記憶―――悲しみと怒り
血……血……血。
爪と牙に引き裂かれた多くの亡骸からは、溢れんばかりに赤い液体が流れ出ている。
地面は血で赤黒く染まり、本来の大地の色はまるで見えない。地面も、私の服も、春になると白い花を咲かす草花も、返り血で赤黒く染まりきっていた。もやは元が何の色で、どういった模様をしていたかなんて知らない人が見たら見分けがつかないだろう。
手、足は既に肌色では無く赤く染まり、自分では見えていないが恐らく顔も真っ赤な血の色を浴びていただろう。
そこに、私一人だけが立っていた。目の前には、二組の爪と牙。
血を求めるだけの存在。気味の悪い唸りを上げると、風を切るような勢いで私に向かって来る。血に飢えた唸り声。爪と牙には心などない。ましてや同情という心も無い。あるのは血を求める欲望だけ。
地獄という世界が、正に目の前に広がっていた。
既に正気なんて物は吹き飛んで、狂いに狂ったわけのわからない感情だけが身体を支配していた。
私は混乱する意識の中で、近くに落ちていた刀を無我夢中拾い、力の限り斬り上げた。
標準が全く定まっていない刀がその爪と牙に傷を付ける事が叶う訳も無く、私が残る力を全て使って振り上げた刀は虚しく空を斬る。だが爪と牙は手を緩めず、私の命を狩り取る為に襲いかかって来る。もうそれが虚像なのか、実像なのかは、分からなかった。
―――ただただ、恐ろしい
―――ただただ、怖い
―――死にたくない、死にたくない
私の頭に、様々か感情が一度に流れ込んでくる。もう自分でそう思ってるのか、思わされてるのか、全く分からない。自分という存在が内側から狂っていく。
何か冷たい物に引き裂かれる不気味な感覚が、背中にぞくりと走る。逃げる力など残っていなかったので、それから逃げる事叶わず全てを受ける以外に選択肢は無かった。だが、意外なほど痛みは感じない。いや、感じる余裕などなかった。代わりに感じたのは……
決して勝てない、殺されるのを待つだけの恐怖。
全てを失う、絶望と悲しみ。
怒り。
私は、世界が暗転してしまう直前、悪に埋め尽くされた負の感情で頭の中はいっぱいいっぱいだった。
死んだと思った。次目が覚めれば、既に私はこの世にはいないで、天国か地獄か、それともどちらでもない無の空間にでもいると思っていた。むしろ、そのほうが楽だったかもしれない。
だけど、運がよかったのか悪かったのか。私が死ぬことはなかった。
その後の記憶は……曖昧だ。
唯一覚えているのは、血と亡骸の海の中で、鼓膜が破れんばかりの大声で叫ぶ自分の声。
悲しみが籠った、その思い。悲痛の叫び。
そして、見る事も叶わなかった首謀者への怒りだった。