表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
忘れられた物語 †The forgotten story†   作者: 草餅
2章―――動き出す心
17/28

2章【Ⅳ】 嵐の余興

 船の甲板で肘をついて、広い世界のどこからか流れてきたであろう生温かい風を、リックは受けていた。


 ―――ディルとは、昔旅をしたのよ。丁度、今のあんたらと同じね。


「……」


 右腕に付いている、父の肩身―――銀色の腕輪をじっと見つめながら、リックは何度も、リューナとの会話を、頭の中で繰り返していた。


 ―――え? どんなだったって? そりゃー今のリックとそっくりよ。単純で、無鉄砲で、好奇心旺盛。そして何より、近くにはいつも仲間がいた。私もその中の一人だったわね。

 ―――そっくりだったか……。親父の奴、偉そうに言う割には大して変わらなかったんじゃねぇか……。


 自分の昔話、そしてリックの記憶に無い母親の話。全く語る事の無かった父親。隠したいという雰囲気ではなかったが、昔の事を聞くと空を仰ぎながら黙り込んでしまったり、今は形見となってしまった腕輪をぼんやり見つめたりしていた。だから、リックはディルの昔話を聞こうとはしなかった。いつか自分から話してくれると思って、尋ねないでいたのだった。


 しかし、リックが自分の父親の昔話を知りたいと思った時には既に、ディルはこの世から去っていた。


 聞く事が出来なくなった父親の話。ディルの交友関係もロクに知らないリックは、父親が生きた時の物語を知る事が出来なかった。唯一の手掛かりは何も語らない、形見の銀色の腕輪。それを見続けているうちに、時だけは無情に過ぎていた。



 ―――なぁリューナさん、一つ質問いいか?

 ―――まあ内容によるわね。


 だからこそ、この唐突に訪れた物語を知る機会。リックはようやくこの質問を、答えの知る人物に問う事が出来たのであった。


  ―――じゃあ、この腕輪……


 ♦†♦†♦†♦†♦


「……ンス、レーランス。聞こえてるのか? だったら返事をしろ」

「……ん? ああ、ラリーか。何だ?」


 リックは頭の中の妄想から、一気に現実の世界に引き戻される。一体どれくらいの時間ここにいたのか、自分では覚えていない。時間の感覚まで吹き飛んでしまうほど、物思いにふけっていたのだ。


「何だって……。お前、海が今どうなってるか分かるか?」


 あまり表情は変えていないが、声質が明らかに違う。ラリーは心底呆れている声をしていた。


「海……? ああ、波がおかしい事になってるな……」


 やっと意識が頭の外を意識し始めたのか、リックが海の変化に気づく。海は時化しけ始め、風は音を立て強く吹き荒れている。

 船の後方、舵のある所に、ヴェン、アイラ、シャイナは地図を広げて話していた。地図はリックのボロである。陸図だけではなく、海図も正確な情報を記す事から、ヴェンに貸しているのである。


「おいヴェルドナ、どうなってるんだこの海。こんな妙な荒れ方、見た事無いぞ?」


 そう言って空を仰ぐ。雲は渦巻くように動き回り、ゴロゴロと雷が音をたてている。この時期の海は、比較的気候は安定しているはずなのだが、そんなのはお構い無し。


「俺も始めてだ。だが現実、海はご機嫌斜めだ。ぐちぐち言っている暇なんかなさそうだぜ。じゃなきゃ、さっさと沈むか」

「沈むって……。やだ、怖い、アイラ……」


 アイラの腕にしがみ付いて、シャイナは怯えていた。まだ子供っぽ所があるなと、アイラは思いながら、その小さな手を握っていた。


「で、実際問題どうなってんの?」

「まぁ落ち着け。こういう時こそ状況確認だ」


 ヴェンは開いている地図の一点を指さす。場所はレスターの北東の海上、ここが現在位置である。出港前のヴェンによれば、この季節に流れる、ウェストレスター海流に乗り、このまま南西に進み、フォーマスの南の町、ウェロンに到着する予定だった。

 海流に乗るまでは予定通りなのだが、現状、今海は大荒れである。この季節にこの地域の海が大荒れする事はありえないはずだと、ヴェンは説明したが、見事にこの様である。


「でだ、今行ける進路は二つ。このまま予定通りに南西に進み、ウェロンに付く。そしてもう一つは、南に進路変更し、レスターに行くか……だ」


 ヴェンは指で進路を示しながら、丁寧にそれを説明する。ラリーだけは話を理解し、相槌を打つが、他の面々は完全にお任せ状態である。


「ったく、頼りにならねぇ連中だな……。ラリー、どっちがいいと思う」

「一度レスターに行って、様子を見るべきだろう。と言っても、俺はそこまで詳しいわけではない。船長殿の意見は?」

「いいや、いい判断だ。よし、それじゃあレスターに舵を取るとするかな。それで文句無いな?」


 こういう時のヴェンは、お調子者の馬鹿では無く、頼れる船長だった。ただ、実行に移す内容を理解してくれる人間が、船員を除くとラリーしか居ない。そのせいか、頼れる一面のイメージはどうも目立たず、軽い部分が際立って目立つ。なんとも不遇な男であった。


「よく分かんないが、それでいいと思う」

「私も。近い方が安全なんでしょ?」

「こんな海からさっさと出ようよ……」


 ラリー以外の三人は、今の危機的状況の回避方法を、どうも重要視していないようである。その姿に、ヴェンは心底呆れ、ラリーに縋るように同情を求める。


「俺の言っている意味を理解してくれるのはお前だけだ……」

「それはどうも。さて、指示をいただこうか」

「無論、指図させていただくさ。よし……」


 そう言ってヴェンは、バンダナをきつく締め、全員に言い放った。


「俺がいる限り、この船―――ミストラルは沈ませねぇぞ!」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ