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第十一話:美奈の想い

「あーあ、やっと”私の番”が来たんだと思ったのに、上手くいかないなあ」


美奈はそう言いながら、悠斗、拓真に不気味な笑顔を見せる。

だが、その不気味さの中に哀しみも感じる悠斗。


「どうして認めたんだ?」

 

悠斗は聞かずにはいられなかった。


「ん?」


「正直、俺がさっき話した事には穴がある。美奈が盗み聞きの話を貫き通したり、そう感じたと言い続ければ、逃げ切れたはずだ。なのに美奈は……」


「私は悠斗くんの苦しむ姿を見たいわけじゃない。悠斗くんを”幸せ”にしてあげたいの。私の事で苦しむならそれは違うかな?って思って。だから自分の正体を明かす事にしたの」


「美奈の正体?」


美奈はニコッと笑う。


「うん。もう気づいてるでしょ?私も悠斗くんと”同じ”」


悠斗と拓真は驚き目を見開く。


「美奈も同じ時間を繰り返してるって事か?」


悠斗は美奈に違和感を感じた時、もしかしたらとは思ってたが美奈自身の口から自分と同じだと聞き改めて驚いた。


「俺と幸せになるために何度も同じ時間を繰り返してるのか?」


「悠斗くんほどじゃないと思うよ。私は”たった99回”繰り返しただけ。それにやり直しはこの高校に入学した直後だし、ループが起こるのは悠斗くんと別れた直後だからそこまで苦じゃないよ。別れを経験するのは辛いけど」


悠斗は約20年周期でのループ、美奈はたかが数年周期でのループとも思えるがその途方もないループを繰り返す美奈に悠斗は心が苦しくなった。それと同時に悠斗は確信もする。美奈は悠斗と初めて出会った時間まで戻る。それは悠斗が紗良に初めて出会った時間まで戻るのと同じだった。このループは思い人に初めて出会った直後に戻る。


「でも、俺は美奈と付き合った世界は一度だけだ。それ以降は美奈との接点はなかったはずだけど……?」


「それは多分、私が歩んできた”世界”と悠斗くんが歩んできた”世界”が違うからだと思うな。実際私はここに至るまで全ての世界で悠斗くんと付き合ってたよ?悠斗くんは世界に抗い続けた。私は世界を受け入れ続けた……。その違いじゃないかな?」


「でも、結局最終的には別れるんだろ?そしてまたループする。しんどくねえ?」


拓真は率直な疑問を美奈にぶつける。


「辛いに決まってるでしょ!!さっきも言ったじゃない」


美奈は大声をあげ拓真を睨みつける。


「何で毎回最後は”あの子”に持っていかれなくちゃならないの?私、悠斗くんのためにいっぱい尽くしてあげたよ。悠斗くんが望む事は何でもしてあげた。嫌な事でも悠斗くんが求めるなら私は……」


美奈は顔を手で覆って泣いていた。


「なのに最後には白瀬紗良が全部持っていく。私がどれだけ悠斗くんを想っても最後には最後には……」


ポタポタと溢れ出てくる涙に悠斗と拓真は何も言えずただ見ている事しかできなかった。


「自分は所詮この物語を面白くするためだけに存在してるんだって思い知らされた……。でも、”100回目”の今回の世界には白瀬紗良はいない。やっと神様が私に順番を回してくれたと思った。今度こそ私は幸せになれると思った。でも、やっぱり白瀬紗良がいなくなったこの世界でも悠斗くんの気持ちは白瀬紗良にあった。そこだけは一貫して変わらなかった」


美奈は俯きながら泣き続ける。

悠斗は美奈に近づこうとするが拒絶される。


「どうして?どうして私じゃだめなの?私と白瀬紗良は何が違うの?もし私が幼馴染だったら私の事を見てくれたの?もし白瀬紗良より早く出会ってたら私を見てくれたの?あの子より私の方が悠斗くんを想ってるのに!!どうして悠斗くんは私を見てくれないの?いつになったら私だけを見てくれるの?やっとやっと白瀬紗良がいない世界が来て、今度こそ悠斗くんとの未来を本気で望んだのに……。それでも私の想いは届かない」


美奈の悲痛な叫びが理科準備室に響き渡る。


「独りでここまで頑張ってきたのに、白瀬紗良がいないのにそれでも悠斗くんの心は手に入らない。一体私は今まで何のために頑張ってきたの……。私はただ悠斗くんと一緒に幸せになりたかっただけなのに」


美奈の言葉には”悪意”も”憎しみ”も感じない。

ただ一人の少女の純粋な願い。その願いすら嘲笑うかのように世界は美奈の想いを悠斗に受け入れさせない。


「美奈、俺は……」


「聞きたくない!!」


美奈は悠斗を払いのけ準備室を走って出て行った。

残された悠斗は追うことができず、ただその場に立ち尽くしていた。


「馬鹿野郎!!早く追えよ!!」


拓真が背後から悠斗の肩を掴む。


「拓真が行ってくれ……。俺に美奈を追う資格なんかないよ」


「逃げてんじゃねえよ!!」


悠斗を正面に向かす拓真。


「水瀬は自分の想いを全て曝け出したんだぞ!?お前に全部ぶつけたんだぞ!!お前は水瀬にお前の想いを告げる義務があるんだよ。あいつの心にケリをつけてやれよ。水瀬をこの負のループから解放してやれよ!!それができるのは水瀬美奈が好きになった真柴悠斗だけなんだよ!!」


悠斗は拓真の言葉に奮起し美奈を追っていった。

外はポツリポツリと雨が降り始めていた。


美奈はひとり、校舎の裏に立っていた。

制服の袖が濡れ、指先が震える。

胸の奥には、どうしようもない痛みが渦巻いていた。

彼のそばにいたかっただけだった。

笑ってほしかった。

傍で、ただ彼の名前を呼びたかった。

——それだけだったのに。


けれど、その願いはいつも“彼女”の影に飲み込まれていった。


「……紗良、か」


その名前を口にした瞬間、胸の奥がずきりと痛んだ。

何度も何度も、夢に見た名前。

何度も何度も、自分の前に立ちはだかった名前。

そして、何度も“越えられなかった”名前。

ここに来るまでの世界では、期間限定でも確かに幸せだった。

放課後の教室で、笑い合って、休日には映画を観て、歩道橋の上で他愛のない話をして、彼が優しく頭を撫でてくれた。


けれど、ほんの少し紗良に触れただけで、彼の心はまた遠くに行った。


「紗良の笑顔が見たい」


そう言った彼の目は、もう美奈を見ていなかった。

どんなに抱きしめても、どんなに言葉を重ねても、彼の心の中心には“紗良”がいた。

だから美奈は、別れを告げ、再び幸せな時間を繰り返す。

何度か繰り返す頃にはもう涙も出なかった。

そのときの美奈は、もう壊れかけていたのかもしれない。


そして、今回の世界。

目を覚ましたとき、紗良はいなかった。

どこを探しても、その名は存在しなかった。

まるで最初からこの世にいなかったように。

その瞬間、美奈は震えるほどの歓喜を覚えた。


「やっと……やっと、私の番なんだ」


この世界では、悠斗の隣に立つ自分しかいなかった。

紗良の影も、記憶も、何もなかった。

“完璧な世界”。

そう思った。


けど悠斗は覚えていた。それどころか悠斗は仲間と共に私と出会う前から紗良をずっと探し続けていた。


「結局、私は紗良の代わりにはなれなかったって事か……」


美奈の胸が締めつけられた。


「どうして……私じゃ、だめなの?」


ポツリと呟く美奈の身体は突然輪郭が薄れ始めた。

手を見つめると、指先が透けていく。

触れようとしても、冷たい雨がすり抜けるだけ。


(あぁ……もう、終わりなんだ。正体がバレたから退場させられるのか。そして二度と……)


心の奥で、静かにそう悟る。

世界に与えられた役目を終えた“存在”。


視界がぼやけ、膝をつく。徐々に体から力が抜けとうとうその場に倒れる。

雨が冷たい。

けれど、その冷たさすら、もうはっきりと感じられない。


(ねぇ……悠斗くん……もう一度、会いたい)


そう呟いた瞬間だった。

——靴音。

水たまりを蹴る音が、近づいてくる。

雨の中を、息を切らしながら走ってくる影。


「……美奈!!」


その声を聞いた瞬間、美奈の胸が熱くなった。

顔を声のする方に向ける。

そこにいたのは悠斗。

ずぶ濡れになりながら、美奈の名を呼び続けていた。

彼の瞳には焦りと、悲しみと、そして確かな“想い”が宿っていた。


「やっと……見つけた……」


悠斗は透けた美奈を抱えた。

その言葉が、美奈の心を震わせた。


「どうして……」


「お、俺は……」


悠斗は切ない表情で美奈を見る。

次の言葉を出そうとするが出ない悠斗に美奈は静かに微笑みながらそっと頬を触る。


「聞かせて」


美奈は泣きそうな瞳で悠斗を見る。

悠斗は意を決して言葉を出した。


「俺は紗良が世界で一番好きだ!!」


初めから答えは分かっていた。それでも口にされるのはきつかった。心が抉られるような感覚に陥る美奈だが悠斗から目を背けはしなかった。


「うん」


「でも美奈の事も好きだ。この気持ちに偽りはない」


「ははは……。二股宣言?紗良ちゃんが今もし聞いてたら修羅場だね」


力無く笑う美奈。


「最初は紗良以外の人と付き合ったらどうなるのかって実験的なものだった。けど、美奈と付き合ってるうちに本当に美奈の事が好きになっていってた自分がいた」


「じゃあ何で最初に出会った世界で私だけを見てくれなかったの?」


「それでも俺は紗良の事を忘れられなかった。いつも頭の片隅に紗良がいた」


「ひどいね。こんな可愛い彼女が目の前にいたのに」


嫌味っぽく言う美奈の声はどんどん弱々しくなっていく。


「美奈!!」


「……あーあ、紗良ちゃんが羨ましいなぁ。いなくなっても、こんなに想ってくれる人がいるなんて」


光に崩れ始めた身体を感じながら、美奈は薄れゆく視界の中で悠斗をじっと見つめていた。


(……でも最後に好きな人の腕の中で消えれるならいいか)


そんな諦めにも似た思いが胸をよぎった瞬間——

視界の底に“ひび割れ”が走った。

ひびは空間に刻まれたガラスのようにパキパキと開き、黒い闇を覗かせる。

美奈は息を呑んだ。


そこは……どこか分からない。

99回のループの中で一度も触れたことのない領域。

本来なら決して干渉できるはずのない、禁忌の境界。

美奈の意識は引き寄せられるように、闇の中へと落ちた。


闇は静かで、冷たくて、広い。

歩く感覚もなかった。ただ“在る”と認識するだけの空間。


そこで――美奈は見つけた。

闇の中、膝を抱え、震えながら泣く少女。

紗良だった。

存在しないはずの少女。

この世界から消されたはずの少女。

真っ黒な空間の中、彼女の涙だけが光って見えた。

美奈の胸が、不意に締め付けられる。


「……紗良ちゃん?」


声は届かないはずなのに、紗良はピクリと肩を震わせた。

戸惑ったように顔を上げ、周囲を見回す。

美奈は直感で気づく。


(……そうか。ここ、世界の外側だ。紗良は“聞こえない”んじゃなくて、“聞く耳”そのものを奪われてる)


なら――どうする?

このまま消えるだけじゃ、悔しい。

ただ終わるだけなんて――嫌だ。

そのとき、美奈の足元に光が走った。

闇の地面から、ぽつりと小さな“鍵”が浮かび上がる。

銀色の、小さな鍵。

物理的な鍵のようで、それでいて概念そのもののようにも見えた。

——これはなに?

触れた瞬間、美奈の脳内に“意味”が流れ込んだ。


【これは、紗良のいる世界への“入口”を開くための鍵。

本来誰にも届かない場所へ辿り着く唯一の手段。

巡りを越え、記録を越え、枠外にいる者へ触れるための道具。】


(誰?……なんで……今、私のところに……?)


美奈はすぐに理解する。

ここで死ぬ“私”だからこそ、この境界に干渉できた。

生者でも、完全な消失者でもない“一瞬の存在”だから。

なら、迷う理由なんて一つもなかった。

美奈は鍵を握りしめた。


視界が強制的に白く塗りつぶされる。

世界が、彼女を元の場所へ押し戻す。

旧校舎裏の風の匂いが戻ってきた。

悠斗の姿が見える。


「美奈!」


「……悠斗くん……!」

 

もう力はほとんど残っていなかった。

だが美奈は握りしめた鍵を、そっと悠斗の胸元へ押しつけた。


「これは……?」


悠斗が驚きに目を見開く。

美奈は息を切らしながら、微笑んだ。


「……紗良ちゃんが、”いる場所”への……道しるべ……」


悠斗の瞳が揺れる。


「どうして、そんなものを美奈が持ってるんだ?」


「分からない、急に私の目の前に現れた。けど、知らないままでいさせてあげる世界……なんて……気に入らないから」

 

美奈はニッと、どこか勝ち気な笑みを浮かべた。


「私をここまで苦しませておいて世界の思い通りになるなんて……そんなの、許さない……だからね……せめて最後に……一矢、報いてやったの」


美奈は懇願するように悠斗を見る。


「紗良ちゃんは……暗闇で……泣いてた……ずっと……だから……迎えに行ってあげて……悠斗くん……」


「美奈……お前……」


悠斗は美奈から暗闇と聞いてあの時、紗良と邂逅した場所だと思った。


「私は……もう十分……あなたに恋して……あなたに振られて……最後に……あなたを“紗良ちゃんのもとへ”押し出せた……それで……本当に、やっと……終われる……」

 

涙が光となって散っていく。


「美奈……ありがとう。ごめん気持ちに応えてあげられなくて」


悠斗は美奈を強く抱きしめる。


「最後なんだからそこは嘘でも好きだよとかキスの一つでもしてほしかったな。でもそこが悠斗くんの良いところでもあるんだけどね」


美奈はいよいよ目も開けられないくらい弱ってきた。

美奈の体はさらに透明度を増し、指先が光に溶けていく。

風が吹く。

彼女の髪が揺れる。

そのたびに光の粉が空へ散った。


「ねぇ……悠斗くん」


「……なに?」


「最後に一つだけ……聞いてもいい?」


「……うん」


「私と過ごした時間……全部が間違いだったわけじゃ……ないよね?」

 

その問いだけは、悠斗の胸をえぐった。

彼は強く首を横に振る。


「間違いなんて……あるわけない。美奈と過ごした時間は……俺にとっても“大切だった”。たとえ君がループしていたとしても……俺は……」

 

言葉が詰まる。

美奈は泣き笑いになった。


「……ありがとう。その言葉が聞けたら……もう十分……かな」

 

彼女の足が完全に消える。

風景の色が少しずつ褪せていく。


「……悠斗くん」


「……美奈!」


「私ね……あなたと生きた“数年”が……どの人生よりも幸せだった……」


その瞬間、彼女の胸元から光が弾けた。

美奈の輪郭が崩れ、空気に溶けていく。

それでも彼女は最後の数秒で──

確かに微笑んでいた。


「——さようなら。私の、たった一つの恋。大好きだったよ悠斗くん」


光が弾け、彼女は完全に消えた。

その場には、風だけが吹いていた。

悠斗は拳を握りしめ、唇を噛みしめる。

消えた光の粒は、空へ、空へ。

まるで彼女の想いだけが、この世界に残ったかのように。

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