言葉こそないが、これはれっきとした物の伝え方である。ラリーもその目線だけで言いたい事が分かってしまう辺り、こういう生臭い会話に慣れているのが窺える。
―――つまりは、それが国の意向、って事か……
正規軍が動くという事は、ほぼ間違いなくそういう事でもある。そして別の見方をすれば、レスターという国が、不穏な動きを見せているという事である。
因みに、先ほどからヴェンの身に起こった事に関しての意見は皆無である。
「じゃあ何で俺の船がここにたどり着いたからって狙われなきゃいけないんだ? こっちは命辛々抜けだしてきたんだぞ。何かこの国に辿りついて、厄介な事でもあるのか?」
こんな話を聞けば、誰もが思うである疑問。当たり前だ、この話には情報が足りなさすぎるのだ。
まず、何故レスターに辿りついた他国船がヴェン達だけなのか。確かに激しい嵐ではあったのだが、一隻しか無事でないというのはあまりにも偶然すぎる。運が悪かったと言えばそれで終わる事だが、何十隻もの船が海に沈むというのは確率的にあり得ない事に等しい。
非力ながらも、人は自然に抗おうと最善を尽くしているのだから。
次に、辿りついたからと言って国から狙われる理由。これが分からなければ話の本筋が見えてこない。 理由という物は常に物事にまとわり付く物であって、人が何かをする原動でもあるのだ。
そして後一つ。追われた事に直接的に問題は無いが、観点を変えればとてつもなく重要な事があった。それは理由によっては簡単に片づけられる物でもあり、場合によっては一番難しい問題でもある。
「んじゃ逆に質問してみようか。何でだと思う?」
リィーデは腕を組みながら、まるで謎かけをする詩人のようにしてその返答を三人から待つ。最初に答えたのは、最年少であるシャイナ。だが幼い彼女だからからこそ、ありえそうでもっともな理由を思いつく物である。単純な考えは、時にいい方向へと導く。
「ヴェンが密輸でもしてたんじゃないの?」
と、シャイナがいたずらっぽい声でいう。それにラリーは鼻で小さく、リィーデは子供のように楽しそうに、二人は笑った。ヴェンは一人でやれやれといった風だったが。
「成程。なら、今樽に縛り付けてレスターのほうに流せばいいな」
「酒樽ならありそうね。どうせ飲みまくってんでしょ?」
お決まりのような流れだが、人数が増えようと減ろうとも例外なくこうなるのはこの集団に属するために、持っていなければならない最低限の能力だからかもしれない。
そもそも、これが出来る人間しか寄ってこないだけなのかもしれないが。
「待て待て。確かに時々ヤバい物を運ぶ時はあるが、法律はギリギリで守ってるからな。それに、そんな事をするのは年に数回あるか無いかだ。基本はただの荷物運びだぜ?」
勿論ヴェンは多少の肯定を除いて、大まかな部分を否定する。当たり前だが他の面々も本気でそう思っているわけでは無いので、この意見はすぐに流れる。
そして次に口を開いたのは、最年長だと思われるヴェン。若者と中年の間というまだ長い経験という程生きてはいないが、何年もの船旅で得た知識から導かれる理由は様々な観点から考察された物ななのであろう。
「全ての船に沈んでもらわなきゃいけなかったから……ってのはどうだ?」
それを聞いたリィーデの表情が変わる。だが、まだ正解という訳では無いようで口元をニヤニヤさせながらそれに採点する。
「七十点って所ね。合ってはいるけど、重要な所が欠けてるし」
「それって、何で沈んでもらわなきゃいけないか……よね?」
「まぁ俺もその仮説は浮かんだっちゃ浮かんだんだが。そこは傭兵さんに答えてもらおうぜ」
お前なら分かるだろう? と言わんばかりに目配せをラリーに送るヴェン。腕を組んで座っているその傭兵は、何かしら思い浮かんだ表情にはなっていた。歳はまだ若者と言えるほどだが、傭兵として営んできた経験はあらゆる情勢を把握し、冷静に物事を判断出来る。そんなラリーが出した意見は、もし事実ならばヴェン達はとんでもない事に巻き込まれた事になるような物。
「レスターは外国船を自らの港に入れる前に、深海の底に葬りたかった……からか」
つまりは、レスターは嵐の慌ただしさに紛れて自分の国に向かう船を全て撃沈したかった。という仮説である。ヴェン達はこの騒動の中で運よく海の藻屑となる事を避けられ、たまたまレスターに辿り着いてしまったため狙われた。そういう事を意味していた。
「まぁ九十点。ほとんど合ってるけど、これだけだとまだ肝心な所が分かって無いってね。因みにそれは―――」
「何で葬りたかったか……だな」
「ご名答ね、密輸犯さん」
「そらーどーも」
国が軍を使って他国船を潰したがった理由。そこまでの事を国がそう簡単にするわけがない。今はまだ知れ渡っていないが、もしも撃沈された船の事が他国の耳に入ればどうなるだろう。人という生き物は、剣には槍を、牙には角を、死には報いを求めるのだ。
「それが本当だとすれば……いや、まさか。そんな事は起こりえる物なのか?」
ラリーが珍しく、焦りが混じった声で自問自答する。答えは否定。否定の理由としては、事実ならばとんでもない事が起こりえてしまうからである。
「言ってみてよ? まだアンタ達のは正解までは辿りついてないし」
意地でも自分の口からは言わずに、どうしても誰かに言わせたいのか。ラリーの口が動くのを、リィーデは子供のような目線で、じらすように待っている。ヴェンとシャイナも同じく、彼の口が動くのを待っていた。自分ではあまり口に出したくないのだ。
妙な緊張感が、卓を中心に広がっていた。
そして数秒経った後に、ラリーはゆっくりと言葉を選ぶようにこう言った。
「……戦争、か?」
「残念ながら、九九点」
即答されてしまう。
まだ足りない要素があるという事に、ラリーは驚きを隠せない。これ以上の何かなど存在しない程の事を言ったにもかかわらず、何かが足りないとリィーデは言うのだ。
「じゃあ何なんだ、その欠けている一点は」
だから、こうして聞く事しかラリーには残されてなかった。
結局、この論議の結論を言えるのは、事実を知るリィーデだけなのだ。まだ少女の身体つきだが、彼女の存在感は身体とは違って強大な物なのである。その小さな身体の中には、傭兵や船乗りも知らない、何かを持っているのだから。
人の価値観は、見た目では決まるものという訳にはいかなかった。
「戦争は戦争でも、起こるのはそんな言葉じゃー表わせない」
リィーデはそう言って、一拍間を空ける。じらしているのか、自分でもそれを口に出すのは気が引けるのか、それともこの間で起こる三人の反応を面白がっているのか。
シャイナは不安そうな顔で、行く末を見守る。
ヴェンは神妙な顔つきで、黙っている。
ラリーは腕を組み、作っただけの無表情のまま、その言葉に耳を傾ける。
そして狼は、軽くも重要な事は決して漏らさないその狡猾な口を、ゆっくりと開いた。
「世界中が巻き込まれる戦争が始まるのよ」
瞬間、世界が凍りついたかのように冷たい空気が卓を覆いこんだ。
Ⅺ、Ⅻと来れば13なんですが、13って変換無かったっけそういえば…
仕方なしにⅩ(10)とⅢ(3)でやったらデカくなってしまった…