2章【Ⅱ】 酒場にて
時は、リックとアイラが遭難してから遡って、十日前。
リック達はリューナの世話になりつつ、旅の準備等の時間を過ごしていた。
「アイラ、人波に呑まれるなよ」
「……はぁ」
「何だよそのため息は」
そしてこの二人、アイラとヴェンはシフランの城下町に、買い出しに来ていた。
途切れる事の無い人海の、活気のある大通り。食糧、武器、薬、装飾品。さらには家具、家畜まで販売されている。旅に必要な物は愚か、生活に必要な物はすべてここで揃えられるくらいの品ぞろえ。さすがは世界の中でも三本の指に入る街と言った所か。
「ため息の一つや二つしたくなるに決まってんでしょ? 何で私がアンタなんかと仲良くお買いものしてるわけぇ? 可笑しいでしょ。野郎共と行きなさいよ!」
「しゃあねぇだろ! 他に相手がいねぇんだから」
常に口論しているアイラとヴェン(リックともそうなのだが)が二人で買い出しに来ているのは、かなり不自然である。喧嘩するほど仲がいいと言うのならば、いいコンビなのかもしれないが。
「リックの野郎は『俺はまだ、諦めない!』とか言って魔法の練習中。シャイナはそれに付き合わされてると来た」
「まぁ、シャイナは馬鹿に付き合わされてるだけだからしょうがないか。にしてもいいがげん、一つくらいは使えるようになったかしらねぇ?」
「どーせ無理だろ。アイツには」
そう言って、口論していたにもかかわらず、二人は必死に練習している彼の姿を想像して、笑いだす。
♦†♦†♦†♦†♦
「ハックション!」
「何いきなり盛大にくしゃみしてんの?」
「あー悪い悪い。誰か噂でもしてんのかねぇ?」
「でも一回ならいい噂だからいいんじゃ……」
「ハックション!」
「……笑われてるみたいね」
「ちっきしょう……シャイナ、もう一回だ!」
「はいはい……。にしてもリック、いい加減一つくらい覚えてよ……」
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笑っていたのもつかの間。二人はまた口論に戻っていた。
「で、部下共は、船の点検と修理。つまり残るはアイラ、お前しかいないってわけだ」
指を一本づつ折って数え、最後に残った一本でアイラを指さす。それに癪を感じ、詰め寄る形でアイラは言葉を言い放つ。
「てか買い出しに女手って何よ? どう考えても適材不適所でしょ!」
「いや、注文して船に直接届けてもらうから、関係無い」
「それったただ単に、一人じゃ寂しいから? ハハッ、面白いわねぇ」
アイラはニヤニヤしながら、汚い笑みを浮かべる。かなり図星だったのか、ヴェンは「うっ」っと息をつまらせる。
「うるせぇな……。ホラ、あの店だ。入るぞ」
さっさと話題を変えたいためか、速足で店の入り口へと向かう。アイラも迷うのはゴメンなので、まだ笑いを残しつつ後ろを追いかける。
しばらくすると、表通りから一つ曲がった角の店の前で、ヴェンは立ち止まる。だが、その店にアイラは疑問を感じる。店の名前は看板に書いてあった。
「お気楽な店、【ル・クラン・ラ・リヴィエール】にようこそ……?」
「そうだ。お気楽な川の流れって意味だ。中々センスある名前の店だろ?」
「……はぁ」
本日二回目、アイラのため息。
正直、センスがどうの問題ではなく、意味不明だと思うアイラ。名前以上に意味不明なのは、店の周りに、酒樽が積み重なっている事。
「じゃあ買い出し行くか。入るぞ」
「ちょっと待って……って、もう入ったのか。はぁ……」
何だかんだでヴェンに振り回されているアイラ。いつもとはペースを掴んでいるのが逆なだけで、こうも展開が変わる物なのだ。
酒場の中は、酒の匂いが溜まっていた。ヴェンは当然として、アイラもこの匂いは好きだったりする。だが、今日は飲む気分どころか、さっさと買い物を終わらしたかった。
「さて、ここでどうやって買い出しするわけぇ? 返答次第では……」
アイラの手が、刀の辺りに移動する。要するに納得する理由で無かったら一刀両断という事だ。だが、ヴェンは余裕がありそうだ。と言う事は、本当にアテがあってここに来た、というわけである。
ただの開き直りという可能性も捨てきれないが。
「分かった分かった。ちゃっちゃと終わらして戻るよ。おーい、マスターいるか?」
誰もいないカウンターに向かって、ヴェンが声を上げる。反応が無いので二、三回呼びなおすと、カウンターの奥から、中年辺りのオヤジが出てきた。どうやらマスターのようだ。
「こんな昼間っから何だ、ヴェン? いつものか?」
「いや、ちょいと長旅に出るもんだからな。品物を頼みに来た」
「ほほぅ、長旅ねぇ……。目に見えない秘宝の次は何だ? 天国への階段か?」
「違う違う。今回はアテの無い放浪の旅さ」
マスターとヴェンが話を始める。マスターが酒を用意し始めてる辺り、長話になりそうな雰囲気を、アイラは感じる。
話かけても無視されそうなので、ヴェン達から少し離れたカウンター席に座る。と、目の前に中身の入ったコップが、右から滑ってくる。手でそれを止めると、少量が零れ、指が濡れる。かなり強めのウイスキー。
アイラは指を少し舐めてからコップの出所を向く。
「ふぅーん。何、私をナンパでもしようって?」
「いや、違うな」
コップの出所は、黒に青味がかかった髪の人間。低い声の返事から、その人間が男だというのが分かる。
そしてもう一つ、思う所があった。男から感じられる、只ならぬ雰囲気。
「成程ねぇ。じゃあ何でこれを?」
「お前は、俺の剣をずっと見ていた。だからなんとなく、一緒に飲みたい気分になった」
と言い、腰の剣をトントンと指で叩く。アイラはそれに否定せず、確かに見てたわね、と言い、質問を返す。
「何でそんな気分になるわけ? 一人じゃ寂しかった? それとも……」
一度目に聞いたのは冗談だ。こんな雰囲気を持つ男が一人で寂しい気持ちを抑えるために酒を飲むはずは無い。本題は二つ目。
「「同じ匂いがするから」」
低い声と、高い女の子の声が重なる。
「じゃあ、貴方のおごりって事で」
「ああ。まぁ安い物だがな」
そう言って、二人はお互いに苦笑した。
今回一番書きたかった事。
ウイスキーを滑らせる所です…
いや、洋画とかに憧れてしまったのですよ。