序章【Ⅹ】 起点
「お前達は今、旅の起点が目前にある」
「起点ねぇ」
「始まり、って事か?」
フィガーはそう、提言した。何故そんな事が分かるだとか、そもそも何者なんだという疑問は山のように浮かんでくるが、2人は気にせず、話に耳を傾けていた。数多くの疑問すら、全く気にならない程、彼には不思議な何かが感じられた。
―――アイツが言うことなら、何でも信用しちまいそうだな……。不思議な奴め。
リックは口には出さず、頭の中でそんな事を考えていた。
「そう、起点は始まり、出発点だ。だが、終わり、終点という意味でもとれる」
「成程ねぇ。んで、私達の目前にあるのはどっち? ねぇ、フィガーさん」
「んーそうだな……」
アイラに爽やかに質問されたフィガーは、腕を組んで、しばし考える。自分で言った事で悩むのは、可笑しいかもしれないが、彼なりに意味があるのである。
「そうだな……。両方の意味で取れるな。お前らの起点は」
その口から出た答えは、また曖昧な物だった。
「って事は、終点で出発点。って事か?」
リックはフィガーの思う所を的確に付く。フィガーはそれを聞き苦笑すると、陽気な軽い声でそれへの返答する。
「ハハッ。全く持ってその通りだぜ。つまりは、そーゆーこと。一つの目的が近いうちに達成され、新しい目的……。新しい出発点が出来るって訳だ。要は目的が果たされた後に、また新しい目的が出来るってわけだ。いやー御多忙だね」
「そういう事ねぇ……。じゃあ、一つ質問いい?」
アイラは、胸の中の2つのガラス玉のネックレスを手で触りながら、かなり強い視線を向け、フィガーに1つだけ質問をする。その表情を横目で見たリックは、思わず後ずさりする。
「新しい目標って……何?」
目線をフィガーに合わせ、アイラはそう言い放った。かなり強い目線。いつもの目とは何か違う、アイラの目線。フィガーはその目線に臆するどころか、少し苦笑しながら答える。
「それは俺にもわからねぇよ。自分で決めることだ」
「やっぱそうよねぇ……」
アイラは、答えを聞いて納得したのか、それとも分かりきっている事を確認したのか。双方どちらでもなく、さまよっているのか。曖昧な返事が返る。
そのアイラに、フィガーは「ただ……」と、付け加える。
「もし見つけられないのなら、たまには自分以外に縋ってみるのもいいかもしれないな」
「縋る……か」
「おーい。お前、大丈夫か?」
先ほどからあからさまに様子がおかしいアイラに、リックはついに心配して訪ねる。少しの間が流れた後、アイラから返事が返ってくる。いつもと同じ、明るい、アイラらしい声で。
「大丈夫に決まってんでしょうが。ったく、何言ってんだか」
「何言ってるって、コイツ……。まぁいいか」
丁度その時、街中に通じる道から、三つの影が現れる。
「あ、いたいた。探したんだよー二人とも」
「ったくお前らは。何でこんな町はずれにいんだよ。探すのに苦労したぜ……」
二人は探し疲れたのか、少し悪態をつく。もちろん、素から悪く思っているわけは無いのだが。その二人の後ろから、リューナが現れる。だが、少し驚いたような反応をする。
「そうよー。わざわざ魔法使って探したんだか……って、随分と懐かしい顔がいるじゃない?」
リューナの目線は、木に座っているフィガーのほうへ向いていた。
「っと、リューナじゃねぇか。もう二度と合わないかと思ってたぜ」
「何言ってるのよ。私だって、合うなんて思ってなかったわよ。でも合った。これ、何かの運命なのかね」
「どうだかな。ま、俺はもう消えるとするか。用も終わったしな」
「って事は……次はこの子達って事?」
「さぁな」
リューナとフィガーは、リック達からはよく理解できない内容の話を、短くする。
その話が終わると、フィガーは膝に手をつけて立ち上がる。リック達に背を向け、街中とは反対方向に続く道に向かう。だが、途中で立ち止まり、もう一度リック達のほうを見る。
「あ、そうそう。お前ら全員に一つだけ言っておこう」
返事を待たず、フィガーはとても美しい声で、こう語った。それは竪琴がよく似合う、詩人の姿。不思議な雰囲気だった。
「心には救う力もあれば、滅ぼす力もある。どう使うかは、お前次第だ」
そう物静かにフィガーは伝えた。
心の力の強さを、この時はまだ誰も気がついていなかった。そしてこの先の旅路には、多くの出来事が起こることも、まだ知らなかった。これは、リック達へ、ある意味での指南。そして忠告でもあった。
「じゃあ、次合う時まで元気でな」
気づけば、言葉だけが残り、不思議な詩人は風の中に消えていた。