娘を毒殺された日、夫は愛人と踊っていた――聖女と呼ばれた私は、王家を静かに崩壊させる
——娘が毒殺された日、この国は祝賀会を開いていた。
16歳で産んだ娘が5歳で亡くなった。
夫は浮気相手のところにいる。
娘のために泣いてくれるのは、10歳の夫の末の弟の第八王子だけだった。
私は8年後にこの王子と結婚する。
◆◇◆
『リュカお兄様と結婚するの』
亡くなった娘、ロッテの口癖だった。
リュカ・ヴィレンツをロッテは“お兄様”と呼んでいたけど、本当は夫の弟で第八王子の彼は娘から見たら叔父に当たる。
日本の法律だと叔父と姪、この二人の婚姻は無理だけど、ここはファンタジーの世界。
私は田中奈津美、中三でこの世界に来た転移者だ。
この世界では、聖女フェリシアと呼ばれている。
六年経つけどまだ慣れない。
グラン・レギウム王国の法律では、ロッテとリュカの婚姻は可能で、メイドに教えて貰ってからは、本気で結婚相手として見守っていた。
娘のロッテ、正式にはシャルロットは、5歳で可愛くおしゃまな年頃で、王宮で一番歳の近い10歳のリュカ王子に付きまとっていた。
歳は近いと言っても5歳と10歳じゃだいぶ違うし、男の子と女の子でもかなり違う。
優しいリュカ王子がかなり気を使って娘に合わせてくれていた。
だから、私がお茶の用意をして休憩時間を作るけど、
「聖女フェリシア様のいらした日本と言うのはどう言う所なのですか?」
と、好奇心半分、気遣い半分の質問をして、私への配慮も忘れない、本当に出来た王子だ。
リュカの母親の国王の愛妾パトリシア様も優しく気配りのある聡明な方で、転移してから随分とお世話になった。
その頃はすでにリュカは生まれていて、今のロッテくらいに年齢だった。
聖女の私が王宮で第一王子のジークフリート・ド・ラングレーと無理矢理婚姻させられるまでの数ヶ月をパトリシア様の屋敷で過ごした。
その後、会えない時間が長かったから、リュカは、ロッテのように私と結婚すると言っていたことは覚えていないでしょう。
異世界に突然転移させられて、聖女と呼ばれて好きでもない相手と結婚させられる事が分かっていた私には、小さなリュカと優しいパトリシア様との時間がとても大切なものだった。
けれど、ロッテが生まれて、聖女として無理矢理結婚させられたことも仕方なかったと思えるようになった。
たった一つ、かけがえのない宝物を手に入れたのだから——。
◆◇◆
娘の亡骸の前で泣いている。
ずっと抱いて泣いていたけど、冷たくなっていく娘の身体を抱くと亡くなった事を思い知らされて、抱いて泣くことは出来なくなった。
距離をとっても、娘の身体には時間が流れている。
だんだん硬くなっていく娘の身体は、どこかの時点から柔らかくなっていくのだろう。
永遠にここで泣き続ける事すらできない。
遠くで楽しそうな音楽がなっている。
今日は建国の祝賀記念の舞踏会が開かれている。
聖女の私は本来ならあの場の貴賓席で微笑んでいなければいけない。
流石に今日は無理だ。
明日も、明後日も、ずっと無理だと思う。
娘を失って私は動くことも出来ない……。
それなのに、娘が亡くなった日にも祝賀会は行われるのだ……。
誰も娘の死を悲しまない。
夫は娘が亡くなった朝に愛人の所にいて、今も祝賀会で愛人の隣にいる。
愛人の一人で多分一番愛されている公爵令嬢のレイチェルは、私の娘の死を知って幸せの絶頂にいるに違いなかった。
娘と私に近いメイドや使用人が数人涙してくれたけど、事務的にこなせる使用人と変えられてしまった。
ここで悲しんでいるのは私だけ。
「……フェリシア様……!」
小さな声が聞こえた。
「来てはいけないと言われたけど、どうしてもロッテに会いたくて……」
リュカがいつの間にか部屋の中にいた。
「……昨日の夕方には、いつもと変わらずに別れたのに……亡くなったなんて、信じられなくて……」
リュカはロッテを見る。
まるで眠っているように見えるでしょう。
苦しんで吐き出した血は綺麗に拭って、
服は着替えさせた。
私は涙を止めようとしたけど出来ない。
涙を流したままでリュカに説明する。
「ロッテは毒を盛られて亡くなったのです」
「……毒」
リュカはロッテを見つめたまま動かない。
ただ静かに、死を確かめた。
そして、静かに流れた涙が、叫びになって、部屋中を包んだ。
来てはいけないと言った使用人たちにもリュカがこの部屋にいる事分かっただろう。
ただ、あまりに激しい泣き声に声をかけられなくなっているらしい。
パトリシア様が亡くなった時のリュカもこうだった。
私は一緒に泣いてくれる人ができて、より一層激しく泣いた。
日付が変わる深夜まで、二人で泣き続けた。
ふと、リュカがまだ10歳の子供だという事を思い出した。
私はリュカの肩を抱くと一緒に娘のいる部屋を出た。
娘に死を悲しんでくれるこの子をちゃんと休ませなきゃいけないから。
娘の死から、少しだけ動けるようになったのはリュカの存在があったからだ。
◆◇◆
娘の葬儀が済んでも涙が枯れることはない。
ただ、リュカが食事も喉を通らない様子だったから、無理して食べた。
娘は毒殺されたけど、食事に毒が入っていたわけじゃない。
それでも、食事を摂るのには勇気がいった。
聖女として暮らした六年間に信頼できる使用人も数人いたから、彼らに念入りに毒の有無を調べさせた。
私が食べた後、リュカも震えながら食事した。
そんな風に数日が過ぎて、リュカが言った。
「食事に毒が入っていなかったのなら、ロッテはどうやって毒殺されたのですか?」
娘の死んだ場面が蘇った。
リュカが落ち着いて来て良かった思ったけど、まだ二人で悲しみに沈んでいたいと思って胸が痛む。
涙が溢れた。
何で泣いているのか自分でも分からなかった。
ロッテの亡くなった理由を、10歳のリュカに話していいのか迷う。
リュカも王族で母親を早くに亡くしてる。
母親パトリシア様の実家である辺境のヴィレンツ家は有力な家系だと言うが、王都のリュカを守るにしては距離があり過ぎた。
身を守る為には自分自身で持つ知識が必要だろう。
「ロッテは、父である第一王子のジークフリート・ド・ラングレーに貰ったネックレスを付けて亡くなったの」
リュカの顔色が変わった。
「……兄上が……」
「ジークフリートが毒を仕込んだ証拠がないの。ただ、前日に初めて買ってもらった父親からの贈り物にロッテはとても喜んでいた……。翌朝、付けるのを楽しみにして部屋のベッドに入っていった。
翌朝は、楽しみで早く起きたのね。メイドにせがんでネックレスをつけて貰っって……。すぐに血を吐いて倒れたのよ。子供だから毒の周りが早かったのね。ネックレスをつけるのを手伝ったメイドが叫び声を上げた後に、同じように血を吐いて倒れて、死んだわ」
私がロッテの部屋に駆けつけると、すでに使用人が集まっていて、血を吐いて倒れている娘とメイドの周りに集まっていた。
誰も娘を介抱していない。
異様な光景……。
口から血を流し目を見開いた娘が、生きていない事は誰の目にも明らかだったのだろう。
——私以外には。
私は娘に近づくと抱き上げて必死に呼びかけていた。
小さな身体が熱を帯びて、私をその元気の良さで振り回す、いつもの娘の体温だった。
どれくらい時間が経ったのか、王宮の魔術医が娘の死を私に告げていた。
私は娘を抱きながら必死に否定し続けた事実を受け入れられずに、また泣き叫んだ。
——悲しい光景が鮮明に浮かび上がってくる。
流れ続けていた涙に悲しい記憶が混じる。
悲しいけれど、もう、激しく泣き叫ぶ事は出来ない。
時間が泣き出す衝動を抑えてしまった。
ただ、怒りだけはある。
「ロッテが……生まれて来てはいけない子だったから……?」
リュカがつぶやいた。
「……なに……それ……」
私は呆然とした。
15歳で異世界から転移して来た私よりも、この世界の10歳の王子の方が知っている事があるらしい……。
ずっと……それは感じていた事だ。
聖女様と呼ばれていても、ずっと疎外感を感じていた。
それはパトリシア様とだって、同じだった。
言えない事に辛そうな様子があった。
リュカはまずい事を言ってしまったと言う顔をした。
「まさか、こんな事になるとは思っていなかったから。僕が、伝えていれば……いや、伝えたいたら、もっと早く起こっていたかもしれない。……僕は王子なのに……弱くて、何も出来ない」
リュカはうつむいて、自分に言い聞かせるように言っていた。
私はリュカを抱きしめた。
「あなたはまだ10歳でしょう。何の責任も感じなくていいわ。ただ、知っている事を教えて欲しいの……」
「フェリシア様……」
リュカの語った言葉は私には、衝撃的だった……。
「聖女様は建国の聖女に倣って、子供を産んではいけない決まりがあるんです……」
「え……」
この国、グラン・レギウム王国の建国の王は異世界から来た少女と一緒に戦って国を勝ち取ったと言う。
王と異世界の少女は愛し合っていて、異世界の少女は聖女と呼ばれ女王になる。
しかし聖女には子供が出来なかった事から、聖女の勧めで王は愛妾を作り子供を儲け、それが王家を継いで今に流れる血筋になる。
その流れから、王は王妃の他に数人の愛妾を持つのが通例となった。
そして、異世界から少女が現れた場合は、聖女として王の妃に迎える決まりだが、決して子供を作ってはいけない。
白い結婚でなくてはならない——。
「なら、何故……」
“ジークフリートは私を抱いたのか……!”
言葉に出しそうになって、リュカの前だと言葉を飲み込む。
リュカは知らないと思うけど、パトリシア様が亡くなって、王宮に住むようになって、普通より早く大人になっているような気もした。
◆◇◆
第一王子のジークフリート・ド・ラングレーと初めて会ったのは、異世界から転移してわけも分からずに数日彷徨った後に保護されて王宮に来た時だった。
このグラン・レギウム王国の王と、王位継承者が名乗れるド・ラングレーを名乗る最高権力者だった。
ジークフリートは六つ年上で見た目こそ王子様のようだったけど、私に対する態度が最悪だった。
上から下まで舐め回すように見て、指の一本一本が作り物でないかと確かめた。
「異世界から来たと言うからどれほど醜いのかと思ったら、こちらの女と変わらないな」
そんな風に近くの男と話していた。
自分が人間扱いされていない事に怒りが湧いたが、異世界から来た人がいればそんなものかと自分を納得させた。
王宮で保護してもらえなければ行くところがないのだ。
逆らえない。
王様に、私はこの国の聖女だと言われて第一王子と結婚する決まりだと言われる。
「異世界の女など汚らしいだけだが、どう楽しませてくれるのか興味はあるな」
ゾッと背筋が寒くなった。
人間扱いされていないのに、結婚して抱く事は出来るのか!
嫌悪感しか湧かないジークフリートとの結婚は確定事項となって、私は泣濡れた。
王の愛妾のパトリシア様が見かねて自分の屋敷に数ヶ月置いてくれなかったら、もっと早くに自害していたかもしれない。
それくらい嫌だったけど、パトリシア様とリュカを見ていたら落ち着いて来た。
「私にもリュカみたいな子供がいたらいいのに」
そう言った時のパトリシア様が少しおかしかったけど、白い結婚で子供を持てない事を知っていたからね。
「聖女さまは、僕と結婚するんだよ」
リュカの言葉に違和感はかき消されていた。
それから娘が生まれてパトリシア様と会った際もどこか複雑な表情をしていたと思う。
ジークフリートと私の結婚式は盛大だった。
私は50年ぶりに現れた聖女で、国民の期待を一心に集めていたのだ。
私は、ジークフリートの横にいるだけでも嫌だった。
私が逃げられないと知っているジークフリートは、その私の反応さえ楽しんでいるようだった。
そして、盛大な結婚式の終わった夜に事に及んだ。
「あまり面白くなかったな……」
それが、彼の言葉だった。
けれど、面白くない行為が続いて、娘が生まれた。
娘がとても可愛いから、ジークフリートを愛そうと思った。
ジークフリートに何人も愛人がいるのは知っていて、娘が生まれる前はちょうどいいと思っていたのに、愛人のところに行っていると聞かされると心が揺れた。
赤ちゃんの頃は娘に一切の関心を寄せなかったジークフリートが、娘が3歳になっておしゃべりをしている姿に微笑みを見せた。
少しづつだけど、娘との交流が増えて、娘はジークフリートを“お父様”と呼んで、ジークフリートもそれに応えた。
だから、初めての娘への贈り物のネックレスを、娘以上に私が喜んでいた——。
◆◇◆
昼間はリュカと過ごして、夜は自室で過ごした。
昨日まではリュカが怖がって一人では眠れないと言うから私の部屋で一緒に寝ていた。
おかげで私自身が救われていたけれど、ジークフリートよって毒殺されたと言う事を知って、得体の知れない恐怖が薄れたのかもしれない。
私も、聖女が子供を産んではいけないと言う事実を知って、何故娘が殺されなければいけなかったのかを理解して、悲しみだけじゃない感情が芽生えた。
熱い気持ちに身を任せる。
どんな狂気でもいい、必ず報いを受けさせる。
夫は娘の葬儀にも出席せず、未だに愛人といるらしい。
生まれてくるべきではないと思っていた娘に愛情の欠片もなくても、人を殺した場所に簡単に戻ってはこれないのだろう。
私が夫の愛人の所まで行くしかない……。
娘を殺したのは強力な神経麻痺を引き起こす植物の毒だと聞いた。
日本での知識でも植物性かまでは知らないが似たような毒のことは聞いた事があった。
ドラマで、触れたものが直ぐに倒れるシーンがあった。
そこまでの即効性があれば、毒を扱う方にもそれなりの知識が求められる。
夫以外に実行犯がいる。
そいつも聞き出して、罰を受けさせる……!
◆◇◆
「フェリシア様!」
リュカが朝、私の部屋に来て抱きつく。
『お母様!』
娘の姿が重なる。
私はリュカを力強く抱きしめた。
「リュカ王子、今日は家庭教師が来られる日だと聞きました。真面目に授業を受けてくださいね」
「はい! フェリシア様!」
まるで親子のように振る舞う事が、日常生活へ戻る為のはしゃいだお芝居だと私たちは理解していた。
朝食を一緒に食べて、家庭教師の元へリュカを追いやると、私は外出の準備をした。
さすがに娘の死以降、夫が公の場に出る機会が減っている。
これだけで、正妻が愛人の元へ乗り込む理由にはなっている。
私は目立たないようにフードを被った地味な服装で、王宮を後にした。
夫ジークフリートの愛人は何人もいるが、今一緒なのは、公爵家令嬢のレイチェル嬢のところだ。
長年、公爵令嬢のような身分が高い人が愛人に甘んじているのが不思議だったが、聖女との白い結婚があり、王が愛妾を持つのが当たり前の世界なら、不思議でも何でもない。
むしろ、あちらは正妻のつもりなのだ。
公爵家に行き夫に会わせるように言うとあっさり通されてしまう。
愛人の家でどんなふしだらな生活を送っているかと思ったのに。
夫がいる部屋の前に愛人のレイチェル嬢がいた。
「いらしたのね、聖女フェリシア様」
レイチェル嬢の落ち着きはらった声が場違いに響く。
夫の愛人に何故こんな風に待ち構えていられなきゃいけないの?
「ジークフリート様はその先にいらっしゃいます」
それでも促されるままに扉を開く。
開いた先にはジークフリートがいた。
想像していたような、愛人と絡みつくような官能的な光景は広がっていなかった。
ただ、ジークフリートは虚空を見つめて涎を垂らしていた。
「シャルロッテ様が亡くなってから、麻薬の摂取量が極端に増えてしまったのです。もう、ジークフリート様が正気に戻ることはないでしょう」
レイチェル嬢が冷たく言い放つと、横を向いて涙を流した……。
虚な瞳に何も映さない。
血を吐いて死んだロッテと似た容姿の夫もまた死んだようになっている。
「あなたがロッテを殺したんでしょう……!」
夫に呼びかけるけど、返事はない。
「ジークフリートの贈ったネックレスに毒を仕込んだとのは私です」
公爵令嬢のレイチェルが言った。
「公爵家は毒の植物が多い領地だから、昔から毒の扱いに長けているの。シャルロッテ様を殺すようにせっつかれてジークフリート様はずっと悩んでいました。
ジークフリート様はシャルロッテ様を愛していたから、殺すなど出来ないと言っていたけれど、聖女も——あなたも殺すと言われて、決断したんです」
「私を……?」
「王宮の権力者たちは、聖女は子を産んではいけない存在なのに、国民に人気のシャルロッテ様が邪魔だったのよ。ずっとジークフリート様にシャルロッテ様を消すように言っていたのに、実行しないから痺れを切らして、昨今の天候不良の責任を聖女に押し付けて、あなたも一緒に処刑しようと言い出したの。
ジークフリート様はシャルロッテ様よりあなたを愛していたから、私にシャルロッテ様を殺す毒を作るように言った」
レイチェルは淡々と話す。
「ジークフリートが私を愛してるなんて、そんなそぶりは……!」
「最初に間違ってしまったから、引き返せなかったのね。馬鹿な人……。本来なら私がジークフリート様の正妻になるはずだったのに、急に現れて、ジークフリート様と結婚する聖女のあなたにどれだけ嫉妬したか。結婚だけならまだしも、あなたはジークフリート様の心まで奪って行った」
レイチェルは笑う。
「娘が死ぬなんて、いいキミね」
カッと身体の芯が熱くなる。
「勝手な事を言わないで! 好きで結婚したわけじゃないわよ。それでも、ロッテが生まれて、幸せを噛み締めていたのに!」
私は叫んだ。
「不幸であっても許せないのに、幸せだったならもっと許せるわけがないでしょう」
笑ったままレイチェルが答えた。
狂ってるわけじゃない……。
彼女は冷静だ。
当たり前の正当な怒りとして私に憎しみを向けてくる……。
ゾッと呑まれるような感覚があった。
私はポケットの中の小瓶を握りしめる。
私も狂わない、これが正しいことだから。
「ナツ……ミ……」
ジークフリートの声がした。
奈津美と、私の本当の名前を呼ぶ。
今までそんな風に呼ばれたことなんてないのに……。
『ジークフリート様はシャルロッテ様よりあなたを愛していたから』
本当にそうだったの——?
「ジークフリート、あなたの気持ちなんて私には関係ない。ただ、あなたはロッテを殺した。その報いを受けてもらうわ。この小瓶の毒を飲みなさい」
私はジークフリートの手に毒の小瓶を握らせた。
信頼できる魔術医に作らせた、娘を殺した毒を薄めた毒だ。
服毒すれば死ぬ。
何を思っているのか、虚ろな目をしたジークフリートは小瓶をしばらく見て、毒を煽った
直ぐに血を吐いて、娘と同じように倒れた。
もう一つの小瓶をレイチェルに渡す。
彼女はジークフリートが正気を失ってから、生きる意味を失ったのだろう。
私に復讐出来た喜びと共に笑って死んだ。
◆◇◆
私は王宮の自室に戻っていた。
あっけなく終わった復讐の証拠は消さずに戻った。
第一王子と公爵令嬢を殺したのだ。
いずれ私を捕まえに近衛騎士団か王宮の監察官が乗り込んでくるだろう。
「聖女様」
部屋にやって来たのはリュカと家庭教師だった。
午後の時間を一緒に過ごして、夕食を食べて、寝る前に別れる。
リュカとの日課になってしまう。
捕まるところを見せたくはないけど……。
リュカを遠ざける理由もない。
「リュカ様は、今日は勉強に身が入らなかったようで、授業を抜け出しました」
家庭教師から報告を受ける。
けれど、私はリュカの母親ではない。
注意したるする権限もないけど、当たり障りのない事を言ってやり過ごす。
「リュカ王子、どうしたんですか」
叱る立場ではないけど、聡明で素直なリュカの行動としておかしくて思って聞いてみる。
「ちょっと、用事があって……」
少し歯切れが悪い。
そうしているうちに、王宮の監察官がやって来た。
「聖女フェリシア様、ジークフリート様が公爵家で令嬢のレイチェル様と一緒に亡くなっていました。今日、フェリシア様は訪ねて行かれましたね。お話を聞かせてください」
リュカが驚いている。
私は素直に答えるつもりだ。
「リュカ王子、フェリシア様を疑っているわけではないんです」
え? 私は驚く。
死んでいる所に訪ねて行ったのは私なのに、なぜ?
「二人の足元に毒の入った小瓶が落ちていましたが、今日は王国の宰相と第二王子もこの小瓶の毒で殺されたのです。同一犯に間違いないので、宰相と第二王子に会っていないフェリシア様は犯人ではないんです」
同じ毒の小瓶。
パトリシア様の所でお世話になっていた時に出会った、信頼できる魔術医に用意させたもの。
監察官が帰ると、リュカが私を見た。
「ロッテが、お父様と会えて喜んでいますね」
多分、ジークフリートも喜んでいるだろう。
◆◇◆
私は聖女として、第三王子の妻になっていた。
今度こそ、本当に白い結婚だった。
娘とメイドが殺された後と違って、第一王子達が殺された一連の事件から、国中が毒に怯えるようになった。
犯人には受難の時だ。
簡単に殺せなくなった。
ある日、13歳になったリュカといつものように食事をしていると、夫の第三王子がくる。
「リュカとの方が夫婦みたいだ」
そう呟いただけだったけど。
リュカは身長が伸びて、見た目は大人っぽくなった。
でも、まだまだ子供なのに変な事を言うと思った。
けれど、その日を境にリュカと食事を食べたり、一日中一緒に過ごす日々は終わりを告げた。
毒は警戒されていたが、じわじわと王宮を侵食していく。
第三王子が死んで、私は第四王子の妻になったけど、その第四王子も……。
娘が死んで8年たった日に、王が死んだ。
側には毒の小瓶が落ちていた。
「母は、あなたに聖女とロッテを許すように助言して殺された。聖女が子供を産めないなど古い掟だと。あなたは、自分に逆らうものを許さなかったんだ——だから、僕も同じ事をしただけです、父上。あなたの血はちゃんと受け継がれる——」
最後に残ったのは第八王子のリュカだった。
リュカと私の結婚式はやはり盛大に行われた。
けど、私は結婚式には慣れてしまった。
でも、久しぶりにあったリュカは嬉しそうだった。
「あなたと結婚する日を、4歳の頃からずっと楽しみにしていました」
私は驚いた。
私がパトリシア様のところでお世話になっていた時からだ。
「ロッテと結婚するって……」
「幼い彼女に合わせていただけで、僕にとって娘のような存在でした」
5歳しか離れていないのに……なんだかおかしくなる。
娘が生きていても、リュカとは結婚しなかったのかもしれない。
生きていたら——無限の可能性があった。
『そんなのは子供の頃の話よ。リュカにはお母様の方がお似合いだと思うわ』
13歳のロッテはそんな風に話したかもしれない。
初夜のベッドの上でリュカに抱きしめられた。
10歳の頃もこうやって一緒に寝ていたけど、抱きしめていたのは私だった。
だけど、4歳の頃から私と結婚するつもりだったと言うリュカは、私に抱きしめられながら、背中に回した手で強く抱きついて来た。
あれは、怖くて甘えていた訳じゃないのかも、私を守ろうとしてくれていたのかもしれない。
今の18歳のリュカに抱きしめられながら、おかしくなって笑ってしまった。
「どうして笑うんですか、フェリシア様」
さっきまでの甘い雰囲気が一気に消えてしまう。
18歳の大人の男になって昔の面影がほとんどないと思っていたリュカが、急に10歳に戻ってしまったように見えた。
抱き合ったりキスしたりする雰囲気じゃなくなってしまった。
「フェリシア様は酷い。ずっと楽しみにしていたのに……」
リュカはそう言って不貞腐れたように俯いてしまう。
ますますそういう雰囲気ではなくなる。
「私だって、楽しみにしていたんですよ。リュカとなら、白い結婚じゃんなくなるかもって……」
言ってしまって恥ずかしくなる。
リュカが驚いて顔を上げた。
「フェリシア様も僕を好きだったの?」
リュカが小さな子のように聞いてくる。
勢いでやってしまえば良かったのに、笑ったりしたばかりに話さなければいけなくなっている……。
「第三王子に『リュカとの方が夫婦みたいだ』と言われて、あなたが私を避けるようになってから、成長していくあなたを見ながら勝手に私の方で意識してしまっていたんです……」
私はリュカの目を見ずにつづけた。
「第三王子が亡くなって、第四王子も亡くなって、あなたが私を奪いに近づいてくるみたいで、と、とても嬉しかった……!」
私は真っ赤になった顔を隠した。
11歳も年下の小さな男の子に何を言っているんだろう。
言ってしまったからには取り返しがつかない。
見えない手が私を抱きしめた。
「フェリシア様……いえ、ナツミ。僕の一方的な気持ちだと思っていたのに、あなたにも伝わっていたんですね。小さな頃からあなたが好きだったけど、本当に意識したのは13歳のあの時です。寂しかったけど、離れて良かった。ナツミに伝わった」
リュカの力強い手で抱きしめられる。
力強く筋肉質な腕の感触がする。
幼い面影のない腕なのに、リュカのものだと思うと背徳感にゾクっとした。
顔を覆っていた両手を外すと、目の前にリュカの顔があった。
腕を広げてリュカを受け入れようとしている自分をどこかで止めたくなる。
そのままリュカの背中に手を回して、リュカが私の顔にキスをした。
後は、ただリュカに身を任せた。
聖女を利用しようとする者達は全員死んだ王国は新しく生まれ変わった。
私とリュカの間に生まれた五人の男の子は国を発展させていく。
中興の祖と呼ばれる私達は幸せに過ごした。




