4年11ヶ月18日 12時間07分 前
「だから、何で単位もらえないんですか?」メリル・キャンティーンは教授の作業台を叩いて追及した「教授の言うこと聞いて、考察して、結論出してレポート書いたんです。何が不足なんです?」
教授の作業台は作りかけの怪しい装置が大量に積んであるので、机とは言い難い有様だった。
「だからさ、俺の講義を聞いて、考察して、結論出してくれれば、単位なんてすぐさま出すって」
「あんなつまらない講義聞くだけ無駄です」
「だからって、教授室通いつめても単位なんか出せないって」
「ここにあるものは面白いです」
「あのな、勉強なんてものは、そんな大して面白いもんじゃないんだ。単位欲しいんなら勉強してくれ」
「じゃあ、ここにあるのは何なんです?」
「研究成果だよ。キミはまだ学生だし、研究より先に勉強してくれ」
「納得できません」
「だーら、オマエが納得するとか納得しないとか、そーゆーの関係ないんだってば、俺の観察日記なんてもんをだなあ、いくら提出したって単位なんぞ出すわけないだろが」
「だって、おもしろいんだもーん」メリルは雄叫びのような笑い声を上げた「来年、教授の研究室入ってあげるからさ。単位はおまけしてよ」
「無理だよ」
「何でよ?」
「だって、俺大学辞めるし」
はあああぁ、こんどの雄叫びは威嚇の叫びだ「ちょっと、そんなの聞いてないしぃ」
「何で、オマエにそんなこと言わなきゃないんだよ」
「可愛い教え子捨てる気?」
「オファーが来たんだよ。どうしても俺の力が必要だって」
「ニューヨーク州立大学より待遇の良いとこって、ドコ?」
「日本だよ。日本の小学生から手紙が来て、あれ? 待てよ、来年小学生になるって言ってたから、まだ小学生じゃないのか…」
「なんで、そんなファンレターみたいなもんで、のこのこ日本まで行くのよ。おかしいでしょ」
「おかしかねぇ」教授は声を荒げた「俺が読んだ中で、もっとも俺の業績を理解して、きちんとしたオファーをくれたんだ。ほら、嘘だと思うなら読んでみろ」
教授は作業台の引き出しから、丁寧にシワを伸ばして保存してある手紙を取り出した。
親愛なるドゥーマ、
はじめてお便りします。ユータです。
あなたの投稿された論文を拝見いたしました。
これが重大なルール違反であることは熟知しております。掲載前の査読段階の論文を、関係者以外が手に入れることは許されることではありません。しかし、ご自身で件の論文を取り下げたこと、並びに他に投稿された形跡が見られないことなどから、この論文が日の目を見ずに埋もれてしまう可能性が大きいことに大変心を痛めております。そこで失礼とは思いましたが、手紙をお送りした次第です。
ボクが論文中でもっとも注目したのは、超空間が循環群、それも並進型のらせん循環群で安定するという部分です。これは極めて重要な知見であるばかりではなく、地球上ではあまり知る人がいません。おそらく査読者とのやり取りでもこの部分が問題になったのではないかと推察されますが、あなたの意見が通らず、結果、論文取り下げになったのであれば、非常に憂うべき事態です。ただ、あくまで私見ですが、位数4の有限循環群と並進も整数で刻むという部分は考慮の余地があるのではないかと思います。実際の超空間の運用では複素無限循環群と複素並進によって安定させるほうがより実用的です。
あえて実用的と提起させていただいたのには理由があります。ボクはあと数年で地球を離れ、宇宙空間に飛び出すことになります。その際は通常の宇宙船をはるかに上回る大きさ、小惑星を超えるサイズの宇宙船で、他銀河クラスターに到達するほどの距離を航行せねばなりません。この条件では超空間駆動を採用する以外に解決の方法がないことはご理解いただけると思います。
残された時間にまだ余裕はあるとは言え、超空間駆動自体が、地球でテストするわけにはいかない機構であることはおわかりと思います。どうしても専門家の力を借りる必要があるのです。世界中のネットワークに飛び交う情報をもとに、あなたを見つけ出すことができました。どうか、ボクと一緒に宇宙へ行く仲間になってください。
アッシャー、ドゥーマ 様へ
もっとも信頼できるユータより
「教授ー」読み終えたメリルは第一声を教授にぶつけた「あんた騙されてるから、こんな手紙、小学生が書けるわけないじゃない」
「まだ、小学生じゃない、5歳だ。そう言ってた」
「5歳? ますます無理でしょ。だいたい、書いてあること。まるきりおかしいでしょ。小惑星ぐらいの宇宙船で他所の銀河系行くって、まあ、逆に子どもならこんなこと言うかもしれないけど…」
「この手紙だけじゃない。その後、ビデオ通話でも何回も話した。コロナ流行ってるからな。直接会えないし。とにかく、手紙にもあるとおり複素循環群を使ったらより安定したんだ。そんなことできるやつは他にいないんだよ、地球上ではな、騙そうったってそもそもが無理なんだよ」
「じゃあ、宇宙に行くってのは?」
「本当だ」
「連れてって」
「あ“」
「連れてってよ。宇宙に」
「無理だ。俺の講義落とすような馬鹿は連れてけない。足手まといだ」
怒鳴りつけてくると思って身構えた教授だったが、メリルは思いの外おとなしかった。ま、むりか、と一言つぶやいただけだった。
「宇宙船、作るの?」
「いや、もうある」
「ある?」
「ある。月と地球ともうひとつの天体による三体問題の解のひとつであるラグランジュ1に直径500キロの小惑星が存在する。不可視フィールドで隠されてるけどな」
「いいの? そんな秘密ばらしちゃって」
「秘密じゃないからな。みんな知ってる」
「あたしは知らないんだけど」
「知ってるやつは知ってる。でも、何もできない。だから公然の秘密だ」
「何もできないってことはないでしょ?」
「じゃあ、何ができる?」
「ミサイル打ち込むとか?」
「衛星軌道上、地球から35万キロ離れた直径500キロの天体にミサイル打ち込むのか? どうやって? 見えてもいないし、レーダーにも映らないんだぞ」
「無理か…、そしたら、そんなもん、いつからそこにあんのよ。ずっと昔からってわけじゃないんでしょ?」
「いまから5、6年前かな、彼のお父さんが持ってきたらしい」
「持ってきたぁ?」
「エッジワース・カイパーベルトから」
「どうやって?」
「超空間転送」
「地球上で、できる人いないって、さっき言ってなかった?」
「あまり地球にいないらしい。どこにいるかは知らん」
「あ、そ」
ことごとくバカみたいな話に、バカみたいな説明が全てつく、もうメリルが入り込む隙間みたいなものは無いみたいだった。
「そっかあ、行っちゃうのかあ」
あんまりメリルが寂しそうに言うので、つい教授も仏心が出たようだ。
「単位は出せないけど、代わりと言っちゃなんだが、そこらへんにあるモンなら持ってっていいぞ」
「へ? いいの?」
「どうせ捨てるんだし、向こう行って、必要ならまた作るさ」
わーい、と歓声をあげ、物色をはじめるメリル。
あれも、これも、と両手に抱えるメリルに、失敗したか? と教授は顔をしかめた。




