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忘れられた物語 †The forgotten story†   作者: 草餅
序章―――始まりの旅
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序章【Ⅸ】 魔法の師

「なぁシャイナ。お前のお師匠様は美人か?」

「何よりそれが最初に聞く事なんだ……。美人かは自分で見てみれば?」


 船から降りて、歩く三人、ではなく四人。ヴェンもそのお師匠様とやらが気になる、という事で一緒に着いてきたのだった。


 しばらく歩くと、シフランの大通りから少し外れた、薬草屋へ行きついた。この少し古ぼけた場所が、シャイナの旅の終着駅そこだった。


「お師匠様、いますかー?」


 小奇麗な木製のドアを呼び鈴の音と共に開けるなり、シャイナは店の中全体に十分行きわたる声で呼ぶ。だが、返事は愚か、人の気配すら全く感じない。薬草の何とも言えない匂いだけが、そこに充満していた。


「気配が、全く無いんですけどねぇ」

「何だ。お師匠様って人じゃないのか?」

「まぁ、人以外になる時はあるかも……」

「おいおい、やめてくれよ」


 冗談には聞き取れないシャイナの言葉に、ヴェンは手を上げて飽きれる。本当に何かに変わっていて、突然目の前に現れる。なんて状況は避けたい所。

 四人が店内を凝視していると、閉めていた扉が呼び鈴を鳴らして開く。


「お師匠様?」


 全員がその音に振り向く。だが、そこには開け放たれた扉のみ。人の気配など微塵にも無い。


「誰かいるのか?」

「いないねぇ……」

「お師匠さま~?」

「誰も居ないだろ……」


 四人が確認するように呟いても、誰も出てこない。だが突然、背後から聞きなれない高い声が、四人の耳に突然入り混んできた。


「いや、いるでしょ」

『えぇ!?』


 四人はその声に驚きを隠せないまま振り向き、声をそろえて悲鳴を上げた。 


 そこにいたのは、長身で膝の辺りまで伸びている赤い髪が目立つ女性。服はロングのスカートに、髪に負けないほどの長さのマント。右手には細い棒の先に、赤透明な霊石を付けただけのシンプルなロッド。柄の部分はかなり色がせており、使いこんでいる事がよく分かる。女性はリックから見て明らかに年上。と言ってもそこまで歳というわけでもない。師匠というので全員年配を想像していたのだが、まだ若さが目だっていた。


「何だ何だ、気づける奴は一人も居ないのか? だらしないね」

「お師匠様! 何やってるんですか?」

「んー? 面白そうだったんで、ついね」


 と言い、ニヤニヤする。そんなに面白いのかというほどに。


「そういえば、まだ自己紹介してなかったね。私はリューナ・メニウ。見ての通り、薬草屋やってるから。ついでに、魔法研究もしてるわよ。そしてさらに余計かもしれないけど、私、強いわよ」


 ふっふっふ、と、自信あり気に笑いながら、そう言う。なんだか言葉を発するごとに楽しそうな人である。

 だが、その発言、強いという発言に、アイラが突っかかる。


「強いねぇ……。どう強いんですか? 魔法で? それとも……」

「剣。とでも言いたげね」


 リューナは、アイラが言うはずだった言葉を先に使う。アイラは一瞬驚きはするが、すぐに首を縦に降る。


「魔法に関してはかなり自信はあるけど、剣は微妙かな? まぁ、貴方達には勝てる……と思うけど」


 何なら試す? と目線でリューナは訴える。その顔は、随分と楽しそうだった。そして、挑戦的でもあった。


「真剣でいい?」

「別に致命傷までいかなきゃいいわよ。ふふっ。剣で勝負なんて何年ぶりかしら」


 そう言って、リューナは扉を潜り表に出る。アイラもそれに続き、他の三人も揃って出る。勝負をする二人は、人通りの無い通りのど真ん中で対峙する。剣を振るうには丁度いい場所だった。

 アイラは親指を刀の鍔に当てて、鯉口を切る。だが、リューナは剣ではなく、ロッドをクルクルと回転させている。

 そう、剣を持っていないのだ。


「え、えーと、剣は……?」


 試合する気があるのかこの人は? と、喉までその言葉が出てくるが、アイラは我慢して口の中に留める。その不思議そうにしている様子に気づいたのか、リューナは笑いながらこう言う。


「ふふっ。私の剣はこれよ。ホラ、こうすれば……」


 リューナはロッドを手品師のような素早く手慣れた動きでマントで覆う。口元が素早く動いたと思うと、次にはマントを翻す。すると先ほどまでロッドがあったはずのその場所には、黄色く輝く光剣があった。


 ルーンスペル―――術者の杖、ロッド等に光の刃を生成する魔法である。この魔法はあくまで一時的に剣を造り出すような物だが、剣術を鍛えた魔法使いからすれば遠距離の魔法と近距離の切り合い両方を可能とする非常に便利な魔法。この魔法を生み出した人間も、元は剣を振るっていた者だという。

 ただ、その代償と言うべきか難易度の高い魔法であり、かなり高い能力を身に付けていなければ光の刃はたちまちに砕けてしますし、草も斬れないなまくらにもなるという訳だ。


「ルーンスペルよ。どう、中々でしょう?」


 その光剣を、見せびらかすようにリューナは左右に薙ぎ払う。振るう度に光の粒のような物が、空気中に飛び散っては、命が終わるかのようにゆっくりと消える。


「成程……。じゃあ、行きますよ!」

「来なさいな」


 アイラは降る刀に勢いをつけて、リューナに横から斬りかかる。勢い、狙いは問題無い。かなり理想的な軌道。完璧な攻撃。だが、それをリューナは光剣を素早く移動させ受け止める。それも、添えるようにして軽々しく。


「くそっ!」


 アイラは止められた刀を振り払い、もう一度体制を取り直し斬りかかる。だが、これも動きを読まれたように完全に止められる。


「どう動くか気配で感じるんだよ、お嬢さん」


 アイラはさらに一度、二度と斬りかかるが、リューナはそれを全て、美しく踊るように受け流す。それも、軽々しく、どこか楽しみが感じ取れる表情で。


「すごい……。シャイナ、お前のお師匠様は何者なんだ?」


 二人とも頑張って~! と、しきりに騒いでいるシャイナにヴェンは問いかける。いつものふざけ口調ではなく、いたって真面目である。逆にそれが笑えると言えばそうなのだが、目の前で繰り広げられている戦いの魅力が勝り過ぎて誰も相手にしていない。


「私も、昔の事はよく知らないんだ。ただ、三十年前の“頂点戦争”で戦ってたと聞くけど……」

「成程、あの戦いの生き残りってわけか……ってえ? そーゆー事は……」


 ヴェンはそれで少しだけ納得するような表情を見せた後、曇った表情になる。また別の問題点を見つけたようだ。恐らくそれは、歳の問題だろう。


「くっ……強い!」

「私をなめちゃいけないよ。これでも何度か死線を潜ってきてるんだ」

「あっ……!」


 短い悲鳴を上げた直後、アイラの刀は宙を舞って石の路上に落ちた。それを拾う間もなく、頬に冷たく、赤い液体が、頬を伝って流れていた。

 気づけばリューナの光剣が、顔の真横にあった。頬が少しそれに触れ、赤い血が滴る。


「私の勝ちのようね」


 そう言うと、リューナはルーンスペルを解き普通の状態に戻ったロットを、アイラ頬に当てる。


「ごめん。怪我させちゃったわね」

「いや、勝負ですから。にしても、歯が全く叩かなかった……です」

「無理して敬語の必要ないわよ。ちょっと待って、治しちゃうから……アキレア」


 そう早々と呪文を唱えると、ロッドの先端の霊石が少し輝く。すると、アイラの頬の傷は先ほどまでのが嘘のように、綺麗に塞がってしまう。


「これでよしっと。じゃあ、中でお茶でもしましょうか。これでも薬草屋だから葉っぱ色々あるのよ~」


 これもまた楽しそうに、リューナは店の中に戻る。それにシャイナとヴェンも続いて入る。


「負けちまったな」

「悔しいわね。でも、私もまだまだって事ね……って、何笑ってるのよ!」


 リックは口元を押さえて笑っていた。


「ハハハ、悪い悪い。お前がそんな事言うとさ……ハハッ」

「なっ、ふざけないでよ!」


 次の瞬間、リックの悲鳴が短く聞こえた。むこうずねに蹴りが炸裂したのだ。


「ったくアイラ、何やってんの? お師匠様がお茶入れてくれてるよ~」

「あーごめんシャイナ。今いくね~」


 何故かアイラだけが呼ばれ、シャイナと共に店の中に入っていく。


「くそ、こういうときは俺無視なのな……」


 リックは一人寂しく、蹴られた足を引きずって店内に入って行った。


 ♦†♦†♦†♦†♦


「あーあ、二人とも帰ってこないね」

「ったく、魔法が出来ないくらいで出てくなっての」

「ねぇヴェン、原因はあんだだと思うよ……」


 お茶の後に、リューナから魔法を教わる事になったはいいが、アイラとリックは外に出かけてしまった。

 原因は、教わるも全く出来ないリックとアイラに対して、ヴェンが物凄いスピードで様々な魔法が出来てしまった事にある。


「まぁ、これに至ってはしょうがないわよ。魔法は相性があるから……。まぁ、魔法が根っから苦手だったら、しょうがないんだけどね。貴方は魔法の素質があるようだし」


 魔法というのは、火、風、聖など、いくつかの属性に分けられている。そして人間も同じく、この属性内の中で分類される。そして自分の属性の魔法は、扱いやすいのである。

 これは必ず、一人一属性と決まっており、生まれつき持っている物である。ただ属性が火だからと言っても、他の属性を極める事は不可能な物ではない。修行の努力とセンスさえあれば、自分の持つ属性以外を極める事は可能なのだ。


「さてと……。そろそろ二人にも帰って来ていただきたいわね。夕飯にしたいわ」

「ったく、どこほっつき歩いてるんだか……」

「まぁ、探しにいきましょうか。そう遠くには行ってないでしょ」


 リューナ達は、残りの二人を探すべく、店を後にする。

 そして、出会う事となるのだ。不思議な詩人の、謎めいた出来事と共に。


 ♦†♦†♦†♦†♦


「あーあ。どーせ私達には魔法は剣がお似合いだよーだ!」

「これ以上言うな……。惨めになるだろうが」


 多くの店が立ち並ぶ、シフランの通りを、リックとアイラは暇つぶしに歩いていた。アイラはしかめっ面である。

 シャイナの師匠に会いに行ったはいいのだが、ついでに魔法を教わろうという話になり、簡単な物を習うのだが、『残念ながら、貴方達に魔法は向かないわね』と言われてしまった。

 そして何よりも、あのヴェンが魔法を使えた事に苛立っているのだ。


「あのクソ野郎が……。何であんな奴が出来て、私に出来ないのよ!」


 街中のど真ん中で、地団駄を踏む。相当気に触るようだ。リックはさすがに周りの目が気になったのか、アイラを連れて、大通りから外れたルートを通る。


 しばらく、アイラの愚痴を聞きながら歩くと、町の外れに出た。城下町の塀の内側だが、手付かずの自然が残る場所だ。


「やっぱ人混みの中より、こっちのほうが落ち着くな」

「同感。何て言うのかなぁ……。ありのままでいられるって感じ?」

 木にもたれながら、二人はそんな会話をする。するとふと、リックがアイラのほうを向いて言った。

「また勝負しようぜ」


 数日前、二人は勝負をした。結果はリックの負け……と言っても、酔ったまま剣を振るったリックは自分で自分を叩いて、そのまま気絶した。自滅という奴だ。それとも自害と言うべきなのか。


「こないだのはこっちまで馬鹿らしくなったよ。今回は大丈夫だよね?」

「当然。んじゃ……っと。剣の代わりになりそうな奴無いかな」


 第三者もおらず、ましてや城下町で真剣けんを振り回すわけにもいかず、リックとアイラは足元に落ちている枝を探す。だがそこに、二本のちょうどい枝が差し出される。


「これでいいんじゃないか? たぶん、丁度いいと思うぜ」

「確かに丁度いい。ありがとなア……って、誰だよ!」


 差し出された枝の先に立っていたのは、1人の男。髪はそこまで長くなく、右目だけ隠れて見えない程。色は黒に少し緑が混じった深緑色。左手には竪琴。そしてどこか、不思議な雰囲気が漂っていた。


「知り合い?」

「いや……」


 2人は男を、目を丸くして凝視する。男はその視線に合わせて、苦笑すると、口を開いた。ぶっきらぼうで、乱暴な声。だがその中にも繊細で、清らかな声が混じっている。不思議な声をしていた。


「俺は、名も無きただの詩人さ。ああ、名無しだと呼びにくいか……。 そうだな、フィガートゥン……、いや、長いな。フィガーと呼んでくれ」


 この不思議な詩人、フィガーは軽い口調で自己紹介をした。

 しかし、二人はこの時には予想にもしていない話を聞かされることになる。


 全てはここから、この詩人との出会いから始まったのだと、後になって気付く事になるのだった。

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