2章【Ⅲ】 次の目的
「船に乗せろだぁ?」
「金は無論出す。航海中も力仕事くらいにならやれせてもらうさ」
「いや、問題はそこじゃねぇよ。何で傭兵が雇われても無いのに個人の船に乗りたがるんだよ? 密偵か何かか? それとも連絡船に乗れないよほどの理由があんのか?」
結局酒場で一日を過ごしたヴェンとアイラ、そして酒場でアイラが出会った男。Ⅲ人は仕事終わりの人間が歩く、夜の大通りを歩いていた。人波は買い物に明け暮れる主婦から、酔っぱらう親父に変わっていた。
「その2つとも違うな。俺はただなんとなく、着いていけば面白い事になりそうな気がしてな」
酒場で出会った、黒に青味がかかった髪の男―――名をラリー・ヒュイールと言う。どこか不思議な雰囲気を漂わせる傭兵。影がある、という言葉がよく似合う。そんな人間だ。
「いいじゃんヴェン。どーせ馬鹿みたいに部屋余ってるんだしさ~」
「まーな。こっちも人出がアイツと他の船員じゃ足りない所だったしな。いいぞ、乗ってけ」
いとも簡単に乗船許可をするヴェン。気前がいいのか、それともケチなのか、つくづくよく分からない奴だと、アイラは頭の中で思う。ただ不動な気持ちは、ただの馬鹿野郎という所。
ラリーはヴェンの了承を得た事を確認すると、ポーチから革袋をとり出し、ヴェンに値段を聞こうとする。が、条件がある―――と、ヴェンが人差し指をかざして付け足す。
「金なんて物はいらねぇ。ただし、客人扱いはしない。狎れ合いは無しだ」
また突拍子な条件を出すヴェン。この男の行動はホントよく分からないと、アイラはつくづく思う。そこがいい所でもあるのは、確かなのだが。にしても、また寒いセリフだ。
「金はいいのか?」
「いらねぇ。あんなの所詮、金属の塊だ。この条件が呑めないなら、お断りだ」
ヴェンは何故か、金を大事に思わない。荒遣いするとかではなく、金という物の価値観がかなり低いというべきだろうか。欲が無いというわけでもなく(むしろ欲はかなりある)、金にだけ興味が無いのである。何とも不思議な男である。
「まあ俺は構わないが……。ヴェルドナ、だったか。本当にいいのか?」
「構わないさ。じゃあ交渉成立だな。よろしく」
「ああ。よろしく」
そう言って2人は、右手で承諾の握手をする。お互い、表情は苦笑だった。
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「あんたらに一つ、頼みがあるんだが」
夕食後の席で、リューナが一つ提案をする。旅をしようにも、目的地が無い彼らへの題材提供と言った所か。そして顔はまた楽しそうにニヤニヤしている。
「これをフォーマスまで持って行って欲しいんだよ」
リューナはそう言って、一通の紙をテーブルに投げ出す。ただの白紙の右下に、何かの刻印が押された紙。見れば分かる。魔法の類の刻印だ。
「師匠、これって封の刻印ですよね?」
「そうね。それも私がかけたね」
「って事は、相当強力……ってわけか?」
「まあ、無理に解こうとしたら1カ月、下手すりゃ半年くらいマトモじゃなくなるかもね~」
リックの質問に、とびっきりの笑顔で回答する。それにリックの顔は、引きつる。つくづく恐ろしい人だと心の中で思ったのだろう。
封の刻印とは、手紙などに封をするような物である。無理に封を解こうとすれば、即刻魔法の餌食というわけだ。無論、手の込んだものほど解きにくい。
「で、ソイツは誰に届けるんだ?」
「『ガドラフ』ってジジイ、知ってるかい?」
「ガドラフ?」
その聞き覚えの無い名前に、リック達は首を傾げる。しかしラリーだけは、その名前を聞いて少し驚いたような反応をする。
「『ガドラフ・リィート』の事だろ? 『風王』と言った方が早いか」
「風王!? それだとフォーマスの族長の一人じゃねぇか」
西に広がる草原の国―――フォーマスには王や皇帝と言った物がおらず、複数の族長が話し合い、国を構成している。風王―――ガドラフはその中の一人であり、その中でも中核と言える人物である。
風王の異名の元は、三十年前の頂点戦争で、風の力を持つ弓で戦い、活躍した事ともう一つ。風のように国を空け、行方が知れなくなる事。この二つからの異名である。
「リューナさん、何でまたそんな事。知り合いだったりしちゃうんですね」
「うん、しちゃうしちゃう」
「冗談で聞いたんですけど……。リューナさんってホント“色々”と違いますねぇ」
「それって嫌味? ……まあいいわ」
リューナは毒ずいた表情を浮かべるが、咳払いをして状況を建て直すと逸れてしまった議題を、本来の物に軌道修正する。
「で、この手紙をガドラフに届けてほしいわけ。神出鬼没の風王に手紙を渡す。どう、中々いい旅が出来そうな素材でしょ?」
「まぁそうですけど……。いる場所の検討くらいはついてるんですか?」
「いーや全然。でも幸い、アンタらにはいい道具があるでしょ?」
そう言ってリューナは、一つのボロい地図をテーブルの上に広げる。リックの自動的に地形が書き変わる、不思議な地図である。
「色々と調べさせてもらったけど、やっぱりこれ、かなり高度な魔法がかけられているわ。しかもかなり年代物の」
「この地図がどうかするのか? 第一、こんな古い地図が正確なわけ無いだろう」
「あーそっかぁ。ラリーはまだ知らないんだっけか」
アイラは簡潔に、地図の説明を始める。
「この地図は変わった地形が勝手に書き変わる謎の地図で、最近の地殻変動の変化もきっちり書きかえられるってわけ」
「成程……。面白いな」
だが、謎のままというのも何なので、魔法に詳しいリューナに調べてもらったというわけだ。
この地図に施されている魔法は、かなり古代的であり、現在では唱えられる人間はいないと言われている……と、リューナは言う。
「で、調べた所、簡易な人探しの魔法も施されてるのよ、この地図」
「じゃあ師匠。風王の居場所が分かるって事?」
「そう。と言っても、細かい場所まで分かりやしないけどね。せいぜいどの地域にいるかくらいね」
「それだけありゃなんとかなるさ。でも、どうやって分かるんだ?」
「今から、私がガドラフの目印を地図に入れるのよ。まあ見てれば分かるわよ」
リューナは、広げられた地図に右手を翳し、呪文を唱える。最後にガドラフの名を言うと、手を地図に付ける。数秒立って手を離すと、ガドラフと名の書かれた円形の刻印が、地図上に現れた。大きさはこの町―――シフランほどの大きさはある。
「これがガドラフの目印よ。今はこの円の範囲のどっかにアイツはいるわ。まあ、後は自分たちでなんとかして」
「まあ、これくらいまで絞れれば何とかなりそうだな」
「場所は……、ルフェルか。結構距離があるな」
ルフェルはフォーマス首都、ミゲルから東に進んだ半島にある町である。どちからと言うと田舎だが、伝統ある武器練成技術があり、ルフェル産の武器はフォーマスで根強い人気がある。それでも、田舎なのは変わらないのだが。
「ねぇヴェン、出港準備は済んでるの?」
「ああ。明日の朝にでも出港出来る」
仕事をやり終えた声で言う。その時の自信満ちた声は、ヴェンの船長としての資質を現していようだ。
「出発は早いほうがいいわね。放っておくと、ガドラフも遠くに行っちゃうわよ」
「だったら明日出発しようぜ」
「もうちょっとここで遊びたかったんだけどねぇ……。しゃあないか」
「じゃあ出発は明日か。心得た」
若干未練がましい所もあったが、リック達は明日の出発を決める。それはフィガーが言っていた起点なのか。それともまだ過程なのか。それは分からないが。
「さぁーて、ラリー。一勝負しないか?」
「ギャンブルか……悪くない。やらせてもらおうか」
「うわー、ここの極楽生活も終了かぁ……。シャイナ、今から銭湯でも行かない? 当分マトモな風呂に入れやしないわよ」
「そうだね。じゃあ行こっか」
フィガーが言う、新たな旅の起点。それはこの事か、それとも既に起点は通ったのか。ましてや起点に辿りついてすらいないのか―――そんな事をリックは考えていた。
「ちょっと話があるから、付き合いなさいな」
「ちょ、リューナさん。何の用……」
1人でボーっと考え事をしていた所に、リューナに肩を叩かれ、返事もままならない内に、リックは月が照らす外に連れ出された。
先ほどとはかなり違う雰囲気。真剣な様子のリューナ。彼女はリックの目をじっと見つめながら、静かに用件を告げた。
「ディルの事、少し教えてあげるよ」
「……親父の事?」
リックは父親の知らない過去を、この時垣間見る事となった。




