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第十三話:再構築と始まりの朝

悠斗が紗良を救う方法に辿り着いた。

決意を胸に悠斗はまた鍵を使った。


「これで、ようやく全部終わる」


——そう言った瞬間だった。

空気が、揺れた。


冬で枯れていた桜が突然咲き乱れた。


「……おい、何だこれ……」


桜並木全体が淡く光を帯びた。

花弁が再び宙に舞い、その一枚一枚が“記録”を剥がすように空気を震わせる。


桜並木の中心で、風が止まっていた。

舞うはずの花びらは空中で静止し、音も、匂いも、時間さえも、そこだけ切り取られたようだった。


そこは——“裏の桜並木”だった。

空は黒く、桜は光を放っていた。

まるで全ての色が反転したかのように、夜と昼が逆転した世界。


悠斗は、震える息を呑んだ。

桜の木の幹に、紗良がいた。

無数の光の蔦のようなものに絡め取られ、両手を上に縛られたまま、地面からわずかに浮かされている。

眠っているのか、それとも——

苦しみに耐え続けているだけなのか。


「……紗良……」


名前を呼んだ瞬間、世界がきしんだ。

耳鳴りとも、地鳴りともつかない振動が、足元から、空から、同時に押し寄せる。

拓真が息を呑む。


「やばい……なんか、空間ごと割れそうだぞ……」


あかりは唇を噛みしめながら、悠斗を見た。


「……ねえ、真柴くん。ここまで来たら、もう“見られてる”。迷ったら、次はないよ」


悠斗は頷いた。

胸の奥で、美奈から託された“鍵”が、確かに熱を持っている。

それは形のあるものではない。

光でも、音でもない。


——記憶と、選択と、後悔の塊。

悠斗は一歩、前に進んだ。

その瞬間、空が反転する。

上と下が入れ替わり、地面に走っていた亀裂が、空へと伸びていく。

桜の木が、悲鳴を上げるように軋んだ。


「……っ、反応してる……!」


悠斗は迷わなかった。

鍵を“使う”のではない。

重ねる。

自分の記憶に。


紗良と過ごした、すべての時間に。

初めて出会った幼稚園の朝。

小学生の帰り道。

すれ違い、笑い合い、喧嘩して、それでも必ず隣にいた日々。

告白して、成功して、それでも失われ続けた世界。


「——返せ」


悠斗の声は、怒鳴り声ではなかった。

願いでもなかった。

ただの、事実の宣言だった。


「この子は、ここにいるべき存在だ」


その瞬間——

紗良の身体を縛っていた光が、悲鳴のように砕け散った。

世界が、耐えきれずに軋む。

桜の花びらが一斉に舞い、止まっていた時間が、暴力的に流れ出す。


「……っ、悠斗……?」


かすれた声。

紗良の瞳が、ゆっくりと開いた。

焦点が合い、悠斗の姿を捉えた瞬間——

その目に、涙が溢れる。


「……ほんとに……来てくれたんだ……」


悠斗は駆け寄り、迷わず、彼女を抱きしめた。

触れた瞬間、確信する。

存在が、戻ってきている。

だが、同時に——

世界が、限界を迎えていた。


空が割れ、景色がノイズに侵食され、記憶と現実の境界が溶け始める。

どこからか、声とも、システム音ともつかない“何か”が響く。

——再構築を開始します。

——記録、現実、観測の再編成を実行します。

拓真が叫ぶ。


「おい、これ……このままじゃ……!」


あかりが、震える声で言った。


「……選択を、迫られる……世界が、“どこを残すか”決めようとしてる……!」


彼女は自分で何を言ってるのか分からなかったが”理解”はしていた。


悠斗は、紗良を抱きしめたまま、顔を上げた。

崩れゆく世界の向こうで、確かに感じる。

——ここから先は、戻れない。

それでも。

悠斗は、迷わなかった。


「……紗良。何があっても、離れない」


紗良は、涙を零しながら、微笑んだ。


「うん……今度は、私も……逃げない」


その瞬間、世界は——完全に、崩れ落ちた。

そして同時に、再構築が始まった。


崩壊は、唐突ではなかった。

それはまるで、ずっと張り詰めていた糸が、ようやく限界を迎えたかのように、静かに、しかし確実に進行していた。

桜並木の景色が、ところどころ剥がれ落ちていく。

地面は紙のように裂け、裂け目の奥には、色も音も存在しない虚無が口を開けている。


拓真は、足元が消えかけるのを必死に踏みとどまりながら、叫んだ。


「……なあ、これってさ……俺達、元の場所に戻れるのか?」


その声には、恐怖と同時に、覚悟が混じっていた。

あかりは一瞬、目を伏せ、そしてはっきりと言った。


「分からない。でもね……たぶん、“全部は残らない”」

 

その言葉に、空間が軋む。

——選択を確認します。

——観測者の関与を検出。

世界が、三人それぞれを切り離すように、空間を歪ませ始めた。

拓真の周囲が、白く滲む。


「……悠斗」


振り返った拓真は、困ったように笑った。


「正直さ、怖いよ。でも……もし、この世界が“なかったこと”にされるならさ」


彼は一度、深く息を吸い、


「お前と紗良が一緒にいられる世界が残るなら、俺はそれでいい」


「もし、次の世界で俺がいたら、また最高のコンビになってくれよな」


次の瞬間、拓真の姿は光に溶けるように消えた。


最高の笑顔で……。


「拓真!!」


悠斗の叫びは届かない。

ただ、最後に残ったのは——

確かにそこにいた、という感触だけだった。

あかりは、悠斗と紗良を見つめる。

彼女の目は、恐怖よりも、強い好奇心に満ちていた。


「……世界ってさ。結局、“正しい形”なんてないんだと思う」


空間のノイズが、あかりの肩にまで侵食する。


「だから私は——あなたたちが選んだこの形を、信じる」


あかりは、ふっと笑った。


「ちゃんと、生きてね。“選び直した世界”で」


そして彼女もまた、ページを閉じるように、静かに消えていった。


残されたのは、悠斗と紗良だけ。

二人の周囲で、世界そのものがほどけていく。

空も地面も、過去も未来も、区別がなくなっていく。

その中で、紗良がゆっくりと悠斗から離れた。


「……悠斗」


彼女の声は、直接耳に届くのではなく、胸の奥に響くようだった。


「私ね……ずっと、ここで見てた」


暗闇の中。

誰にも呼ばれず、触れられず、それでも確かに“あった時間”。


「世界は、何度も言ってた。“あなたは選ばれなかった”って」


紗良は、少し寂しそうに微笑む。


「でも……それでも、私は消えなかった」


紗良は、悠斗をまっすぐ見た。


「だって、悠斗が——何度、世界をやり直されても、私を選び続けたから」


世界が、最後の抵抗のように大きく揺れる。


「たぶんね。世界は、私たちを幸せにしたかったんだと思う」


紗良は、そう言って首を振った。


「でも、“用意された幸せ”じゃ、だめだった」


彼女は、悠斗の手を強く握る。


「だから私は、世界に逆らった。記録の外側で、ずっと待ってた」


そして、静かに告げた。


「——これから先は、誰にも観測されなくていい」


その言葉と同時に、再構築が、最終段階に入る。

光が溢れ、音が消え、すべてが白に塗り潰されていく。

悠斗は、最後に強く願った。

理解はいらない。

理由もいらない。

ただ——この手を、離さない世界を。

白が、すべてを包み込んだ。


そして。


——チュン、チュン。

小鳥の声が、やけに近くで聞こえた。

悠斗は、ゆっくりと目を開ける。

視界いっぱいに広がるのは、低い天井。

壁には、少し色あせた動物のポスター。


(……?)


身体が、妙に軽い。

手を動かそうとすると、思ったより短い。


「……え」


起き上がろうとして、小さな布団から転げ落ちそうになる。

その拍子に、胸がざわりとした。

この感覚を、知っている。

カーテンの隙間から差し込む朝の光。

遠くから聞こえる、母の声。


「悠斗ー、起きなさーい。今日は幼稚園でしょー」


(……幼稚園……?)


心臓が、強く脈打つ。

ゆっくりと鏡を見ると、そこに映っていたのは——幼い自分だった。


「……また、戻った……?」


喉が、ひくりと鳴る。

何度も見てきた“始まりの朝”。

失敗した。

結局、何も変えられなかった。

胸の奥に、重たい絶望が広がる。


(……ごめん、紗良……)


そのとき。

背後から、弾んだ声がした。


「ゆーとくん!」


ぴたりと、時間が止まる。


「……いっしょに、あそぼ!」


恐る恐る、振り返る。

そこに立っていたのは——小さな体に、揺れるツインテール。

大きな瞳に、今にもこぼれそうな嬉し涙を浮かべた少女。

白瀬紗良だった。

いつの間にか悠斗は幼稚園にいた。


「……さ、ら……?」


「えへへ、どうしたの?そんなびっくりした顔して」


その笑顔を見た瞬間、悠斗の胸から一気に力が抜けた。

世界がどうでもよくなるほどに、ただ“生きていてくれた”ことが嬉しかった。

足が震えながらも、立ち上がる。

そして一歩、また一歩と紗良に近づく。


「……ほんとに……ほんとに、紗良なのか……?」


「なに言ってるの、ゆーとくん?あたしだよ」


次の瞬間、悠斗は小さな身体で紗良を抱きしめていた。


幼い腕の力では足りないほどに、ぎゅっと。


「よかった……本当によかった……」


「ゆーとくん、何で泣いてるの?」


「……うん。やっと、紗良に会えたから」


紗良も驚いたように瞬きをしたあと、ゆっくりと、同じように腕をまわした。


「あたしも……うれしい。何でかわからないけど朝からずっと、ゆーとくんに会いたかったの」


幼い手が、優しく背中に触れる。

その感触は、確かに“現実”のものだった。

桜の花びらが、風に乗って舞い込む。

二人の頭上でひらひらと踊り、

淡い光の粒となって消えていく。

その中で、悠斗はふと気づいた。

——この世界は、もう“前のループ”とは違う。

音が、空気が、そして紗良の笑顔が、全部、生きている。

“記録”ではなく、“現在”として存在している。


「紗良……今度こそ、終わらせない。何があっても」


「うん。ゆーとくんがいれば、だいじょうぶだよ。いっしょにいようね」


紗良は屈託のない笑顔で口にした。

悠斗は紗良は今までの事を覚えてるのかと一瞬頭をよぎったが、そんな事はどうでもいい。

紗良は確かにここにいるんだから。

それだけでいい。

幼い二人の影が、春の光の中で重なる。

その笑顔を、風が優しく包んでいった。

まるで、見えない誰かが——

“ようやく辿り着いたね”と囁くように。


窓の外では、まだ名もない小さな桜の木が、朝の風に揺れていた。

それはきっと、これから何度も、二人を見守る木になる。

世界は、何も語らない。

けれど——

二人が同じ朝を迎えた。

——始まりの朝は、静かに、そして確かに訪れていた。

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