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第一話:告白とループ

春の風は、少しだけ冷たかった。

公園の桜は散り際を迎え、薄桃色の花びらが舞い落ちる中で、

真柴悠斗は小さく息を吸った。


「——紗良」


呼びかける声が、わずかに震えていた。

 

白瀬紗良は、隣で小さく微笑んだ。

肩までの栗色の髪が春風に揺れ、淡いベージュのコートの裾が光を弾く。

社会人三年目の彼女は、変わらず穏やかで、聡明で、

どこか人の心を和らげる雰囲気を持っていた。

彼女の瞳は少し灰がかった茶色で、昔から、悠斗はその色を見ると

季節の匂いを思い出した。

 

その隣で、彼自身——真柴悠斗は、黒髪を短く整えたごく平凡な青年だ。

営業職らしいスーツ姿が少し窮屈そうで、それでも彼女の前では姿勢を正していた。

幼稚園からずっと一緒だった幼馴染。恋心を自覚してからもう十年以上経つ。

桜並木の下、ベンチの前に立つ悠斗の手には、小さな箱が握られている。 


「紗良。ずっと言いたかったことがある」


声がかすれる。心臓の鼓動が耳の奥で鳴る。

彼女は驚いたように目を瞬かせ、それでも逃げるようなそぶりは見せなかった。

まるで——この瞬間を、どこかで知っていたように。


「俺と……結婚してほしい」

 

静寂。遠くで風鈴のような鳥の声が響いた。

紗良の肩がわずかに震え、そして、ふっと笑みがこぼれる。

春の光が彼女の髪を透かし、微かに光の粒が浮かんだ。


「……うん。もちろん」


その瞬間——視界が歪んだ。

空が裂けるように白く染まり、音が消え、風も止まった。

桜の花びらが宙で凍りつく。

悠斗は何が起きたのか理解できず、ただ紗良の笑顔だけを見つめたまま、

光の渦に飲み込まれた。

 

——次に目を開けたとき、

彼は、砂の匂いの中にいた。


「ゆーとくん!」


高い子どもの声。

目の前には、小さなスコップを持った女の子——まだ幼稚園児の白瀬紗良がいた。

ふわふわの茶髪をツインテールに結び、頬に砂をつけ、無邪気に笑っている。

その笑顔を見た瞬間、悠斗は胸の奥が締め付けられるような懐かしさを覚えた。

自分の手を見る。小さくて、丸い。

制服は幼稚園のスモック。

手足も、声も、記憶も、ぜんぶあの頃のもの——

だが、意識だけは二十代のままだった。


「……嘘だろ」


頭が真っ白になった。

夢だろうか?いや、違う。空気の湿り気、遠くの園児の声、全てが現実だった。

 

夕方になっても戻らなかった現実に、悠斗はようやく気づく。

 

「これは……時間が、戻ったのか?」


訳も分からないまま、再び年月を過ごす。

子どもの身体のまま学び、成長し、

やがて高校へ、社会人へ——

 

そしてまた、同じ春の公園で、同じ彼女に告白した。


「俺と結婚してほしい」


「うん。もちろん」

——世界が、白く弾けた。

そしてまた、幼稚園の砂場。

スコップを持つ紗良。


「ゆーとくん、いっしょにあそぼ!」


胸の奥が凍りついた。

繰り返している。間違いなく、あの瞬間に戻っている。

何度も、何度も。

言葉を変えても、時期をずらしても、

最後には必ず同じ日に、同じ桜の下で、同じ言葉を言わされる。

まるで——世界そのものが彼をそこへ導くように。


ある夜、悠斗はひとりつぶやいた。


「……どうして、だ。俺の意思じゃなくても、時間が勝手に“戻る”。」

 

答える者はいない。


何度目の春か、もう数えるのをやめていた。

——告白して、世界が白く弾けて、気づけば幼稚園の砂場。

そのサイクルを、悠斗は十回以上繰り返していた。

最初の数回は混乱し、恐怖で動けなかった。

だが、七度目の春を迎えるころには、感情の震えは消え、代わりに淡い諦めと冷静さが残った。

 

過ごし方を変えれば人生は、毎回違う。

選んだ学校や会社も違えば、クラスメイトも会社の配属先も違う。

けれど、どんなに違っても“流れ”だけは変えられない。

気づけば紗良と再会し、友人のまま親しくなり、そして——あの日、あの桜下に導かれる。

彼女に惹かれる感情が、自分の意志を越えて形作られていく。

「結婚してほしい」と言葉が喉をついて出るのも、まるで脚本のように決まっている。

抗っても、流れが“元に戻そう”とする。

 

悠斗はある夜、手帳を開いて書きつけた。

——“ループの法則”。

【観測1】 時は必ず、告白成功直後に“初日”へ戻る。

【観測2】 戻る場所は常に「幼稚園の砂場」、出会いの日。

【観測3】 紗良はループを認識していない。

【観測4】 自分の年齢・記憶は保持される。

【観測5】 行動を変えても、結末は同じ“告白成功”に収束。

それを見返しながら、彼は呟く。


「……まるで、世界にレールが敷かれてるみたいだ。そして告白の日が終点。それ以上はない」

 

十回目の人生では、意図的に記録を取りながら過ごした。

同じ場所、同じ時期に咲く桜、同じ角度で光る彼女の髪——

ひとつひとつがまるで時間の印のようで、少しでも違えば“調整”が入るように、

世界が小さく軌道修正するのを感じた。

ある晩、春風がベランダを抜ける音の中で、悠斗はペンを止めた。


「俺の告白が世界を閉ざしてるのか……?それじゃあ告白しなければ世界は続いていくのか?」


言葉にしても答えは出ない。

ただ確かなのは、すべてが“告白の日”を中心に回っているということ。


告白の日から始まりそして終わる。

リセットされるかのように紗良と出会った幼少期に戻る。

 

——世界がなぜ自分を最初に戻すのか。


——そして、紗良に告白する日に、何があるのか。

花びらが風に乗って舞い、ベランダの外に消えていく。

悠斗は夜空を見上げながら、まだ見ぬ“出口”の形を、想像していた。

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