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ひとかけらも残さず、貴方に~余命一年の令嬢はやり直しの人生で愛を捧げる~

作者: 夜音
掲載日:2026/04/18

「――おそらく、余命は一年ほどかと思われます」


 老齢の医師の言葉に私は、思わず込み上げる乾いた笑いをなんとか堪えた。


 予兆はあった。深く呼吸をすると胸が痛んだ。疲労のせいだろうかと気にも留めていなかった。だが、顔色の悪さを案じた侍女に勧められ、念のために診てもらった結果は、あまりにも非情なものだった。


 第一王子の婚約者となった日から、様々な毒を飲み耐性をつけ、呪い返しの護符を身につけてきた。……それなのに。まさか私の命を奪うのが毒でも呪いでもなく心臓の病だなんて。


 なんと滑稽な話でしょうね。


 余命一年。


 両親に報告し、速やかに身辺整理を済ませて――それから。


 ジェレル様との婚約を早々に解消しなくては。


「胸を病み先は長くない」と告げた私に母はただ泣き崩れ、父は絶句し震えていた。


「殿下との婚約も解消します。――ジェレル様には私のことを忘れて新しい婚約者を見つけてほしいのです。なので、『不実な女』として振る舞い、私が殿下に相応しくないと周囲に知らしめたいのです。そうして、こちらから身を引きたいの。お父様、お母様、どうか、お許しください」


 彼の心に私への想いが残らぬように別れたい。


 両親は、瞳に涙を浮かべながら娘の最期の願いに黙って頷いてくれた。


 王家から婚約を解消され、直後に私が死んだら、彼は『病の婚約者を捨てた男』だと後ろ指をさされてしまう。そんな不名誉を背負わせるわけにはいかない。



 *



 定例となっている王宮の庭園での茶会。――私を待っているであろうジェレル様を放置し、あえて侯爵家の護衛を引き連れ街に繰り出すと派手な買い物をした。


「アイリス。僕に何か悪いところがあるなら言ってくれ」


「殿下との退屈な時間を、有意義に過ごそうと思いましたの」


 後日、歩み寄ろうとしてくれた彼の優しさを、私は視線すら合わせず切り捨てた。


 真っ直ぐな眼差しを受け止める勇気はなかった。


 ほんとうは、二人で過ごすすべての時間が愛おしかった。



 *



 一日も欠かすことなく続いていた妃教育も無断で休んだ。


 もう私には必要ないのだから。


 はじめは『アイリス嬢も疲れてしまったのだろう』と寛大だった国王陛下や王妃殿下も欠席が一ヶ月近く続いた頃には父に苦言を呈するようになった。


 その頃から、顔色の悪さを隠すために化粧を厚く塗り誤魔化した。それが私を派手で傲慢な女にみせ、社交界での評判を勝手に落としていくことになる。だが、それすら、今の私にはどうでもいいことで。


 痩せ細った体躯を隠すため、胸元や袖に布やレースをたっぷり使ったドレスを纏った。夜会に参加しては、エスコートだけを彼に委ねた。


 ひとたびホールに足を踏み入れると、私は代わる代わる違う男性の手を取りダンスに興じてみせる。


 体力の落ちた体はふらつき、相手の男性にしなだれかかる。そんな私をジェレル様は、王子然とした作り笑顔を貼り付けたまま、ただ、静かに見つめていた。



 *



「……僕を愛していないということ?」


 テーブルの上には、天鵞絨(ビロード)の箱に横たわるアメジストの首飾り。


 彼の瞳の色と同じ色の宝石。愛しているという想いが込められているのが、嫌でも伝わってくる。


 私は、箱の中から首飾りを乱暴に掴みあげると彼に向かって投げ返した。


「王族と侯爵家の婚姻に愛などと、甘いものがあるとでも?」


 首飾りがテーブルを跳ねる。そして、カランと音を立てて床へと転がり落ちた。


 透き通った紫色の美しい瞳が絶望に揺れていた。


 胸がチクリと痛んだのは、きっと病のせいではない。


「……失礼しますわ」


 震える足で、その場を立ち去り馬車に乗り込むと、息苦しさに咳き込む口元を慌ててハンカチで押さえた。


 視線を落とせば、白いシルクを汚す鮮やかな赤。


 そして、その日を境に病状は一気に悪化した。ジェレル様を傷つけた罪悪感が私の心臓を締め付け、食事も喉を通らないほどに衰弱していく。


 力なく横たわるだけの私は、『終わり』が近いと悟った。


 父は私の最後の願いだからと、いかなる咎も甘んじて受ける覚悟で、私のこれまでの行いを挙げ、『王子の婚約者として娘は相応しくない』そう陛下に申し出た。


 それからまもなくして、正式に婚約は解消されることとなる。


 その瞬間、どうしようもない喪失感に襲われた。


 ――けれど。ああ、これでいい。


 病のことを話せば、優しいあの方は私の死後もずっと深い悲しみに暮れ前を向けなくなってしまうでしょう。そんなの、耐えられない。だから私を忘れて。


 幼い頃に婚約者となったジェレル様と、ほんとうの意味で恋に落ちたのは、デビュタントの夜だった。ダンスに誘われ手を重ねた、あの瞬間。


 ぴたりと馴染む感覚にお互いに運命の人だと感じたのだ。


 さようなら、ジェレル様。


 ――そして、どうか私のいない世界で幸せになって。



 *



 私は、死んだ。


 死んだはずだった。


 けれど、私の意識は消えなかった。肉体を失い透けた姿で、自らの葬儀を眺めている。


 棺の前で泣き崩れる家族や友人たち。その中に彼の姿は、なかった。


 葬儀が終わって数日。供えられた花も萎れた頃、人影のない墓地でひとり立ち尽くすジェレル様。


 視線の先には、私の名が刻まれた墓碑。その表情は、弔いとはほど遠い憎しみと憤りに歪んでいる。


「僕を傷つけるだけ傷つけて、ひとりで勝手に死んだのか? 愛していたから突き放したと? そんなもの、愛でもなんでもない。ただの独りよがりじゃないか…!」


 握りしめていたアメジストの首飾りを冷たい墓碑めがけて叩きつけた。


 ガシャン、と高い音が小さく響いた。


 砕け散った紫の欠片が弾け飛ぶ。


 私が不実な女として死んだことが、母には耐えられなかったのだろう。彼に真実をすべて話してしまったのだ。


 ジェレル様を守るつもりが、ただ傷つけただけ。私の人生をかけた嘘は、彼の言葉の通り独りよがりだった。


 この日を境に、ジェレル様は人が変わったように非道な振る舞いを繰り返した。


仲睦まじい恋人たちを見つけては、その仲を無惨に引き裂き壊しては嘲笑った。


 ……まるで、もうどこにもいない私への当て付けのように。


 相手がいる令嬢を王子命令と称して強引に自らの婚約者に指名しては、飽きたと捨てる。


 関係を壊された各家からの抗議は後を絶たず。


 最初は元婚約者を亡くした悲しみ故だと、同情を寄せていた人々も度重なる暴挙に次第に背を向けていく。


 ついには留学中の同盟国の王女にまで魔の手を伸ばそうとしたが、すんでのところで彼の側近たちが食い止めた。しかし、その狂気はもはや看過できるものではなかった。


 このままでは、同盟国との関係悪化、貴族たちの離反。最悪の事態を恐れた国王陛下は彼を廃嫡し国外追放を言い渡したのだ。


 愛する人を守りたかった、それだけなのに。どうして、こんなことになってしまったのだろう? 私の嘘が彼のすべてを奪ってしまった。


 深い森を宛もなくさ迷うジェレル様。まばゆい金の髪は今は泥にまみれくすんでいる。美しかったアメジスト色の瞳も濁り焦点すら定まらない。


「散々僕の心を無惨に引き裂いておいて、さっさとあの世へ行きやがって……。どこまでも酷い女だな、アイリス。そんなに僕が嫌いだったのか?」


 乾いてひび割れた唇が吐き出すのは、私への恨み。


 私は、なんて愚かな選択をしてしまったの?


 悲劇の主役を気取って、彼の心を蔑ろにした報いだろうか。


 だとしたら、何故、彼が苦しまなければならないの? 罰を受けるなら私のはず。


「ごめんなさ……っ。ごめんなさい、ジェレル様! 許して。愛していたの……ただ悲しませたくなかったの……!」


 私の声が木の根元に座ったきり動かなくなってしまったジェレル様に届くことは、永遠になかった。


 必死に彼を抱きしめようとするけれど、透き通る腕ではそれすら叶わず。


 私のことを忘れて、幸せになってほしかっただけなのに。


 まるで悪夢だ。


 両手で顔を覆って、肩を震わせることしかできない。


「……僕を愛していないということ?」


 いつか聞いた言葉に、はっとして顔を上げた。


 私の目の前には、煌めく金糸と、どこまでも澄んだ紫色の瞳。


 ――ジェレル様?


 鼻をつく泥とカビの匂いは消え、薔薇の香りが満ちている。


 鬱蒼とした森にいたはずの私たちは、あの日、最後に二人で過ごした王宮の庭園で向き合っていた。


 テーブルの上には、天鵞絨(ビロード)の箱。そして、その中には――。


 粉々に砕け散ったはずのアメジストの首飾り。


 あれは、夢だった……?


 それとも、時間が巻き戻ったとでもいうのかしら?


 震える指で首飾りに一度触れてから、指先を離した。


 どちらでもいいわ。


 もう一度やり直せるのなら、私は――。


 迷いはなかった。ぐっと顔を上げ、紫色の瞳を真正面から見据えた。


「……私の余命は一年なのです。これまでの私の行いはすべて貴方に嫌われるために行ったこと。愚かな真似をいたしました。……ですから、どうか婚約を解消してください」


 私の告白に、彼の透き通った紫色の瞳が見開かれて揺らいだ。


「い……やだ。君と別れるなんて、そんなの、できるはずがないじゃないか。どんな理由があろうと、絶対に離さないよ。アイリス」


 やはり、優しい方ね。 私に散々突き放されたのに、そんなに悲しそうな表情をするなんて。


「ありがとうございます、ジェレル様。私に残された時間は、貴方を愛するために使いたいと思います。私の愛はひとかけらも残さず、貴方に捧げます」


 残された時間は限られている。一秒だって無駄にはしない。


 もう二度と間違えない。


 私は、一度目のあの時、乱暴に投げつけた首飾りを両手で大切に包み込んだ。胸の前で輝きを放つアメジストを掲げて精一杯の微笑みを作る。


「――似合いますか?」


 私が問いかけると、ジェレル様の瞳から大粒の涙がこぼれ落ちた。




 *



「アイリス。そなたの事情も鑑み、此度の不敬は不問に処す。また、婚約の継続も認めよう。……だが、王妃として迎えることはできぬ。最期の時まで『婚約者』としてジェレルの側で過ごすがいい。――それが、国王としての精一杯の譲歩だ」


 国王陛下は重々しく告げた。


 かつては顔色の悪さを隠すために塗り固めていた厚化粧を一切落として臨んだ陛下との謁見。青白く痩せた頬。ドレスも体型を誤魔化すのはやめた。それが、今の偽りのない私。


 私はいかなる罰も受ける覚悟ですべてを国王陛下と王妃殿下に打ち明け両親と共に心から謝罪した。


 ジェレル様も、王位継承権を賭けてまで私と生きることを訴えてくださったのだ。


 婚姻は認めない。それはそうだろう。余命は一年、世継ぎも望めない女を王子妃に据えることなど、王家として許されるはずがない。


 その代わり、陛下は週の半分を王宮に用意させた客間で過ごすことをお許しになった。本来、正式な婚姻前の滞在など認められない。けれど、陛下は『看病のため』という名目で黙認してくださったのだ。


「温情、心より感謝いたします」


 私が望むのは、肩書きよりも彼を愛する権利なのだから。



 *



「あの主役の方の動き、大袈裟でそれがかえっておかしかったですね! あんなに笑ったのは久しぶりだわ」


「ああ、面白かったな。君が声をたてて笑うのを初めて見た気がするよ」


 優しい眼差しに、胸が温かくなる。


 陛下の計らいで、妃教育に充てられていた時間を二人で過ごす。私たちはお互いに行きたい場所や、やりたいことを出しあいひとつひとつ叶えることにした。


 一度目の人生での今頃は、床に臥せっていたはず。けれど不思議なことに、この人生では症状は落ち着いていた。罪悪感に蔑まれていたあの時とは違う。まるで、ジェレル様の愛が、私の命を繋ぎ止めてくれているかのようだった。


 王宮のお抱え画家に二人の肖像画を描いてもらった。微笑みながら見つめ合う二人の姿。この画布の中だけは、ずっと変わらずにいられる。


 ずっと、ずっと、忘れないでいて。


 乾ききる前の絵の具の匂いが漂うアトリエで、完成した二人の姿を前にジェレル様は私の手を強く握りしめた。


「――僕の宝物だ。一生、大切にするよ」



 *



 陛下主催の夜会。ジェレル様と踊れるのは、これが最後になるかもしれない。


 夜会を前に、彼は私の元にお抱えの仕立て屋を寄越した。そうして届いたのは、私の瞳と同じ深いエメラルド色のシルクドレス。


 一度目の私が着ていた、痩せた体を無理に膨らませる重々しい布やレースの重なりはない。しなやかなシルクが今の私の体に優しく沿い、首元や袖を、ジェレル様の髪色を思わせる金糸のレースが覆っている。


 まさに、今の私をいちばん美しく見せるために誂えられた一着だ。


 社交界では、私の病は周知の事実となっていた。彼にエスコートされ歩く私に、哀れみを含んだ視線が向けられる。


「あの顔色、病だというのはまことらしい」


「体型も痩せてしまったようだわ。……お可哀想に」


 潜められても耳に入ってくる同情を含んだ声から守るように、ジェレル様が私の腰をそっと引き寄せた。


 彼の手が強張っている。私のために憤っているのだ。


「……大丈夫です、ジェレル様。私は気にしませんから」


 紫色の瞳を見上げ静かに微笑んだ私に、ジェレル様が目を細めて私の耳元で熱を帯びた声で囁いた。


「綺麗だよ、アイリス。いつだって君は、誰より美しい」


 周囲の雑音は、もう聞こえない。


 そう思ったのも束の間だった。


「図々しいこと。殿下の隣にいつまで居座るつもり? さっさと死ねばいいのよ……!」


 吐き捨てられた言葉に、その場の空気が凍りついた。


 全員の視線が向けられた先には、ジェレル様へ執着に似た想いを寄せていた公爵家の令嬢の姿。


 燃えるような赤い髪をひとつに纏め、生命力に満ちた薔薇色の頬。私を真っ直ぐに睨み付ける紅蓮の瞳。


「――おっしゃる通り、私の命の灯火は間もなく消えますわ。ですからね、一秒でも惜しいの。あなたに構う暇もないくらいに」


 私は、眉ひとつ動かさず優雅に微笑んでみせる。


 私の態度に彼女は言葉を失った。そこへ、ジェレル様の地底から響くような声が追い討ちをかけた。


「人の死を願う卑しい女が王家の、僕の妻に相応しいとでも思っているのか?……不愉快だ」


 ジェレル様の言葉に、彼女の顔色は私よりも青ざめ、ガタガタと震えだした。周囲の貴族たちも一斉に彼女から距離を取る。


 逃げるようにホールを去るその背中を見送る者は誰ひとりいなかった。


 この騒動を静かに見届けておられた国王陛下が、満足げに小さく頷いて、右手を掲げる。それを合図に楽団の華やかな調べが響き渡った。


「あんな女の言葉、忘れてしまおう。僕の愛は君だけのものだ」


「……はい。ジェレル様」


 差し出された手を取る。


 やはり重なる手と手は、吸い寄せられるみたいにぴたりと合う。他の誰と手を重ねても、こんな感覚にはならない。


 貴方だけが、私のたったひとりの――。



 *



 夜会の喧騒が、まだ耳の奥に残っている。ジェレル様のエスコートで、たどり着いた私に与えられた客間。開け放たれたテラスで火照った頬を夜風が撫でる。


「……疲れていないかい? アイリス」


 背後から私を優しく包み込むジェレル様の腕の温もりが心地いい。


「とても幸せで、疲れなど忘れてしまいました」


「そうか。僕もだよ、アイリス。……さあ、冷えてしまう部屋に戻ろう」


 頷いて彼に手を引かれるまま室内に戻ると、静かに扉が閉められた。


 私の肩を抱き寄せるジェレル様の温もりに、何故だか目蓋の裏が熱くなった。


 ああ、これから何度こうして彼の熱を感じられるだろう。


「……ジェレル様、私の全てを貴方に捧げます」


 迷いはなかった。私は、彼の胸に顔を埋め広い背中を抱き締めた。


 重なる肌から伝わる彼の熱が、壊れ物に触れるみたいな指先が、私に愛を伝えてくる。


 跳ねる心音。今、この瞬間、私は間違いなく彼を愛するために生きている。


「……ジェレル様。愛、しています」


「アイリス、僕も愛している……」


 乱れる呼吸の中、私は、彼にすべてを捧げた。


 私の愛をひとかけらも残さず――。


 翌朝、差し込む陽光に包まれ目を覚ました。


 死にたくない。


 隣で眠る彼の穏やかな寝顔を見て、私は、この時初めてそう願った。



 *



 少しずつ、横になる時間が増えてきたある日の午後。


「……ジェレル様、こちらを受け取ってください」


 枕元に用意していた箱を開き、彼に手渡す。


「これは?」


「私の鼓動は、もうすぐ止まります。……ですが、この時計が私の代わりに、貴方と同じ時を刻み続けます。だから、どうか独りだなんて思わないで……」


 ジェレル様は私の手を懐中時計ごと包み込み、アメジスト色の瞳いっぱいに涙を溜めて、頷いてくれた。


「……ああ、わかっているよ。ずっと一緒だ。愛している、アイリス」


 窓から差し込む柔らかな光の中、時を刻む音が私たちを優しく満たしていく。



 *



 医師に告げられていた余命を一年も引き延ばしたアイリスは、最期の瞬間まで僕に愛を囁き微笑みながら旅立った。その胸に輝くのは、アメジストの首飾り。


 葬儀が終わり、静まり返った王宮の私室。かつて二人で描いてもらった肖像画の前に立っていた。


 画布の中では、今も変わらず微笑み合う二人の姿が、幸せな時間のまま止まっている。


 その絵を見上げながら、僕はポケットから懐中時計を取り出した。


 リューズにエメラルドを宿した時計。蓋を開くとチクタクと規則正しく時を刻む音が、まるで鼓動のように響いた。


 裏蓋には『貴方と同じ時を、永遠に――アイリス』という誓いの言葉。


 愛しい名を、指でそっとなぞる。


「私の愛はひとかけらも残さず届きましたか?」


 ふいに、彼女の声が耳元で囁いた気がした。


「――ああ。君で埋め尽くされているよ。ずっと、ずっと忘れられないくらいだ」


 彼女の愛が、僕の耳に、唇に、心の奥や体の隅々に残っている。




 ――彼を悪役になんてさせない。


 私の愛はひとかけらも残さず、彼に。



最後までお読みいただきありがとうございます。

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― 新着の感想 ―
泣いてしまいました。私はこの作品を傑作だと思っております。
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