記憶―――探究
―――人には必ず、欠点と利点が必ず存在する。万能な人なんていりゃしない。俺はそう信じている。
地道に働く商人、詩を唄う詩人、金をばらまくように使う金持ち、馬鹿みたいに態度をでかくして大通りを占領する王族。俺はどれも腐って見えた。とにかく汚れているんだ。勿論、その中には俺も入っている。当たり前だ。人は腐った所ばかり目立って見えて、見る生き物だからだ。ただ昔は、俺だけは違うと、ずっと思いこんでいたがな。
自分という存在以外は、何もかも信じられなかった。理由は二つ。俺には家族が居なかったのと、自分以外を全く信用出来なかったからだ。俺は一人で生きてきた。形だけの仲間こそ居たが、一人、また一人とその姿は日を重ねるにつれて、世という不条理な世界から姿を消していった。何故消えたかは、詳しくは知らないが、大方二通りだ。生きる術を失って干からびたか、あるいは殺されたかだ。
ある日、俺はよそ者の船乗りを見つけた。大して金持ちには見えなかったが、身に付けているナイフの装飾が豪華だったので奪ってやろうと思ったのだ。だがソイツを狙った決定打は、何よりよそ者という所だ。よそ者は町はずれをうろつくとどうなるかを知らない。
しかし、何年も人の財産を奪いそれを生活の糧にしていた俺だが、ソイツの物を取ろうとした時、あっさり捕まり、船の倉庫にぶち込まれた。今思えば、一人で行かず仲間でも呼んでおけばよかったんだ。全く、思い出せば思い出すほど馬鹿だったな、俺は。
今まで何人も見てきた、この国での末路。捕まった人間の末路は十中八九奴隷になるか、殺されるかだった。女だったら妾にされる事もあるらしいが、それはほぼありえない。そりゃそうだ。捕まるような事をする奴に、妾にしてやろうという気持ちを芽生えさせるような女はそうそう居ない。まぁ、俺は男だからその辺りは関係ないが。
その時、俺は死を覚悟した。いや、生きたとしても奴隷にしかなれないんだ。自分で死んじまおうと思った。だが生憎、倉庫なんかに自殺出来そうな道具は無かった。じゃあ舌でも切るか……そう思った時だった。倉庫の扉が開いた。開けたのは俺が窃盗しようとした男。そしてソイツは、予想外にもしない言葉を、俺に言ったんだ。
―――お前はまだ、世界を知らない。知りたければ俺と来い。
そして男は俺の目の前に、一本のナイフを放り投げた。果物を切るためにあるような生易しい物では無い。人を殺すために作られた、凶器としての武器。
―――何でコイツを渡す? 俺はこれでお前を刺すぞ。
―――どうだかな。俺はお前が俺を刺す勇気があるとは思えねぇ。せいぜい自殺が関の山だろうよ。
―――!?
そん時の俺の顔は、恐らくとてつもなく滑稽だっただろう。見事に図星だったんだからな。ただ、あの時も俺はその後聞こえてきた男の笑い声に血が登り、ナイフを鞘から抜いた。冷たい刃を男に向け、腹にそれを向ける。だが、男の言った通りだった。俺は冷たい刃の先端を、ソイツの腹で止めた。そう、結局俺は殺せなかったんだ。振るえた手はそれを冷たい床に落とす。そのナイフを見ると、切っ先だけ、赤くなっていた。
そしてソイツは微動だにせず、俺に一歩だけ近づいてこう言った。その言葉が俺の人生を変えた―――いや、決めたと言った方がいいだろう。それほどまでに衝撃的で、壮大で、優しい言葉だった。
―――一緒に世界を回ろうぜ。そして探そう、世界で一番美しい物をな。
俺は唖然としたよ。当たり前だろ? 普通さっきまで自分を殺そうとした奴にこんな馬鹿らしい事言うか? 少なくとも俺だったら、ソイツをひっ捕まえてぶちのめす。だが、男は俺に紛れも無くそう言ったんだ。
この日から、俺の世界を回る旅は始まったんだ。